第2話

ダンタリアン家の朝は結構早い。

そして、よっぽどの事がない限り、絶対に一緒に食事をし会話をする、というルールが我が家には存在する。


「おはようございます、父、母」


「おお、おはよう、ルー!」


ちなみに、『ルー』とは愛称だ。身内や親しいな人達はオレの事そう呼んでた。


「おはよう、姉上」


「おはよう、ニス。昨日はお疲れ様」


弟が来て、オレは食卓に座り、家族全員での食事が始まる。


現ダンタリアン公爵には二人の子供がいた。

ルスキニア・ゲール・ダンタリアンとホラーニス・ナイチン・ダンタリアン。

ソレは、オレと弟だった。


代々のダンタリアン家の当主は何故か妾も愛人も作らず、妻一筋なのが多い。呪いと笑ったモノもいれば、加護と言ってる方もいる。父はどっちでも構わないって。我が父ながら、本当、大雑把だ。医師がこんなんでいいのかって弟も結構呆れたけど、いい父親だし、仕事の腕も超一流。上に立つ者の厳しさも。


「よく眠れたの、ルーちゃん?」


「ダメでした。内の奴、最近武器の歴史とかを読んでまくって、整理するのが大変・・・」


際どいな本は黙っとこう。うん。でも、ネタとして売れるから後でそのツデの知り合いに話そう。


「武器、とは?」


父は興味津々に聞いた。


「剣や槍とか?」


「それもあったが、奴が最も読んでいたのが拳銃類でした」


「けんじゅ・・・」


「うん。魔法無しでも、あの武器使ったら離れたとこからでも敵を殺せる」


そう。確実に殺せる、がポイントだ。あんまり距離が離れると魔法で攻撃するだけでは、確率が五分五分。でも、実戦ではそうはいかない。

もし確実に数キロ離れた場所から敵を殺せる武器があれば、色々と便利だろうな。特に「あの人達」にとって。


「面白いな、ソレは。アシュタロスが好きそう」


「はい、明後日マルスにあったら教えます」


ニス・・・弟はすぐそう言った。うん。流石我が弟。頭の回転はすごい。ダンタリアン家の未来は明るいに違いない。でも、そろそろキミの婚約者をデートに誘えや、弟!毎回宥めたオレの身にもなれ!


「他に、何か面白い本読んだの?」


「母が好きそうな内容はあんまりないですね・・・新しい「手口」になれるようなモノも」


「そっかー。でも、近々また「指名」が来そうだから、出来るだけ休んでね、せめてお昼寝だけでも」


うん。お気遣い、感謝します。しかし残念ながら昼寝程度では効果はないんだけどな、母よ・・・。


・・・


ちょっとたんま。

今、「指名」って言ってなかった!?


「母、誰かが困ってるんですか?」


「そうなのよ。実は、お知り合いの男爵夫人がね…」


ザガン公爵の領地に住むとある子爵家の次女はうちの領の伯爵の一人に御嫁入になった。

問題は、この次女はどうも、訳アリだった。

なんでも、今回は再婚で、前の結婚は白い結婚だった。まぁ、ぶっちゃけ、結婚してもヤってないアレだ。


それまではまだよかったけど、前の夫は結構・・・クソ野郎らしい。

全然好きじゃないから、白い結婚に終わらせたいはいいけど、次女を蔑ろにしていたんだ。それこそ、狭い離れに閉じ込め、最低限の飯しか与えない上で、使用人共に「好きにしたらいい」と、とんでもなく胸糞悪い命令を下した。流石に、暴行まではしなかったが、次女は心身ボロボロで、未だに知らない人に怯え続けたらしい。


そこで、普段人間に何の興味を持たない神様が動いたらしくて、件の伯爵の学友であった男爵は事情を察して、次女を救ったのだ。ここまでは良かった。が、あのクソ野郎、「妻に裏切られた!」とか騒ぎを起こして、ザガン公爵家に抗議に来ていた。まぁ、まだ離縁出来ない時期だから、相当焦ったな、きっと。事情が分からないがきな臭いと思ってるザガン様はすぐ我が家に連絡を入れたが、こっち、正確にには、母はもう全部知っていましたが。


かくかくしかじかで説明下さった母に、オレたち三人は深いため息をついた。


ー 精神ね・・・だから母の出番か。


母は精神的な病気を看病するのが得意だ。だから、色んな意味で、貴族、平民もろともの間では大人気だなんだ。聖母とか胡散臭いあだ名まで付けられた程だ。オレに取っては、何で50代なのに未だに可愛い顔でいられるか謎で、尊敬する母だけど。


っていうか、件の伯爵は・・・なんか久々腹が立ってきたのは絶対オレだけじゃない。


「母上、誰ですか、その恥知らずな男は?」


「あの使用人共、どうなった?なんならうちに引き取るか?いいよね?」


あ、弟と父は黒い微笑みをした。

本当、ご愁傷さまだ、クソ伯爵や使用人共。同情はしませんけど。せめて一発で逝けますようにと祈るか。無理っぽいけどね。


「自分は、何をすればいいのでしょう?」


カチコミ、つまり、殴り合いなら絶対断らないけど、生憎ダンタリアンのやり方じゃない。でも、オレのダンタリアンとしての役目は普段ああいう系だから。


「名前は確か、レオポルド・ザールフェルト伯爵。使用人たちはまだ彼の屋敷に。ルーちゃんには、私に付き合って、次女にケアを頼みたいわ」


「ケア、ですか。それだけ…?」


「まさか」


母は小さく笑った。が、目が全然笑ってない。

ああ、コレ、ヤバい奴だな。コレは、母の「ブチ切れますわ」笑顔だから。

クソ野郎、もう積んでんだ。

勿論、同情はこれっぽちもしてねーけど。大事な事だから、二度言いますね。


「ヴァッサゴーの坊やたちに頼んで、証拠を集めるなの。一週間後には何か出て来ると思うわ。その間に、ルーちゃんに護衛頼みたいの」


「構いませんが、寝泊りとかしますか、ソレ?」


それだと色々準備しなきゃ。あと、ケルビナも・・・仕事によるけど、ご褒美を用意しなきゃな。


「泊まるのはルーちゃんだけね。私、結構忙しいから…」


「分かりました。ですが、せめてケルビナに同行をさせてください。万が一のために…」


「勿論よ。だってルーちゃんったら、壊すのが大得意なのに、治すなんて出来ないんだもの」


「え?喧嘩になりそうですか?」


ニスは驚いた。


「絶対に来るよ、あのクズ野郎。まぁ、本人な訳ないけど、チンピラ雇うとかね」


ニスは暫く考え込んだが、また言いだした。


「でしたら、母上、姉上、お願いがあります」


「うん?何?」


「イスラもご一緒させて下さい」


はい?

えっと、イスラ・ベルトシンガー事、イスラ嬢?お前の婚約者の?


「何でイスラを?」


「僕はちょっと忙しくなりそうなので、学園が休みなのに彼女と過ごせません。せっかくですから、母上の仕事を見物したいと、先日彼女が言いました。丁度、って言ったら悪いですが、いい機会とも思います…ダンタリアン家の者としての仕事に触れる事を…」


おいおいおい、イスラはまだ15歳だぞ・・・でも、次当主の妻になるんだから、それぐらいしとかないとね・・・


「まぁ、確かに、治療の練習台になるクズは出そうな状況だし。でも、イスラに怖い想いになれないのか?」


「何言ってんですか、あの事件の証人ですよ?それでいて、未だに姉上を尊敬してるんですよ。怖くはずはありません」


あーあ、アレね。うん、わかった。ごめん、弟よ。NTRな事はしないから。誓って。


「でも、姉上がご活躍所、見てみたかったな、僕も」


「それはそれは、凄かったわ。ね、ケルビナ?」


「はい。ルー様の踵蹴りはいつも凛々しくて、美しいです」


「いやいや、流石に、相手が動かない限りむやみに暴力はダメでしょ。あと、ケルビナ、あの時は踵蹴り使ってないから」


「そうでしたっけ?」


おいおい、可愛い従者よ。記憶違いにはまだ早いぞ。


でも、そこで、ある事を気づいた。それも結構重要な。


「蹴りを置いといて、母、ご意見がありますが」


「なーに?」


「今気づきましたが、自分一人だけなら大丈夫だけど、流石にケルビナとイスラ嬢もお供すれば、男爵家にはご迷惑じゃないでしょうか?訳アリな女性を匿っただけでも十分なプレッシャーなのに、お客まで来たら、色んな意味で余裕が無くなりますよ」


決して見下した分けじゃないけど、男爵家はどうあがいても、爵位が伯爵より下。クソが荒手に出れば、相当面倒な事になりかけない。それに、物騒な事件でも起きれば、近所迷惑だし。とにかく、男爵家の事を考えれば、あそこで寝泊りするのはあんまり賛成出来ない。


「言われてみれば、そうだけど、まさかルーちゃん、彼女を追い出せとか言わないよね…?」


「何故そうなるんですか!自分が言いたいのは、その次女、もっと余裕がある我が家に招待し、ここでケア兼囲まれされる方が良くないか、って事ですよ!」


「「「あ」」」


三人共驚く。まるでそんな発想がなかった。マジか。まぁ、オレも今気づいたけどね。


だってそうだろ?伯爵の胸糞悪いな企みは知らないけど、囮作戦しなくても、ヴァッサゴーが動けば絶対何かをつかむし。それに、堂々と「大公家が見てる」ってアピールすれば、向こうもバカに出来ないだろう。多分。徹底的に潰すは悪くないけど、トップに何かあったら、領地が可哀そう。


「部屋とか、護衛とか、こっちでは問題ありませんし。それに、そうすればイスラ嬢もここで休みを過ごせるし。ニスも喜ぶんじゃないかな?」


「え!?まぁ、それは、嬉しいけど…」


「そうだな…そして万が一、移動中で伯爵が悪たくらみでもしたら、それこそ、「ダンタリアンの家への無礼行為」で色々訴えられるし」


父、笑顔が怖い。

まぁ、そうだよなー。例え人と雇っても、多分アンドロマリウス家以上じゃないでしょうね。口の硬さが。軽ーく尋問すれば雇い主が割れる可能性は結構高い。あ、そういえば・・・


「ネズミが捕まえれば、ケルビナにも活躍出来るんですしね」


チラッとうちのメイドに視線を送れば、普段の無表情は一瞬だけ解けて、嬉しそうに見えた。

彼女にとって、仕事や活躍に見合いな「ご褒美」は人生の楽しみみたいな事だから。


ー 頑張れ、ケルビナ。


「それじゃあ、私は男爵夫人と話つけますね!あなた、みんな、先に失礼します。ご馳走様でした」


母は口元を拭いて、椅子から立ちあがった。


「父上、今日のお仕事、少し遅れて来ますが、いいでしょうか?」


「うむ。イスラ嬢を迎えに行け。ちゃんと説明を忘れずにな。私はアンドロマリウスに連絡を入れよう」


そう言って、父と弟の従者たちはすぐ自分たちの出番と悟って、食室から出て行った。


ー やれやれ。朝から忙しい我が家ですこと。

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