カラス

メンタル弱男

カラス


 うるさいカラスの鳴き声で目が覚めた。これは一羽ではないな。一番威勢のいい声が仲間を集めたのかもしれない。まるで戦いに行く前の雄叫びのようにも思える。日曜日の朝だというのに(あれ?今日は日曜日だったよな?それで昨日の夜は、遅くまで飲んでたんだ。)、まったくお節介な集まりだ。外の明るさに目を細めながらゆっくりと体を起こした時、いつもより身体が軽いように感じた。ぐっすり眠れたからなのか。ただ首の左側が少し痛む。手鏡を取って見ても特に何も見当たらなかった。

 三階の窓から見た空は青く、白い雲が面白いくらいの速さで横切る。春の風が強く舞って、木の葉が気怠そうに揺れている。

 やはりまだカラスがうるさい。何かあるのか?と、ベランダに出て周りを見てみるが、カラスの姿は無い。どうやらアパートの横側に集まっているようで、ここからは何も確認できなかった。


 鳴き止むだろうと、いつものようにテレビをつけて、ご飯を食べて、シャワーを浴びたが一向におさまらない。これはさすがに何かおかしいなと、半分怒りも募って外へ出て行くと、急にあたりがしんと静まり返った。

 ドアを開ける音にビックリしたのかな?僕はまるで、この世界にたった一人きりになってしまったかのような心細さを感じた。階段を降りて行くと生暖かい風が鋭く身体に吹きつけた。また首が痛む。寝違えたのかな?身体はいたって軽やかなのに。。。

 

 カラスは一体どこにいたのだろう?音が無くなった今、手掛かりを失ってしまい、何も分からないままとりあえずアパートをぐるりと回ってみる事にした。ベランダから鳴き声を聞いた時におそらくこの辺りだろうと思った場所に着くと、ゴミ回収用の大きな倉庫の前に、荒らされた袋とその中身が汚らしく散らかっている。やっぱりゴミだったか。。。


 僕はアパートの備品のほうきとちりとりを持ってきて、簡単にではあるが掃除をした。もちろん他人のゴミに嫌悪感は抱くが、第一発見をしてしまったのだし、放っておけば他の鳥やら野良猫が来るかもしれない。それは尚更避けたい。新しいゴミ袋を用意して、ちりとりに集めた物を入れていく。


 あれ???これは僕の家の鍵に付けていたストラップだ。失くしたと思って諦めていたがこんな所にあったとは。知らない間に捨ててしまっていたのか、自分の管理能力の低さが恨めしい。

 嘆くのもほどほどにしてストラップを大事にポケットへしまった。そして倉庫の扉を開けてゴミ袋を入れる。すると突然奥の暗がりから、何かが僕の身体にぶつかって外へと飛び出していった。呆気に取られていた僕であったが、その飛び去って行く後ろ姿がカラスであると認識すると、妙に気味が悪いような背中に冷や汗が流れたような悪寒がした。倉庫の中には、いくつかのゴミ袋が荒らされずにそのままあるだけだった。


 部屋に戻った後、とりあえずはシャワーを浴びておいた。冷静に考えれば、あの倉庫にはロックがかかっていて、カラスがそれを上手く開けられるとは思えない。誰かが閉じ込めたのだろうか?だとしたら不可解で残忍な行動だ。そしてまた不意に、ズキズキと首が痛んだ。


 部屋で一人、テレビをつけたまま何をするでもなくぼうっとその画面を見つめているとふと突き刺すような不穏な気配を背後に感じた。すぐに振り返ると、何やら窓に影が映っている。夢から覚める時のように心が急かされて、慌てて窓を開ける。するとそこには、ベランダの柵の上で、じっと僕の事を見つめるカラスが一羽。。。

 立派な黒い身体を艶々と輝かせ、吸い込まれそうなほど暗くて深い瞳を、僕に向けている。怖かった。カラスは人を襲う事もあるというから、僕は変に刺激を与えないように、ゆっくりと引き下がり、窓を閉めた。そして見えないように厚地のカーテンも閉めておいた。

 

 部屋も暗くなって時刻は午後六時をまわろうかという頃、外で何かガヤガヤしている。何人かが集まっているようだ。何だろう?ベランダから見ようと無意識的にカーテンを開けて、しまったと思ったが、もうそこにはカラスはいなかった。

 どうやら、ゴミ倉庫の方だ。またゴミが荒らされているのだろうか?僕はすぐに部屋を出て階段を降りていった。倉庫の方に向かっていると、パトカーのサイレンが近づいて来ている事に気付いて、何やら胸騒ぎがする。隣の部屋の女性も来ていたので挨拶をしたのだが、じっと黙って倉庫の方を見つめたままだ。聞こえていないのだろうか?やはり何か只事ではないと理解し、僕も倉庫の扉の方へと進んでいった。。。


 僕は、この世で一番恐ろしいものを見た。何がどうなっているのか、全く判断できなくなってしまった。


 倉庫の中には、首を切られて抜け殻のような姿になった僕がいたのだ。。。

 

 ふと頭上で冷たくて重い空気を感じた。見上げてみると倉庫の屋根の上で、大きなカラスがまた僕を見つめている。そして次々とたくさんのカラスが屋根に集まりだした。周りの人は誰も騒がない。

 僕だけが見えるカラスなのかもしれない。









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カラス メンタル弱男 @mizumarukun

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