ゼロ災殺人事件

五三六P・二四三・渡

第1話

「犯人は工場内にいます」

 そう切り出した探偵に対して工場長は顔をしかめた。

 何を言い出すのだろうかこの男は。

 道路が水没して目の前の男の車が立ち往生していたところ、この工場に助けを求めてきたので、これもまた人情やと思い屋根を貸したのはいいが、今朝起った事件について根掘り葉掘り聞いてくるのにはうんざりていた。助けなければよかったと今更後悔をしていたのだ。私立探偵だかなんだか知らないが、身内のごたごたに突っ込んでもらう義理はない。餅は餅屋、殺人事件は警察にだ。

「いきなり何言うてはるんですか。先ほど確かに工場の裏でウチの社員の野山の死体が発見。救急車や警察を呼ぼうにも、今現在台風の影響により多数の道路が通行止め状態で到着が大幅に遅れてます。明らかに死後数時間たっており、心肺蘇生の希望のかけらもないことがある意味幸いと言うか不幸というか……しかしだからと言って、素人の我々がいろいろ推測してもしゃあないでっしゃろ。半端に身内内で犯人探しでもして後でギスギスしてもたらどないすんのや」

「まずはこんな台風なのに、多数出勤している状況に疑問を覚えますが、まあそれは置いておくとして。そう、明らかな落下死。彼のロッカーには遺書とみられる文書がありました。一見自殺に見えます。しかし、これは殺人事件なんです。死体の状況から見て、死んだのは昨日。生きている彼の目撃証言から考えて、定時より後の時間に落下したと思われます」

「話聞いとります?」

「まあまあ、そういわずに。ただ私の考えを話すだけです。犯人が分かる人が複数いるだけで引き締まった空気もまた緩むかもしれません」

「まあそこまでいうのなら……」

 適当に相槌を打って、時間がたつのを待とうと工場長は決めた。どっちにしろ、こんな天気では、まともに仕事ができないのだから。社員達には電車が止まっても来るように電話でどやしつけたが、実際来たのも数人だけだった。

「まず、現場の状況をおさらいしましょう。死体が発見されたのは今日の午前10時ごろ。社員が工場の裏側にあるあまり使わないコンテナを積んである場所にて発見しました。この目撃者は、完璧で覆しようのないアリバイがあるので名前は伏せておきましょう。そして工場内には監視カメラが複数つけられており、屋上に向かったのは彼一人でした。監視カメラの死角をかいくぐるのは不可能なんですよね?」

「ええ、ちょうどいい感じに設置してあるんで」

「彼以外は屋上に登っていない。つまり自殺か少なくとも事故の可能性が高いように思えます。しかし違うんですよ。犯人は外から屋上に上ったのです」

「梯子でも使ったいうことか? しかしウチにはそんな長い梯子はないし、持ち込んだなら、目立つはず。重機とかもウチにはありまへんで」

「梯子は使っていないです。使ったのはそう――フォークリフトです」

「ははっ、そらあかんわ探偵さん。フォークリフトには高さ制限ちゅうもんがあってな、せいぜい高くても6メートル程度しか伸ばせへんのや。とてもやないけど、屋上には届きまへん」

「確かにそうです。しかし、フォークリフトを複数使ったとしたら?」

「複数台やと!?」

「まず二トンフォークリフトと一トンフォークリフトを用意します。二トンフォークリフトは二トンまで持ち上げられるので、一トンフォークリフトを持ち上げられるわけです。つまり合わせて12メートル。これで屋上まで届くはずです。そして、屋上に呼び足した野山さんを背後から突き落とした。これが真相です」

「なんやて~~~そない方法があったなんて!?!?!?!?! こりゃ皆を集めなあかん!!」


 ◆ ◆ ◆


 雨の中。探偵は屋根付きのゴミ捨て場に来ていた。

 本来今日焼却するはずだったゴミが積み上げられている。生ごみも交じっており、蠅がたかり異臭を放っていた。

 その臭さに涙を流しながら、先ほどの工場長の言葉が思い出される。

「とまあ、驚いてあげたけど、一トンフォークリフトの一トンってのは持ち上げられる重さであって、車輛重量は3トン近くあるがな。いやさっき『二トンリフトは二トンまで持ち上げられる』って自分でいうとったやないかい」

 ごうごうと音をなしている嵐の中探偵は自分の失敗を悔やんでいた。一人に話しただけでよかった。あのまま皆を集めて、『さて』とか言っていたら大恥をかいていたところだ。しかし自身の探偵としての勘が、この事件は殺人だと言っていた。このまま引き下がるわけにはいかない。探偵はシュレッダーにかけられた紙の入ったポリ袋を手に持ち再び、工場内に戻った。そして紙を広い場所に広げた。

「うわっなにしてはんのや!?」

 近くに来た工場長が驚く。しかし探偵はそれに反応せずひたすら紙辺でパズルを組み立てていく。あきれた工場長は、どうせ後で警察が来るのだから一緒に連れて行ってもらおうと思ったのか、それ以上は何も言わなかった。

 数時間かけて紙が組み合わさり、数枚の用紙へと変わっていく。そしてそのうちの、一枚に探偵は注目した。

「わかりました……あの遺書の出所が」

「それは」戻ってきた工場長が言った。「提案用紙やね。簡単に言うと社員たちが細かい改善要素とかを申請する用紙です」

「ええ、そしてその中から野山さんが書いたと思しき提案用紙を組み立てました」

「時間が有り余っててうらやましおす……」

「そこでこの辺りを見てください」

「どれどれ……ってこれは! 遺書と同じような部分があるやんけ!」

「そう、これ自体はおそらく提案用紙からカーボン用紙で写した保存用の控えをシュレッダーにしたものですが、これの本人控え用の一部を切り取って、遺書と錯覚させたのです」

「なんちゅうこっちゃ……こうなってくると、どう考えても野山の死は意図的に起こされたとしか思えへん。せやけど、屋上に上った人は、野山以外におらへんはずや」

「そのあたりはすでに解決しています。フォークリフトはとどかない。梯子も届かない。ならばパレットを数段ほど積んでフォークリフトで持ち上げて、梯子を壁に立てかけるように伸ばせば屋上に届くはずです!」

「なっ、なんやて~~~!? しかしそうなると犯人はいったい誰なんや!」

「あたりをつけることは可能です。まず昨日残っていた社員の時間外届と履歴書を見せてもらってもいいでしょうか」

「いいわけないやろ」

「そういわれると思って、事務員の方に嘘をついて、履歴書のコピーを頂きました」

「まあどうせ後で警察が来るからええけど。あんた逮捕してもらで」

「まず、昨日の残業していた社員は数人……そして、その中でフォークリフト技能講習修了証を持っている人は一人なんです。先ほど話したトリックは複数人必要ですが、一人でもフォークリフトを使えなくては不可能なんですよ。つまり彼こそが、犯人の一人で間違いないんですよ! 彼を尋問してください! 彼こそが犯人なんです!! そしてヘボ探偵と影で言っていたことを私に謝ってください!!!」

「うわあ……急に興奮しだした……しかもいきなりみみっちいこと言いだしたで」

「そんあことはどうでもいい!! 謝って! 早く!」

「まあまあ、探偵さん。ちょっと落ち着いて」

「隠蔽するんですか!!!? 悪だ! やはり組織というものは悪!!!!」

「興奮しすぎやろ……ん~まあ」とそこでパトカーのサイレンが聞こえてきた。警察が到着したようだ。「ちょうど警察もきたし彼らに任せましょか」

「なんだと!? やはり私の手柄を警察に奪わせるのか!? 畜生! いつもそうだ! お前らはそうやって私をバカにする!! 私がいつも正しいのに!!」

「まあまあ」

 そうやって警察が踏み込んでいき、関係者に話を聞いて回った。もちろん探偵も自分の推理を話した。青筋立て唾を飛ばしてて話す探偵にも警官は丁寧に話を聞いてくれた。そして犯人は連行された。動機はパワハラ気味の先輩に嫌気がさしたとのことだった。そして犯人は複数犯いると思われたが、実際は単独犯だった。なんでも被害者自体が、フォークリフトに梯子をのせて屋上からは届かない場所での壁の修理作業をしており、そして下の運転をしていた犯人が急に殺意に目覚め、アクセルを踏み込んで、野山を落としたのだった。ついカっとなってやった上、その後も警察にすぐにばれるような隠蔽工作を開始。被害者のロッカーを漁っていたら、提案用紙を見つけたので、遺書に偽装することを思いついたのだった。


――しかし彼らが逮捕したのは探偵が指名した者とは別の社員だったのだ。

 

「なぜだ! 私の推理は間違ってなかったはず!」

「いやまあ……あんまよくないんやけど、フォークリフト技能講習修了証を持ってなくても結構フォークリフトに乗れる人は多いんです」

「な……そんなことが許されるのか!?」

「どの工場でもやってる……ちゅうのは大抵はまあ視点の狭い奴ほどいう言葉ですけど、実際技能講習とか行くと『君たち絶対初めて触った上手さやないやろ』って人ばかりです」

 探偵はぱくぱくと口を動かした。

「それから、実をいうと昨日はサービス残業してた社員も多いので、時間外届見ても残っとった人はわからんようになってたんですわ」

 探偵はそれ以上聞きたくはないと、コートを羽織り、踵を返した。

 雨まだふってますで、そう工場長は言ったが、探偵は聞かず傘もささずに帰路につく。車は後日取りに戻る予定だった。

 台風は去ったが、風はまだ吹いている。雲の間から覗いた日を見ながら探偵は一人思う。今回は殺人事件で一人死んだ。そして比べるものでもないが、平成30年の年間労働災害死亡者数は900人を超えている。年々下がってはいるが、まだまだ多い。ゼロ災を毎朝叫びながらも、先ほどの工場のような管理体制の場所は多い。

「ゼロ災殺人事件……か……」

 だが年々よくなっているはずだ、そう呟いて探偵は雨の中へ消えていった。

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ゼロ災殺人事件 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa

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