桜の木の秘密
伊崎夢玖
第1話
これは、とある山奥にある村のお話。
皆が羨むような美男美女の夫婦がおりました。
夫は大変働き者で、皆が嫌がるような仕事も率先して引き受けるようなできた男でした。
妻は何をやらせても器量良しで、控えめな性格も相まって誰からも好かれる女でした。
そんな二人の間に五つ子が生まれました。
名を上から一郎、次郎、美津子、四郎、伊津子。
夫婦に似て、大変愛らしい子供で、村中から愛されておりました。
年月は過ぎ、五つ子が十歳になりました。
その頃から四番目に生まれた四郎が兄弟姉妹から無視されるようになったのです。
「一兄、じろ兄」
一緒に帰ってきた一郎と次郎に声を掛けます。
しかし、一郎も次郎も四郎の声が届かないのか、二人で楽しそうに外へ遊びに行ってしまいました。
「みつ姉、伊津子…」
美津子と伊津子も四郎の声が聞こえていないのか、二人で最近始めた和裁を始めました。
(どうして誰も僕の声が届かないの…)
四郎は徐々に不満が募ってきました。
今の状況を何とかしたいと両親に相談することにしました。
「父様、母様…」
いつからか母は食事を取らなくなっていました。
『食べたくない』
そう言って数日に一度だけしか食事を取らず、寝室に籠る日々が続いておりました。
そんな母は昔の美しさはどこへやら。
やつれてしまい、見るに堪えない姿となっていました。
父は五つ子と母を養わなければなりません。
育ち盛りになった五つ子を飢えさせるわけにもいかず、昼夜問わず働きに出かけて家には週に一度帰ってくる程度でした。
――子供がいればそう簡単に死にはしない。
今も昔も、そんなことはありません。
愛する者が近くにいてくれて初めて落ち着くことができるのです。
母は父を愛していました。
自分がおなかを痛めて産んだ子供よりもずっと愛していました。
母は父がいないことへの不安からどんどんおかしくなっていき、ついに家の前の木で首をくくって自殺してしまいました。
死んだ母を見つけたのは父でした。
父も母を愛していました。
自分の血を分けた子供よりもずっと愛していました。
母の亡骸を胸に抱き、油を被って焼身自殺をしました。
両親二人とも死んでしまいました。
残されたのは幼い子供だけ。
家にあった食料は二日足らずで底をつきました。
「ちょっと、出かけてくる…」
一郎は長男として皆を飢え死にさせまいと、近くの畑から作物を盗みました。
一度成功し、味を占めたのか何度も盗みをはたらきました。
五度目の盗みで現行犯として、駐在へ引き渡されてしまいました。
体の弱い次郎は一郎が捕まったショックから体調を崩し、そのまま病死しました。
「一兄は何も悪くない…悪いのは四郎だから…」
散々無視してきた四郎が悪いと次郎は言いました。
兄弟からそこまで恨まれるようなことをした覚えはありません。
四郎は更に恨みを募らせました。
村の村長と大地主が家にやってきました。
「「さぁ、おいで」」
「「イヤ」」
「じゃぁ、この家に残るかい?」
「残ってもおなかが空いて辛い思いをするんじゃないかい?」
「おなかいっぱいご飯が食べられるよ」
「綺麗な服だって、着せてあげるよ」
「「…だから、おいで?」」
村長は美津子を、大地主は伊津子を引き取っていきました。
この二人は小児性愛者でした。
美津子と伊津子は大変綺麗な娘です。
愛玩具として調教するにはもってこいでした。
親もいない、兄弟もいない二人は仕方なしに、それぞれ引き取られていきました。
「「またね」」
別れ際二人は悲しそうな笑みでそう会話をしました。
その夜、二人は舌を噛んで死にました。
残されたのは一郎と四郎。
一郎は駐在から取り調べという名の手酷い拷問を受けていました。
体からは血が吹き出し、生きているのがやっとの状態です。
「さぁ、どうして盗みなんかした!理由を話せ」
「嫌だね」
「この生意気なクソガキがっ!」
バシッ、バシッ、バシッ!
鞭が一郎の体に入ります。
その度に血が飛び散ります。
一郎は虫の息です。
朦朧とする意識の中、空を見つめ、ポツリと呟きました。
「四郎…やっと会いに行ける…」
その言葉を最後に一郎も息を引き取りました。
四郎は事の一部始終を見守っていました。
駐在も、村長も、大地主も、両親も、兄弟姉妹も…。
誰一人として四郎を四郎として認識してくれませんでした。
(どうして誰も気付いてくれないの…?)
駐在所の窓からふわりと生暖かい風が吹いてきました。
パラパラと本がめくれる音がしました。
なぜか気になって、四郎は本の元へ移動して驚きました。
本の正体はスクラップブックでした。
そして、そこに貼られているのは自分達の家族の写真でした。
隠し撮りなのか、不鮮明なものもある中で、とある写真に目がいきました。
両親の抱き合っている写真です。
父は赤い顔で鼻が長く、背中に翼がある、伝承しか聞いたことのない天狗だったのです。
母はとても美しい人間のようでした。
自分達は人間と天狗の間に生まれた子供だったのです。
(ということは、僕らは半人半妖…?)
母がまだ元気で美しかった頃、読み聞かせてくれたのを思い出したのです。
(半人半妖の肉を食えば不老不死になれる…)
ふと一郎を見ると、駐在が目を血眼にして一郎の体を食らっていました。
「これで、俺も不老不死…うひゃひゃひゃ」
そう言いつつ心臓をその口で食らった時、人の姿から異形の姿へと形を変え、そのまま息を引き取りました。
それは村長も大地主もでした。
半人半妖の肉――それは半分は妖怪の肉を食らうというもの。
ただの人間ごときが食らって普通に生きていけるはずもありません。
シンと静まり返った駐在所から外へ出るとただ一人の少女に出会いました。
黒髪の綺麗な少女。
四郎は初めて会ったはずの少女のことを知っていました。
「サクラ」
「…ごめんなさい」
サクラと呼ばれた少女はただ一言言って泣き崩れました。
彼女は病弱だった村長の娘だったのです。
本来の寿命はサクラが五つの時に尽きていたはず。
それがなぜ今生きているのか。
四郎の肉を食ったからだったのです。
四郎は自分が死んだことに気付かずにこの世を彷徨っていたのでした。
一郎はこのことに気付いていたのです。
「死にたいのです」
(どうして?)
「人様の命をいただいて生きる意味が私には分かりません」
(生きていたいのが人間だろう?)
「いいえ、いいえ。私は死にたいのです。どうか死なせてください」
(あの山の山頂にそれは大きく立派な桜の木がある。その木の根元の穴に入るといい)
「…死ねますか?」
(それは分からないけど、天に近い場所だと聞いたことがある)
「行ってみます」
サクラは四郎に言われた山に向かい始めました。
そこはここら辺では危険で大人でも立ち入ってはいけないとされる山でした。
サクラは意地で登り切り、四郎の言った桜の木の根元の穴に入りました。
そこは、この世とあの世を結ぶ穴。
サクラは静かに眠りにつきました。
サクラの死と共に四郎も天へ召されたのでした。
その後、桜の木はサクラを養分として、それは見事に満開の桜を咲かせました。
本来白っぽかった花びらは、サクラを養分としたことで血液の赤が半分取り込まれ、ピンクへと変わったのでした。
これが桜の花が淡いピンクである理由なのです。
本当なのか嘘なのか…それを知る術は今の私達にはないのです…。
桜の木の秘密 伊崎夢玖 @mkmk_69
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます