ザビルの娘達の略奪

月丘ちひろ

ザビルの娘達の略奪

 人が数多の種族に別れ、国を治める世界。


 人族が治める国のとある町ににザビルと呼ばれる若い男がいた。ザビルは色を好み、酒場の看板娘を口説いたり、町長の娘に夜這いをかけたりと度々騒動を起こしたが、父親譲りの腕っ節の強さは町の男達に追随を許さず、母親ゆずりの端正な顔立ちと性根から滲みでる優しさは娘達を夢中にさせた。


 町の男達の脳裏には、魔族に娘達を略奪され滅んだ国の悲劇がよぎった。自分達は滅んだ国のように、恋した女性達を根こそぎ略奪されるのではないかと危機感を抱いた。


 これを受けて町の有力者達は会合を開き、いかにしてザビルを追い出すかを議論した。山奥に誘い込み獣達の餌にする。毒を盛って動けなくなったうちに去勢するなど、過激な意見が多々提案されたが、これらの企てのどれもがザビル自身や、彼に魅了された女性達によって失敗に終わっていることを知り、有力者達は落胆した。


 ザビルを追い出すには、ザビルや彼に魅了される女性達が納得する形でザビル自らに町を出てもらう必要がある。有力者達は今まで出し渋っていた資金を湯水のように流し、町の内外で情報収集を始めた。国が魔族討伐軍の募集をかけているという情報を得るまでには時間はかからなかった。


 有力者達は目にしみる塗り薬を鼻下に塗って涙を流し、すまぬ、すまぬと誤りながらザビルに町を代表して討伐軍への参加を呼びかけた。ザビルは屈託のない笑みを浮かべ、討伐軍への参加を快諾した。


 軍に参加すれば魔族との戦いから生き残れても、町に帰ってこれるまでは数年かかる。町の女性達はザビルが町を出ることを反対したが、ザビルは皆を必ず幸せにすると女性達を包容し、町を去った。


 町の有力者達はザビルの包容を忌々しく眺めていたが、二度と町に戻ることはないことを知っていたため沈黙を守っていた。

 魔族討伐軍の募集は国が面目を保持するための建前だった。人族は、魔族の秘術である『魔法』を会得するべく、人を売っていた。


 討伐軍に参加した男達は人族の軍人に拘束され、身ぐるみをはがされ、魔族達の元へ労働力として引き渡された。


 魔族に連行された男達のほとんどは農作業や土木建築の労働力として使われたが、端正な顔立ちと美しい肉体をしたザビルは、魔王城へ送還された。魔王城で待っていたのは深紅のドレスに身を包んだサファイアのように透き通った青い肌をした女性だった。


 女性は魔王の一人娘で、ザビルは彼女の誕生日にあてがわれたペット……という立場になるはずだった。ところがザビルの端正な顔立ちと宝石のように透き通った心は、魔王の娘の心をも射止めてしまい、二人はそれほど日も経たないうちに交わった。


 魔族の世界は女性の地位が高い。子孫に受け継がれる魔力は基本的に母親の魔力が引き継がれるからだ。国の最高権威である魔王の称号も、代々女性が継承している。


 こうした伝統もあり、魔族の男の地位は、魔力の高い女性、つまり階級の高い女性と交わったかどうかで決まる。男性は自分の地位の高さを証明するために、処女を散らした女性から召し物を授かり、他の男の前で見せつける慣習があった。


 ザビルの虜となった魔王の娘は、彼に自分の召し物を王冠のように彼の頭にかぶせてしまった。ザビルが人族でありながら、魔王一族と同等の地位にまで上り詰めた。


 これには現魔王も困惑したが、ザビルの清らかな魂と魔力を持たずに文明を発達させた人族の知能に納得した魔王は、彼を婿養子にすることを了承した。ザビルも美しい女性の夫になれることを喜んだ。


 だが彼は魔王一族の風習を知らない。魔族の男性は女性への服従を絶対化するために、数年間の婚約期間を儲け、その期間中は婚約者の召し物を頭から外すことができなくなる呪いがかけられることを。


 こうして頭に魔王の娘の召し物を被ったザビルが公表され魔族の世界に激震が走った。そして、その風刺画はもちろんザビルの故郷の娘達の目にも行き届いた。ザビルの破廉恥極まりない姿は、町娘達のザビルへの想いを醒めさせるまでに時間はかからなかった。


 町の男達も女性の心をザビルから取り戻したことに安堵し、町の娘達と情事に及んだ。だけど男達の女性への抑圧した想いは積もりに積もっており、かつてのザビルのように女性を口説いたり、夜這いをかけたりするものが続発した。


 男達は当然ザビルとは違う人間であるため、同じことをしてもそれは男が女を暴力で屈服させるものでしかなく、風俗は乱れていった。


 それから年月が経ち、人族と魔族の交流は盛んになった。人族は魔法に惹かれ、魔族は魔法に頼らずに生きる人族の知性に憧れ、互いを尊重するようになっていた。


 町は魔王の婿が生まれ育った町ということもあり、たくさんの魔族の若者が定住するようになった。魔王の婿、ザビルの人徳に憧れた若者達は勤勉で人族の知性を学び、何より人族を・特に女性を尊重した。そんな魔族の若者達は『ザビル世代』と呼ばれ、人族の娘達を次々と妻に娶ったという。


 もちろん人族の娘達も、自分達を尊重する魔族の男達にとろけ、喜んで妻になったという。こうして間接的であるが、町の男達は娘達を奪われていった。


 これは人族と魔族の間で『ザビルの娘達の略奪』という伝承話として現在も語り継がれている。


 なお今年はザビル生誕二〇〇周年ということもあり、魔族の有志によって頭に女性の召し物を被ったザビル陛下象が制作されている。


 人族の妻が魔族の夫に自分の召し物を近所の男に見せびらかすのはやめてと懇願する話が、国際結婚のジョークになっているそうだ。 

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