第1部 2章 2
マヌエラがアリーナに入場すると割れんばかりの歓声が降り注いだ。
その殆どが自分達ではなく目の前にいる二人に向けられている。
シンシア・バルテウスとリック・マクベイン。
冒険者ギルドのギルドマスターの娘と憲兵隊の若き隊長のコンビだ。
マヌエラは二人の装備を目を凝らして観察する。
シンシアが持っているのはコンパウンドボウと呼ばれる滑車の力を用いて少ない力で優れた射程と命中精度を見せる武器だ。
それ以上にマヌエラの目を引いたのは、シンシアが普段からかけているメガネだ。
アンティーク調で視力矯正の為に作られた物のようには思えない。
何らかの魔道具と考えるのが自然だろう。
一方、彼女のリクトルを務めるリックは歩く武器庫と言っても過言ではない様相だ。
腰の左右にミドルソードと鍵爪のついたワイヤーを下げ、後ろでは投げ斧を二本交差させている。
更に背中には槍を背負い、左腕に固定した長方形の盾の下には折り畳み式のボウガンが装備されていた。
「あれだけの武器を全部使いこなせるんでしょうか?」
「武器の使い方を一つずつ習得することはそこまで難しくはないよ。教会の僧兵だって訓練段階で多くの武器の扱い方を一通り習うんだから」
隣にいたエクトルが答える。
「じゃあ、後は状況に応じて最適な武器を瞬時に選べるかってことですね」
「それは受け身の発想だよ。本気で僕達を倒したいなら、彼らは状況に対応するのではなく、自らに有利な状況を作り出さないといけない。彼等にその意気があるか、それでこの町のレベルが分かる。初戦の相手として最適だ」
どことなく楽しげな声に、マヌエラも胸の奥で高まるものを感じた。
「四人とも準備は良いな」
両者の間に立っていたのは獅子のような髪型をした二メートルを越える大男。
彼がこの町のギルドマスターにしてソノラとシンシアの父親、バルドル・バルテウスだ。
彼は確認も兼ね、四人と観衆に対して改めてルールの説明を始めた。
勝敗の決め方は本戦同様、先に巫女候補に傷を負わせたチームが勝利となる。
これは巫女の流血を禁忌としていた古代ロマリアの伝統に基づいているので、ちょっとしたかすり傷でも即敗退に繋がる反面、打撲や捻挫といった出血の伴わないダメージは判定の対象外だ。
「とは言え今回はあくまで予選だ。こちらで危険と判断したらすぐに止める」
強い威圧感に、四人は無言で頷いた。
「ただしリック、てめぇはダメだ」
「はぁ!?」
「お前に与えられた選択肢はシンシアを守って死ぬか、シンシアを傷物にして俺に殺されるかだ。良かったなぁ、好きな方を選べるぞ」
髭に覆われた口がにんまりと弧を描いているが、目だけは笑っていない。
「もう、お父さんったら……」
シンシアはそれ以上は何も言わず、試合開始位置まで下がっていく。
リックが慌てて後を追う。
「僕達も行こう」
アリーナの中心から十五メートル離れた位置に移動した。
この距離だとエクトルが接近する前にシンシアが弓矢で仕掛けてくるだろう。
シルウェステルを起動させ、十枚の飛翔盾を壁のようにしてマヌエラの前に展開する。
「それでは、始めっ!」
バルドルの野太い声を合図に、試合開始の角笛が鳴った。
エクトルの予想通り最初に仕掛けたのはシンシアだ。
右目のレンズが淡く発光し模様が描かれたかと思うと、エクトル目掛けて矢を射かけた。
矢に爆発物や魔法が付与されている可能性を警戒し、エクトルは白亜の盾で受けようとする。
その軌道が突如として変わった。
矢は盾を避けるようにカーブを描くとそのまま横手からマヌエラを狙う。
「きゃあっ!」
間一髪別の盾が割り込んでマヌエラを守る。
「エクトル!?」
「そこを動かないで、絶対に」
既に相手のリクトルはこちらに向かって走り出している。
更にシンシアが援護の為に矢を放った。
その尖端には筒状の装置が付いている。
「爆薬か!」
故に盾で受ける。
爆風とともに破裂する黒煙。
視界を遮られたエクトルだったが、風を切る音に反応して上体を反らす。
上半身があった場所を通過したのは鍵爪のついたワイヤーだ。
剣で払おうとしたところを絡めとるつもりだったのだろう。
「良いね、自分達のペースに持ってこようとしている」
そこに槍を手にしたリックが黒煙を切り裂いて飛び掛かってきた。
全身を武器で固めているとは思えないほどに俊敏で、繰り出される刺突も鋭く重い。
その身体能力と技量は称賛に値するが、エクトルは更にその上を行っていた。
渾身の突きを必要最低限の動きでかわすと、跳ね上げた刃で柄の部分を真っ二つに切断する。
リックは使い物にならなくなった槍を捨てると、後腰に手を伸ばす。
唸りを上げるは鈍色の鋼。
エクトルは体重のかかった前足で地面を蹴ると、強引に斧の一撃を避ける。
「それに判断も速い」
逃がすまいと猛追するリック。
懐に入れば長剣より小回りの効く投げ斧が有利だ。
「シルウェステル」
牽制の為に白亜の盾を放とうとする。
しかし、シンシアが放った矢がそれを阻んだ。
「連携も出来てる」
リックとシンシアの見事な戦いぶりに、観衆が声援で答える。
その声に背中を押されるように青年は加速し、左右の手に持った投げ斧を縦横無尽に走らせる。
激しい連撃はしかし、テンプル騎士を掠めることすら出来ない。
逆に胸板に靴裏を叩き付けられ、リックは受け身すらとれず地面を二回ほど跳ねてようやく起き上がった。
咳き込む息に朱が滲んでいるのは折れた肋骨が肺に刺さったからだろう。
先程までの熱狂が嘘だったかのように場内が静まり返る
「まだ行けますか?」
「当然だ!」
リックが立ち上がると、再び観客席が沸き上がる。
それを見て、エクトルは小さく口の端をつり上げた。
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