第1部 2章 4
「何と言うか、逞しいわね」
町の至るところにギルドと憲兵の混成部隊が配置されている他、商店や宿屋の方でも独自に傭兵を雇い不測の事態に備えている。
町の雰囲気が物々しさを増していく一方で、交易都市はその本分を存分に果たそうとしていた。
「サービスするよ! しっかり食って体力つけて頂戴」
大衆食堂の前で恰幅の良い女性がおたまで鍋を鳴らしているかと思えば、
「おいおいそんな装備で戦うつもりか? うちで新しい剣を見ていってくんな!」
別の通りでは、鉢巻を巻いた少年が武器屋の前で声を張り上げていた。
「何だかんだ荒事慣れした町ですからね」
ミリアが得意気に鼻を鳴らした。
「幾らそうだとしてもちょっと賑やかすぎない? どんだけ肝座ってんのよ」
横を颯爽と駆け抜けていく戦士の一団を目で追う。
剣士に弓兵、魔法使いとバランスのとれたパーティーで中々様になっている。
しかし手にした武器は木製のオモチャで、パーティー平均年齢は十歳にも満たない。
「良いか、君達にはこの通りをパトロールするという重要な任務を与える。怪しい人物を見かけたらすぐに連絡するように。分かったね」
賊が潜んでいる可能性が高い路地裏をうろつかれるより、人目がある大通りで遊ばせた方が良いと判断したのだろう。
憲兵の一人が彼等に任務を言い渡していたのを二人は耳にしていた。
どうもこの町は危険を前にしても恐怖より高揚を感じる者が大半を占めているようだ。
「昔はもっと凄かったみたいですよ。ドラゴンが町中で火を吹いてる最中にサラマンダーの毛皮を売り歩く商人がいたって聞いたことがあります。……どうしたの? 恐い顔して」
「静かに、怪しい奴を見つけたわ」
声を押し殺し、ある一点を顎で示す。
そこにいたのはマントを羽織った二刀の女剣士だ。
どうやらまだこちらには気付いていないようだ。
「イレーヌ・インディゴベル。まだこの町にいたんですね」
「きっと、ヴァレンティヌス派に雇われてるのよ」
「そう、でしょうか……?」
若干どころではない私怨が混ざっているようで、ミリアはイマイチ乗りきることが出来ない。
「良いから追うわよ」
「あ、待って下さい!」
狭い路地へと消えていくイレーヌを追って駆け出したリゼルを追って、ミリアは慌てて走り出した。
尾行は順調だった。
全身鎧のルーファスがネックになるかと思いきや、ミリアの精緻を極めた操作により鎧人形は物音一つ立てず、影のように二人の少女に付き従う。
イレーヌの歩く速度が速いため、気取られないよう十分な距離を保ちつつ付いていくのは決して簡単なことでは無かったが、それがかえって少女達の集中を研ぎ澄ませていた。
「何をしているんでしょう?」
イレーヌが道端に転がった石ころのようなものを拾うと、じっと品定めするように見つめた後にポケットに入れる。
そして何事もなかったかのように先へと進んでいく。
「仲間と連絡をする為の暗号かもしれないわね。このままアジトにでも案内してくれたら好都合なんだけど……」
そうこう言ってる内にT字路に差し掛かったイレーヌが角を曲がって姿を消した。
「リゼルさん」
「ええ、行きましょう」
二人は用心しながら別れ道まで進むと、物陰からイレーヌが消えた方を覗き見る。
しかし、そこには細い道が先へと延びているだけで女の姿はどこにも見当たらなかった。
「あれ、いない」
「うそ……こっちに曲がった筈でしょ?」
「ええ、そっちで合ってるわよ」
突如として背後から湧いた声に、リゼルとミリアは声にならない悲鳴を上げる。
いつの間にかイレーヌが背後に回り込んでいた。
「び、びっくりした……」
「あんたね、いきなり後から声かけるんじゃないわよ!」
「さっきからずっと後をつけていたみたいだけど……私に何のようかしら?」
リゼルの抗議を無視して疑問を投げ掛ける。
感情という名の不純物が混ざることを許さない氷のように透き通った声は、それ故に鋭い刃のようでもあった。
「えっと、その……」
「何であんたに言わなきゃいけないのよ」
「ちょっと、リゼルさん」
敵意を隠そうともしないリゼルにミリアは服の裾を引っ張って抗議する。
もしイレーヌがこちらを害するつもりなら背後に回った際に攻撃を仕掛けることも出来た。
それをしなかったということは、今の彼女に戦闘の意志が無い証拠だ。
しかし、このままリゼルが挑発的な言動を続ければどうなるか分からない。
ミリアは一触即発な状況を打開すべく、素直に真実を打ち明けることにした。
「私達、ヴァレンティヌス派の使徒を追ってるんです」
「なるほど……。それで私がヴァレンティヌス派に雇われたんじゃないかって思ったわけね」
「ええ、そうよ」
憮然とした表情でリゼルが吐き捨てる。
それを見てイレーヌはわざとらしく溜め息をついて見せる。
「何よ、バカにしてるの?」
「バカにしてるのはあなたの方よ。本気で私があの連中に与すると思ったの?」
無色透明で感情の片鱗すら見せない声音はそれ故に軽蔑の色を如実に浮かび上がらせていた。
「わ、悪かったわね。謝るわよ」
不機嫌な態度を隠そうともしないものの、それは非礼を詫びる言葉にも裏がないことを証明している。
それが伝わったのかイレーヌの纏う空気が幾分か柔らいだ。
「ちなみに、イレーヌさんは何をしていたんですか?」
「バイトに行く途中だったのよ」
「バイト?」
予想だにしなかった単語に思わず二人の声が重なる。
「そんなに気になるなら付いてきなさい。私の働きぶりを特別に見せてあげるわ」
そう言ってのけたイレーヌの表情は心なしか得意気だった。
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