第3話

母と従者たちが出て行ったあと、残ったオレたち三人はこの日の予定とか、今年の我が領地の作物とか、とにかく色々話をした。そうしてるうちに、ニスの従者であるヴァーナンが食堂に戻った。ニスの出かける準備が終わったらしい。


「じゃあ、父上、姉上、僕はイスラの家に行ってきます」


「いってらっしゃい。気をつけろよ」


最後のパンをちぎりながら、オレはこの後、家の使用人たちに指示を与えなければ。客人が来ると、ちょっと訳ありだから、護衛の人たちは多分いつも以上に頑張らないといけない。アンドロマリウス家の人も、ここで泊まりはしないけど、多分家の近くで、普通の人や二、三流な輩が存在感を感じ取れないぐらい気配を消し待機する。ケルビナ並みの勘が鋭い人には少々ストレスになるかもしれないから、後で謝っておこう。


ー しかし、アンドロマリウス家まで呼ぶのか…本当、積んでんな、レオポルド・ザールフェルトとやら。


「ルー。お前は聞き飽きただろうが、くれぐれも、他人に言うんじゃないぞ」


父はいきなりそう言っていた。なんの事かは、勿論知っている。


「はい。イスラ嬢にも悪いけど、結婚までは言いませんから」


オレのこの体質・・・異常な「夢から知識」は、ケルビナや家族以外に知られてはいけない。ケルビナだって詳しく知らない。今はまだ。


まだ完全にオレのモノではないから。


父が出かけると、オレは使用人たちを集め、事情を説明した。どの伯爵家が絡むかもしれない、そしてこの屋敷に襲撃をかける可能性があると教えるとみんな結構顔をしかめた。


「あのお嬢様がここに来たら、屋敷の防衛魔法道具をレベル3で起動させる。少々不自由な想いになるかもだけど、そこは耐えてくれると助かる」


そう。この家には防衛用の魔法道具が組み込まれていて、例え軍隊が来ても、中にいる人の生き残れる確率は高い。問題は、ストレスだ。レベル3になると、ダンタリアンの血以外は簡単に通れない。出かけるのは、数人だけで、それも護衛と一緒。こんな缶詰生活のために窮屈を感じる人は少なからずいるのだ。オレもそうだし。だから、本当に、申し訳ない。あぁ、犯人さん早く来てくれないかな・・・


「いいえ、そんな!我々とてダンタリアン家の家臣です!こんな事ぐらいで音をあげません!」


「そうです!寧ろ事が起きる前にお知らせくださって感謝いたします!まだ時間に余裕がありますので、これから食物や部屋など色々と万全に用意できます」


「そういえば、あの伯爵の領地…」


メイド長であるマーガレットは思い出すようにそう言った。詳しく聞くと、彼女の息子はあの伯爵の領地に住んでいると言った。普通にいい場所だそうだけど、現当主である伯爵はどうも、仕事は出来るが裏表は激しい男らしい。曰く、たまに気分が悪いから野良犬を火魔法で攻撃をしたとか。曰く、自分に両親は話が分からない頑固どもを酒場で愚痴ったとか。全部些細な事だけど、オレにはどうも面倒なタイプにしか聞こえない。っていうか、酒場?いいのかよ領主があそこで遊んでるのが!?愚痴ただ漏れだし!


「マーガレットはああいったけど、ストレスが溜まって安い奴だけならまだいいけどな…」


「失礼ながら、多分、それだけではないと思いますよ、ルー様」


使用人たちが解散した後、客間の窓側に座ってオレは色々と考えた。マーガレットからの情報。母の話。そして、脳内の図書室から有りと有らゆるモノを整理している。幾つかのケース・パターンを探し、対策を考える。ケルビナはいつものように、ドアの近くに立っている。


普通、例え個人付きでも、メイドは主人のそばにべったりって訳じゃないけど、この子は色々と特別だから。


特別…

肩書がメイドだけど、ケルビナは一応オレの「仮婚約者」。それでも、ちゃんと弁えで、脱「仮」まではあくまでも「家臣」。

あの伯爵家の使用人どもは、どうだろ?


使用人が貴族に手を出すなんて、やってはいけない事だ。

もちろん、貴族の方に非があったら話は別だが、今回はほぼ黒だし、例え王国法律に任せても絶対に有罪だ。


証人がいれば、話が早い。

嘘かどうかも、結構簡単に判断できるし。


まぁ、こっちが関わったから、いろんな意味で地獄だけどな、奴ら。

じい様が現役だった頃、似たような事件あったな・・・あの時はどうだったっけ?使用人共は豚の嫁にされたのだったっけ?違うか・・・うーん・・・後でダンタリアンの躾帳でも覗いてみるか。久しく読まないし。


問題はクソ共の家族よね・・・逆恨みでも起こしたら、無駄な血が流れる。屑はともかく、無知のせいで痛い目にあったら、こっちとしても後味の悪い結末だ。ここもやっぱり、領民に話を聞くか。マーガレットの息子は聞けそうなので後で彼女に言ってやるか。


しかし、改めて思うと、我が家の使用人たちは優秀だなぁ。


「…あ、そういえば、朝のお礼はまだだったな…」


オレがこいこいと手で招いたら、ケルビナは軽く首をかしげたけど、すぐに近づく。


「朝の勤め、お疲れ様」


そう言って、ケルビナの頭を撫でた。


「いいえ…」


そう答えたけど、ケルビナの顔はほんのり赤かった。


「いつもありがとう」


オレはその蕩けた顔を引き寄せ、額に口づける。


「…それは私のセリフだよ、ルーちゃん」


そして、続く。

毎日のオレたちの『儀式』。


「お前の気持ち、変わるか?」


「いいえ。ですから、ご指示を」


「うん。今回も、好きなだけ暴れて、活躍して。早く、オレのモノになれ」


いつか叶えたい、オレたちの念願。



でもさぁ、一般の使用人なら・・・


「…なぁ、今からでも、クソ伯爵の家にカチコミか?使用人共だけでも半殺しにするとか…どうせアイツらに未来はないし」


「お言葉ですが、ルー様、せめて奴らの有罪を確かめなければ、単なる横暴な行為に見えますので、今はまだ…ですが、私個人の意見では、ルー様をお付き合い頂きたい気分です」


「うーん…ド正論だな、それ。だってさぁ、考えれば考えるほど、おかしいと思わない?」


「確かに、私は〝一人もまともな使用人がいないのかな…〟と思っておりましたが」


それな。

普通、どんなにクソな仕事場であっても、まともな人は少なからずいるよな?せめて一人でも。


オレはうーんと再び考え事に夢中だけど、どうも落ち着かないので、ケルビナに、マーガレットや爺や事セバスチャン(本名ではない)、そして数人の若いメイドや使用人をもう一度呼ぶようにと命じた。


「仕事中ですまん。単刀直入だが、伯爵家の使用人たちのこと、みんなはどう思う?」


「と、申しますと?」


「オレ、みんな…つまり、マーガレットやセバスチャン、そしてケルビナ、マークス、スピカたちみたいな、頼れる家臣に恵まれたから、正直さっき説明した伯爵家の使用人たちのことを理解できないでいる。っていうか、納得できない。『使用人』をなめてるのか!?ってね。だから、みんなの意見を聞かせてくれ。もし、奴らは噂通りの人たちだったら、みんなはどう思う?」


つまり、罰してて、いいのか?

同じ家臣として、同情でも感じたら、このまま奴らを地獄に落としたら不穏を生む危険性がある。

だから、まず確認すべきだ。


あのクソ共に地獄を見せていいのかって。


「お嬢様、わたくし共は所詮ダンタリアン様の部下でしかありません。それでも、代々この家に仕える人としての意見がお役に立てるのならば、お答え頂きましょう。主に仕えるは勿論大事なことですが、それでも、人間としての最低限な線を超える事は決して許される事ではありません」


「失礼ながら僕もそう思います。もしも無理矢理やらせたら、まだ同情しますが、今回はそうではないという節と、個人的に感じています」


やっぱりね。

コレは、アレだな。類は友を呼ぶって事?

腐った連中が偶然にも集まったってとこ。嫌な偶然もあるな、本当。


神様、少々呆れますよ、オレ。


「私もマーガレットさんやマークスと同じ意見です、ルー様。確かに、平民に対して理不尽な貴族様がいますが、もし、何もされなかったにもかかわらず、それでいてあの男爵令嬢に暴力を振舞っていたら…もはや弱モノ虐めです。使用人とか平民としての前に、人間としては最低すぎます」


「…そっか」


「ルーお嬢様。我々はあなた様を信じています。どんな決断を下そうとも、あなたは決して理不尽に暴力を振るまい、と。ですから、あなたのお心のままにご行動をして下さい」


「そうですわ、お嬢様。もしもの事があれば、私は必ず領地の人々を説得します!」


「あの…僕も!親戚を片っ端から集めて、真実をばら撒いてみせます!!」


「万が一奴らが法の手から逃れても、あんな非道な行為を行った奴を雇うモノもおりません。ですから、潔く散った方が彼奴らのためです、お嬢様」


セバスチャンはとてもいい笑顔でそう言った。あはは・・・怒ってるな、この爺や。当然だけどね。セバスチャンの一家は代々ダンタリアンの家令だけど、若い頃、他家に修行として仕えた弟は先輩使用人に暴力を振るわれ、亡くなった。だから、躾がなってない使用人は大嫌いなのだ。


大丈夫だよ、爺や。オレもああいう連中が嫌いだから、見逃すなんてねーよ。


「ありがとう、みんな。こんな方法でしか仕事を全う出来ない小娘だけど、みんながいればなんとかやっていけそう。じゃあ、今はとにかくアンドロマリウスの報告を待つよ。黒ならすぐ動くから、その時は頼む」


『かしこまりました、お嬢様』



ー 本当、オレは恵まれたよ。

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