第1部 2章 6 (2022,5/4改稿)
客を捌き切ってピークを脱すると、イレーヌはリゼルとミリアが座る席へとやってきた。
手に持ったお盆には料理と飲み物が乗っている。
「ありがとうございます」
「お礼なら私じゃなく店長に言いなさい」
素っ気なく返すイレーヌだが、配膳を終えた後も何故か立ち去ろうとしない。
「まだ何か用?」
「あなたには無いわ。そちらのお嬢さんに聞きたいことがあるだけ」
リゼルとイレーヌの間で火花が飛び散る。
ミリアが慌てて間に割って入った。
「聞きたいことってなに?」
「エクトル・マイヤールに会ったのでしょう? あなたから見た印象を聞きたいの」
「えっ……」
あなた、という言葉は明らかにミリアへと向けられていた。
「私が答えるんですか? ルーファス様じゃなくて?」
「惚けるのはやめて。剣を交えれば分かるわ、あなたが赤雷なんでしょ?」
洞察力を宿した瞳が冷たく光る。
誤魔化しても無駄だと悟ったミリアは、少しの間考え込むとおもむろに口を開いた。
「強かったです。あまりにも強くて、自分との差が測れない程でした。今の私だと十回戦っても一度も勝てないと思います」
「そうね、あなたの見立て通り彼はテンプル騎士の中でも別格と言って良いほどの実力の持ち主よ。それでも四年前、彼は巫女候補を守ることが出来なかった」
「それって──」
リゼルの脳裏を過ったのは前回大会の予選期間中に起きたとされる事件だ。
当時テンプル騎士の一人だったアレクシオという男が封印されていた聖典兵装を強奪しヴァレンティヌス派に寝返ったのだ。
この争乱は当時まだ無名の剣士だった剣聖アレッサンドロ・レオンハルトと選挙で次期皇帝に選ばれていたヴィンフリート辺境伯が中心となり終息させたのだが、戦場となった南部地域には大きな爪痕が残り、未だ復興が終わらない都市や放棄された地域も多々ある。
「でもおかしいわ。あの時教会は事態の収拾に専念する為に候補者の斡旋を取り止めたって発表していた。あんたが言ってることが本当だとして、どこでそれを知ったのよ」
「真実というものは落ちてる場所さえ知っていれば簡単に拾えるものよ」
答えているようで答になっていない。
出会ってからこの町に来るまでもそうだった。
他人を欺くことは出来ても決して自分には嘘をつけないのだろう。だからこそこうしてはぐらかすのだ。
それは今しがた語ったエクトルの過去も多分に真実を含んでいるということだ。
「エクトルでさえ守ることが出来なかった。ヴァレンティヌス派はそういう相手よ。仮に巫女候補の座を奪いあなたが正式なリクトルになったとして、彼女を守り続けることが出来るかしら」
挑発的に放ったつもりなのだろうが、どこかこれまでと声色が違う。
リゼルは一瞬、彼女が自分達を通して別の誰かに話しかけているのではないかという錯覚に駆られた。
「イレーヌさん」
ミリアは何を思ったか柔らかな表情を浮かべる。
「私だって不安です。もしリゼルさんに何かあったら責任とれないし、私に何かあったらパパとママが悲しむし……」
「ならこの娘と一緒に手を引きなさい。そうすればもう──」
「でも私が降りても、リゼルさんはきっと独りでも戦い続ける。大切な人の為に。そんなリゼだから放っておけない。リゼルさんは騎士でいることを辞めたらミリアはミリアじゃなくなってしまう。それは嫌なんです」
「良く言うわよ、あなたこそ自分を顧みないお人好しのくせに」
「え?」とこちらを振り返ったミリアに向かって、リゼルは笑ってみせた。
「だってそうでしょ? 出会ったばかりの私やマヌエラの為に命懸けで戦って、あなた自分が思っている以上に猪突猛進で向こう見ずだって気付いている?」
「え! 私そんな感じなんですか!?」
ショックと言わんばかりに目と口を大きく開く。
表情が崩れても尚愛らしい彼女に、リゼルは思わず吹き出してしまった。
「だからさっきも言ったのよ、二人でやろうって。あなたが今自分の生き方を決めたように、私だって自分の道を自分で選んで決めた。守られるだけの女の子とは思わないことね」
「そう、それがあなた達の答なのね」
諦めたような声に二人が顔を上げると、そこにいた彼女は二人の知るイレーヌ・インディゴベルの顔に戻っていた。
そして、そのまま踵を返すとそのまま無言で厨房へと去っていく。
「私達を試してたのでしょうか?」
「どうかしら、私には彼女が何か迷ってるように感じたわ」
これ以上は考えても仕方ないことだった。
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