第3話 幼なじみ

 五歳に成長したディーオは、祖父ゼロスから剣術を習っていた。

 基本的に剣術とは型の稽古だ。

 北神流、水神流の基礎となる型を何度も練習する。

 これが中々に退屈だ。

 ずっと、何千回も、毎日毎日、繰り返す。

 そして、後は筋力を鍛える。

 それをずっと繰り返す。


 みんな、武術とは華やかなモノを想像するが、以外や地道で。

 そして、その型を極めたからといって、強い訳ではない。

 実戦経験が必要だ。


 武術は、基本と、実践経験。

 この二つしかない。


 祖父ゼロスは、必要以外に争う事を嫌うので、攻めの剣神流より、カウンターの水神流や手管が多い北神流を好んでいる。

 自ずと、ディーオを習う剣術もその二つになる。

 そんなある日、祖父ゼロスと共に外出した。


 我が家がある場所は、ノトス家が治めるミルボッツ領の城塞都市ノアの近隣にある農村レデナにある。

 母親レディスは、城塞都市ノアにある領主の館まで何時も定期便馬車に乗って行き帰りしている。


 祖父ゼロスが暫し農村の住民の内の前で住人と話していると、不意にディーオの視界に、泥を投げている子供達が見えた。

 その子供達が泥を投げているのは、同じくらいの子供だった。


 ディーオは祖父ゼロスに

「お爺様、ぼく、行くね」


「え?」と祖父ゼロスは困惑するも、孫ディーオが虐められている子へ向かうのを見て、一緒に向かう。


 泥をぶつけられる子と、そのぶつける子達、ディーオはぶつけられる子の前に盾となり、放たれた泥を持っていた木剣で弾いて返した。

 返された泥を子供が拭って

「お前! 何するんだ!」


 ディーオが

「なんで、こんな事をする」


 子供が泥まみれの子を指差して

「アイツは、悪い魔族の生まれ変わりなんだ。だって緑の髪をしている。悪い魔族は緑の髪をしているんだ」


 ディーオは頭が痛くなる。

 完全な偏見だ。髪の色だけで善悪なんて判別できない。

 そこへ、祖父ゼロスと、農村の人達が来て

「お前達! 何をやっている!」


 農村の人達が泥を投げた子供達を捕まえ、ディーオは祖父ゼロスと共に

「大丈夫かい?」


 泥を被った子は、泣きそうになりながら頷き、祖父ゼロスが

「家に来なさい。泥を落としてやろう」


 こうして、この子はディーオの家に来る。


 祖母が泥を被った子を洗ってあげると、ドレスで出て来た。

 淡い金髪の女の子がかわいらしいドレスを纏っている。

 ディーオは困惑する。

 ショートパンツの格好から、男の子と思っていたからだ。

 だが、違ったようだ。

 DNAチェックをすると、女の子だった。


 家のドアがノックされて、村人が

「ゼロスさん、その子の関係者である人が…」

と、後ろから姿を見せたのは、青色の髪の女の子と大きな銀髪の狼犬だった。

 年齢的に十四歳くらいの小さな女の子に、祖父ゼロスが

「ああ…魔族の方で?」


 青色の髪の女の子はお辞儀して

「そうです。助けていただきありがとうございます。私、ララ・グレイラートと申しまして…その子の家庭教師をやっております」


 ララは、女の子に駆け寄り

「大丈夫でしたか? エレナ」


 女の子エレナは頷いた。


 家に上げて事情を聞くと、この子は強い魔力を持っているので、家での訓練を経て外で練習していた時に、はぐれてしまったらしい。


 ララはゼロスから泥を投げられた事を話して、ララが俯き

「この子は、魔術を使う時に髪が緑になるのですよ」


 祖父母のゼロスとレリスがそれを聞いて顔を顰める。


 ディーオが祖父母に

「何か、髪が緑になる事がマズいのですか?」


 ゼロスが

「昔、大昔に世界を破滅させようとした魔神ラプラスという者がいた。その人物が緑の髪だった」


 ララが

「わたくしは、青なので問題ありませんが…。魔族が多い大陸では緑の髪の方も多く、色々と諍いがあった歴史があって、緑の髪は不吉の象徴とされている地域もあるのです」


 なんだそれ?とディーオは、偏見に呆れてしまう。

 髪の色が違うだけで、それってどうなのよ? 

 私達だってそれぞれの髪の色をしているぞ。

 それなのに…それだけで…。


 ララが再度、お礼を告げ

「本当にありがとうございます。このお礼は…」


 ゼロスが

「気にしないでくれ。困った時はお互い様だ」


 こうして、ララがエレナを連れて帰っていった。



 その次の日、庭で素振りをするディーオに

「おい」

と、呼びかける子供がいた。


 ディーオには憶えがあった。

 エレナを虐めたヤツだ。


「なに?」とディーオは聞き返す。


 その男の子が恨めしそうな顔で

「あの後、お父ちゃんにもの凄く怒られた。俺は悪く」


 ディーオが「悪い事だ。君は悪い子だ」と遮った。


 男の子が庭の柵を乗り越えて

「ふざけるな!」

 

 ディーオに殴り掛かるも、ディーオは避けて男の子の腕を掴んで投げ飛ばした。

 そこへ、祖父ゼロスが現れ「ええ…」と困惑して、ディーオが投げ飛ばした子を見て

「ああ…成る程」

と、納得した。


 その後、祖父ゼロスに子供は捕まり、再び家の戻されて、子供ダリスは母親からお灸をすえれられた。

 ダリスが叫ぶ

「だって、アイツは緑の髪をして」


 ディーオが

「あの子は魔族でも魔神ラプラスでもない。魔法の訓練に来ていて、魔法を使うと髪が緑になる普通の子だ」


 ダリスがムッとして

「そんなの知らない」


 ディーオがダリスのホホを叩き

「知らないなら、ぼくが殴っても問題ないよね。君が知らないってのが悪いから」


 ダリスが泣きべそを掻きながら、ディーオに向かって行くが、ディーオは避けて転ばせると、ダリスにホホを叩いた。

「君は悪い子だ。人を髪の色だけ悪いと決める悪い子だ」


 ダリスが

「お前なんか、友達になんかなってやるもんか!」


 ディーオがダリスのホホを叩き

「けっこう。君みたいな人と友人になりたくない」


 ダリスが大泣きした。


 祖父ゼロスは額を抱えた。やり過ぎだ。

「ちょっと来いディーオ」

と、ディーオを引っ張って行き家で説得する。


 家でディーオを隣に座らせて祖父ゼロスが語る。

「ディーオ、すこしやり過ぎだ。あの子だって反省する機会がある」


 ディーオは祖父ゼロスに

「そうでしょうか? 反省してませんよ。だから、ぼくの所へ殴りに来た。ああいうのは」

 そう、前世で見た愚かな連中その者だった。

 反省しない、自分は正しいとはばかり、相手を貶めてのし上がる。

 だから…破滅したんだ。地球が、人類は敗北して

 ディーオは頭を振り

 いかんいかん。ここは地球じゃない。別の異世界だ。

「お爺様、ぼくは、あんな子を友人になりたくない。ぼくは、将来…母が仕えるルディーオ様の子を守る騎士になるんでしょう?」


 祖父ゼロスがハッと驚き

「どこでそれを…」


 ディーオが

「憶えています。小さい頃…ぼくがベッドで寝ている時に、母様が誰かに話していたのを…」


 祖父ゼロスは厳しい顔をする。

 分かっていた。この子は普通ではない。文字を習得する速度、そして…何より退屈な剣術の稽古を一切サボらない。

 そして、世界がどのようになっているのか…知ろうとする。

 目つきも違う。

 体は五歳の幼子だが、偶に遠くをみる時、まるで…長い歳月を生きた存在のようだ。

 そう、この世界で最強の龍族のように。

 鋭い目つきをする。


 祖父ゼロスが孫ディーオに

「ディーオ、お前は何がしたい?」


 ディーオは真っ直ぐと祖父ゼロスを見て

「世界を知りたいです。そして…やるべき事があります」


 祖父ゼロスは、子供が放つような重みでない声色に諦めを感じて

「分かった。だが、アレは言い過ぎだ。それだけは分かってくれ」


 翌日、またダリスが来た。

「何?」とディーオは呆れ気味に言い放つ。

 柵を掴んで恨めしそうに見ているダリスが

「俺は絶対にお前を許さない。俺を嫌いなんて言いやがって…絶対にお前に俺を認めさせてやる」


「はぁ?」とディーオは呆れ気味に答えた。

 その次の日から、ダリスが一緒に剣術を学ぶようになった。


 ダリスは、ディーオの横に並んで一緒に剣術を学ぶ。

 その師匠は祖父ゼロスだ。

 二人して同じ型を何度も繰り返す。

 ダリスは飽きてくるが、ディーオは無心で木刀を振り続ける。

 それに負けるかと、ダリスも並んで木刀を振り続ける。


 北神流と、水神流の型を繰り返す。

 

 黙々と振るうディーオと、飽きると休憩するダリスだが、祖父ゼロスはそれを咎める事はしない。

 ディーオが続けると、必ずダリスも戻るのだから。


 そして、祖父ゼロスが用事で出ている昼下がり、ディーオとダリスは、ひたすら剣の型を繰り返している。


 ダリスが飽きて休憩してもディーオは続ける。

 ダリスは悪戯心で、ディーオの背へ木刀を放つが、ディーオが反応してダリスの一閃を弾いた。

 

 ダリスが

「なんで、バレるんだよ!」


 ディーオはフッと笑み

「殺気が出ている。水神流は殺気を読むワザで」


 ダリスは寝転び

「あああ! わかんねぇ!」


 ディーオが寝転ぶダリスに近づき

「ダリスは、お父さんが怒っているのが分かるかい?」


 ダリスが起き上がって頷き

「うん。もの凄く怖い」


 ディーオは頷き

「それが殺気ってヤツだ」


 ダリスが

「殺気って怖いヤツなのか…その怖いってヤツがあると体が動かないんだ」


 ディーオが

「その通りだよ」


 ダリスが

「じゃあ、ディーオはオレから怖いって分かるの?」


 ディーオは頷き

「ああ…そうだよ」


 ダリスが

「じゃあ、怖いってなっても動けるようになるには、どうするんだよ」


 ディーオは考え

「それじゃあ」


 ダリスと訓練の方法を考える。

 お互いに頭上で木刀を横に防ぐ形にして、お互いに交互に自分のタイミングで上から下へ打ち合う。こうする事で殺気を感じる訓練をする。

 無論、木刀を横にして盾にしているので、縦からの一閃には耐えられる。

 その前に、ダリスには家にあったヘルメットを被せて頭を守るようにした。


 こうして、殺気を感じる訓練をしてディーオが分かった事は、ダリスは感覚が鋭い子だ。

 打ち込む瞬間にダリスは反応している。

 殺気を読んでいる。

 自分は、色んな経験上と知識からダリスの動きを読んで構える。

 へぇ…と自分とは違う事に驚きつつも喜ぶ。

 自分と違うってのは貴重な事だ。


 その後、祖父ゼロスが帰って来て、ディーオからやっていた事を聞いて感心し「やりなさい」と許可してくれた。


 そんな訓練の日々に、時雨が訪れてディーオとダリスは濡れてしまう。

 祖母のレリスが魔法でお湯を作ってくれて、ディーオとダリスは濡れた体を洗おうとする。

 部屋で、大きな桶に湯が張られ暖まろうとディーオは服を脱ぐと、ダリスがモジモジとする。

 ディーオは

「早く脱がないと…風邪を引くぞ」


 ダリスがモジモジして

「おれ、後でいいよ」


 ディーオが

「何言っているんだ? 男同士…ん?」


 ディーオはダリスを見詰める。自分より少し大きいのは一歳年上だから、茶色の短髪、男の子のような服装。待て…外見で男と判断したが…。

 DNAチェック 

「あ…」

 ダリスは、女の子だった。

 うわぁぁお。


 ディーオは裸で服を持って

「ダリスが先に入りなよ。女の子が体、冷やしちゃあダメだよ」

 出て行こうとするが、ダリスはディーオの右腕の二の腕を摘まみ

「絶対に見ないでね」


 こうして、二人は背中合わせで、大きなお湯の桶に漬かる。

 背中合わせのダリスとディーオ。

 ダリスは顔を真っ赤にして、ディーオは虚空を見て

 まさか…女の子だったなんて…。

 そういえば…村で男の子しか見なかったけど…。

 いや、待て…ダリスの事を考えると男の子と思っていたのは女の子だったのか?


 ディーオは背を合わせるダリスに

「ダリス、なんで女の子なのに男の子の格好を?」


 ダリスは

「十歳を迎えるまでみんな、男の子の格好するんだよ」


 ディーオは納得した。

 そういう風習なんだ…と。

 推察は出来る。日本では子供の頃に男の子に女の子の格好をさせる風習が昔にあった。

 その逆だと思えばいい。


 ディーオが背を合わせるダリスに

「ごめん。女の子とは思わなかった…」


 ダリスが

「ねぇ…おれとディーオ、友達だよね」


 ディーオは上を見上げて

「髪の色だけで悪い人ってしないなら」


 ダリスは頷き

「うん。もうしない」


 ディーオは頷き

「じゃあ、友達だ」


 ダリスは嬉しげに微笑んだ。


 

 そして、そんなある日、祖父ゼロスが近くにある城塞都市ノアへディーオとダリスを招いた。

 連れて来た場所は、とある屋敷だった。

 そこの玄関を潜ると、ウルティアが出て来た。


 ディーオは驚き固まる。

 なんで、この家に来るんだ?


 そう思っているとウルティアの後ろから、エレナとララにララが連れる大きな狼犬が姿を現す。


 ディーオは額を抱える。

 エレナは…父であるルディーオの次女だ。


 祖父ゼロスが頭を下げ右手を左胸において

「本日はお招きいただきありがとうございます。ウルティア様」


 ウルティアは微笑み

「どうぞ…」


 ゼロス達は屋敷内に入り、テーブルを囲み。

 ダリスとエレナは、互いにバツが悪そうだ。


 それにディーオが

「ダリス、言う事があるだろう」


 ダリスが

「あの時はごめん。もうしないから…」


 エレナが「うん」と小さく告げた。


 ウルティアが隣にいるララに

「ララは、エレナの家庭教師をお願いしています」


 ディーオの右にいるララが得意げに指を立てる。

 それは分かっている事で、ディーオが

「どうして、ぼく達は呼ばれたんですか?」


 何かの理由があるはずだ。


 ウルティアが右にいるエレナを見て

「エレナは、特殊な体質らしく…魔法を使う際に髪が緑になり、際限なく魔法を発揮できるそうです」


 ララが説明する。

「エレナは、今までにない体質で、私がラノア大学で見た資料にも存在しない体質なんです」


 ディーオが

「それで…それが…何か?」


 ララが

「エレナの特別な体質は、コントロールが難しい。何度か魔法が暴発した事もあり、友人がいません。だから」


 ディーオが頷き

「つまり、エレナの友人になって欲しいと…」


 ララが頷き「はい…」と


 ディーオは考える。

 それをエレナは、俯き加減で見詰める。


 ララが

「むろん、みなさんも一緒に勉強できますよ。わたくしは、こう見えても上級の研究者で、今でもラノア大学から支援も受けている立派な」


「それ、どうでもいいです」

と、ディーオは遮る。

 ララはショックを受ける。


 ディーオがエレナを見詰めて

「エレナさん?」


 エレナが「エレナでいい」と呟く。


 ディーオが

「本当にぼく達が友達になっていいの?」


 エレナが小さい声で

「あの時、泥をぶつけられた時に、内側から力が溢れて、暴走しそうだった」


 ダリスは、え?という顔をする。


 エレナが俯き加減で

「もしかしたら、みんなを傷つけていたかもしれない。でもね。君が…ディーオくんが来た時に、暴走しそうだった魔力が止まったんだ。こんな事、始めて。だから…ディーオくんなら、友達になってくれると思って…」


 ディーオは少し考え

 気休めだ。おそらくだが、この子の心に引っ張られてコントロールが出来ていない。

 ちょっとでも精神が不安定になると、暴走する。

 いずれは、精神が安定して魔力を上手くコントロールできるだろう。

 そうだな、その間だけの…

 ディーオは席を立ち上がりエレナの前に来て手を伸ばし

「ぼくも、ダリスしか友達がいない。エレナが友達になってくれたら、嬉しいな」

と、微笑む。


 エレナは手を握り嬉しそうに

「うん。よろしくね」


 こうして、幼馴染みが二人増えた。


 日々の日課が変わる。

 一週間の間に、三日はエレナの家に行き、三日はディーオの家に来る。

 ディーオとダリスにエレナ、家庭教師のララが付き添い過ごして勉強する日々。

 ララは優秀な家庭教師なのか、色んな事を教えてくれる。

 読み書き、算術、魔法、その他多く。


 特に、エレナの魔法センスはずば抜けていて、産まれた時から無詠唱で魔法が使えたらしい。その次にダリスも才能を発揮する。

 ディーオは普通で、唯一、二人より飛び抜けていたのは、治癒魔法だった。

 治癒魔法だけは、二人より強かった。

 治癒魔法のヒーリング、エクスヒーリング、シャインヒーリング。

 その更に上、龍神が使えるとされる最強の治癒魔法、ドラゴンオーラ。

 ドラゴンオーラは、何でも千切れた腕さえも再生させる程の強力すぎる治癒魔法だ。

 龍族という最強の種族しか使えないらしい。

 ララは、その龍族の一人と知り合いらしく、それが付与された魔道具を持っていたので知っていたが…ララさえ、どうしてディーオにそれが使えるのか?分からなかった。

 

 ディーオも、なんでそんなモノが使えるのか?

 理由が分からない。


 ララがブツブツと

「もしかして、ラプラス因子が…その可能性が…」


 ディーオがララに

「何か知っているんですか?」


 ララがディーオの頭をなでて

「そうですね。後々…分かるかもしれませんから、それまでおまちください」

 誤魔化された。


 そうして、二年の月日が過ぎた。

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