第1部 2章 3

 シンシアとリックはあの後もかなり粘ったものの結局はエクトルの前に敗れた。

 会場を後にする二人の表情は悔しさを滲ませていたものの、それ以上に力の全てを出しきった充足感に満ちており、観客もそんな二人の健闘を力強く称えていた。


 今も場内は熱気冷めやらぬといった雰囲気だが、既に観客達は退場を始めている。


 予選会のスケジュールはエクトル達の疲労を考慮して組まれており、一日に行われる試合は三試合~多くて五試合、それを数日かけることによって全ての挑戦者と試合をこなしていく。


 シンシア達の試合の後、続けて四組の挑戦者が挑んだがどれも彼等ほどの健闘は出来ず、あっという間に試合が終わった。

 恐らく明日、明後日も五試合ずつ消化されていくだろう。


 そうするとリゼルとミリアが二人に挑むのは明明後日。予選会のトリを飾ることになる。


「分かってはいたけど、改めて見ると圧倒的な強さね」


 リゼルは今日最も善戦したシンシアとリックの戦いを振り返る。

 何度も意表を突き自分達に有利な試合運びを狙っていたが、二人を遥かに上回るエクトルの技量がその試みを真正面から捩じ伏せていった。

 つまり、戦術でカバーしきれない程の戦力差が両者の間にあったということ。

 そしてそれは恐らく今の自分達と置き換えても言えるだろう。


「昨日助けてもらった時も思いましたけど、まるで物語に出てくる騎士がそのまま出てきたみたいな感じですよね」


 夢見勝ちな少女のような言葉とは裏腹に、ミリアの声はしみじみと噛み締めるようなトーンだった。


「私も頑張ったらいつかはエクトルさんのようになれるのでしょうか?」


「それは無理よ」


「……やっぱり、そうですよね」


 自分を恥じるように表情を曇らせたミリアに、リゼルは間を置かず言葉を紡いだ。


「あなたはエクトルじゃないし、“ロマリアとレムリア”に出てきたルーファスでもないでしょ?」


「え?」


 ミリアが息を飲む。


「人は別の誰かにはなれない。けど、自分のままでも理想に向かって進むことは出来るわ」


「自分のまま?」


「そう。なりたい自分を目指すことは、決して今の自分を否定することじゃないわ」


 自分を見つめるミリアに、リゼルは得意気に鼻を鳴らす。


「なーんて、お母様からの受け売りなんだけどね」


 そう言うと、気恥ずかしさを誤魔化すように笑った。

 つられるようにミリアの表情も綻ぶ。


「素敵なお母さんですね」


「ええ、私の憧れよ。だけど私もお母様じゃないから、私なりのやり方で強くて優しくて美しい魔女を目指さないとね」


「じゃあ、リゼルさんも私と一緒ですね」


「そうよ、だからミリアの気持ちも分かるつもり」


「リゼルさんも不安を感じたりするんですか?」


「当たり前じゃない。だから私にはあなたが必要なのよ。私が動けなくなった時には手を引いて前に連れていってくれる?」


「はい、任せて下さい。騎士として私がリゼルさんの道を切り開いて見せます」


 ミリアは晴れ晴れとした表情でそう言った。

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