第10話 成長

 ◇


 さて、アレから数時間。


 俺達は未だにマッドボアリザード狩りの真っ最中だ。


 ただ、先程までと違う事柄が幾つかある。



「ほら、もう1匹いったよー」


「はいっ!わかりましたっ……!」


 まず第一にリーシャの目付きから怯えが消えた事。


 相手を甘く見るでもなく、回復して貰えるから良いやと言う訳でもなく、対象を脅威と感じながらも、適切に行動すれば問題なく対象できる相手ときっちり認識している。


 ここで調子に乗ってしまうようだったら、より過酷な状況に追い詰める必要があったのだが、その工程を省けた様で何よりだ。


 俺だって女の子をボロ雑巾の様に転がして、本気の命乞いをするまで痛めつけるような趣味は無い。



 さて、話が逸れたが、更に大きく変わった点がある。



「集中……集中して……やあああ!!!」


 リーシャはそんな掛け声と共に迫り来るマッドボアリザードの眼球目掛けて毒蛇のアギトを真っ直ぐに突き付ける。



 ただし、その威力は先程までとは文字通り桁違いだ。



 と言うのも、単純にレベルがいくらか上がったと言う理由もあるが、主な要因は【痛覚無視】を応用したものを活用しはじめた点だろう。



【限定解除】。


 これはセレナの戦闘スタイルから着想を得た技法の名前である。痛覚無視の効果を使い、自身の身体に掛けられたリミッターを強制的に外して実力を一時的に発揮すると言う物だ。


 身体に大きく負担はかかるものの、瞬間的な爆発力はかなりのものであり、リーシャがもともと取得している暗殺者系統の能力に補正がかかる隠者の加護とも相性がいい。


 習得には多少の慣れはいるものの、リーシャ自身のセンスの良さもあってか、理屈を理解すると共にタメを必要とはするものの、不完全ながらも使用できる様になってきたのだ。



 その成長スピードはセレナ程ではないものの、十分驚異的なものだろう。



「くっ……!」


 加えて、一撃を食らわせた後、リーシャは思い切り後方へと跳ぶ。


 これによりマッドボアリザードの攻撃をただ受け止めるのでは無く、幾分か威力を軽減できる様になったため、吹っ飛ばされた状態からのリカバリーも早くなった。



 このお陰で上手く威力を殺しきれた時は回復せず、そのまま次のマッドボアリザードとの戦いに移行する事が出来る様になった為、財布にもかなり優しくなったのが有難い。


 相当数のマッドボアリザードを狩る事が出来から、素材なんかでの収入も少しは期待出来るが、今日、偽善の杖で消費した金額は金貨数十枚分にも相当する。


 これは一般的な家庭なら一年近く問題なく暮していける金額だ。



 血盟全体の収入からすればこれでも全然痛くない出費であるし、むしろリーシャの伸び代を考えれば十分過ぎる程安い投資である。


 とは言え、支出はなるべく抑えたいと言うのが組織の財布を預る者の本能だ。




「……さて、こんな所かな?」


 ズシンとマッドボアリザードが崩れ落ちるのを見てそんな事を呟く。


 リーシャも割といっぱいいっぱいな様子だしそろそろ引き時だろう。と言うかなんか目がイッてるし少しやりすぎたかな?


 そんな事を思いつつ俺はリーシャに声を掛ける事にした。


「よし、だいぶ良い感じになって来たんじゃないかな?今日の所はそろそろ帰ろうか?」


「うえ!?そっ、そうですか……?その、私ならまだ……その、だっ、大丈夫……ですよ?」


 口ではそう言いつつも目が泳いでいる。


 まあ、内心では今すぐにでもこの場にヘタレこみたいのだろうが、ソレを理性で抑えているようだ。


 おそらく、簡単に根を上げる奴だと落胆されたくないとでも思っているのだろう。ぶっちゃけ、落胆どころか思っていたよりも遥かに頑張ってくれた方だ。




「だから、別にもう試す様な真似はしないって。無理しなくても良いからさ、そのへんで休んでもいいよ?」


「ほっ、本当ですか……それじゃ、はふっ……つっ疲れましたぁ……」



 俺の言葉を皮切りにリーシャはその場へとヘタレこむ。装備は泥まみれの砂まみれ、髪の毛はボサボサで聖骸布の衣の下に着ていた服はもはや見る影もないくらいにボロボロになっている。


 それでも、得られた物は並の冒険者なら、本来は何ヶ月という期間を掛けてやっと得られる筈の物だ。



 愚賢人の方眼鏡でのぞいてみればレベルは一気に7にまで上昇している。一瞬にして俺のレベルを飛び越して行ってしまったが、追い越される事には慣れっこだ。ここは嘆くよりもリーシャの頑張りを褒めるべき所だろう。


 しかもリーシャはマッドボアリザードの瞳だけを執拗に狙わせていただけあって、【痛覚無視】のみならず、【急所突き】のスキルも追加で発現させていた。



 なんと言うか、こう……若さと才能という物は恐ろしい。




 それはそうと俺も俺の仕事を片付けて置くことにしよう。


 周囲を見てみればすっかりマッドボアリザードの皮や牙、ウロコに尻尾なんかがゴロゴロと転がっている。



 ダンジョン内ではダンジョン毎に外とは違う独特のルールが流れているのだが、共通して言える事がある。


 ダンジョン内で死んだモンスターは死語直ぐに魔力に分解されダンジョンへとかえって行ってしまうのだ。だから倒したモンスターの素材を剥ぎ取るという様な事はできないのだが、何も得られないという訳でもない。


 モンスターは分解される時、何らかのアイテム――『ドロップ品』を残していく。



 ドロップ品はモンスター毎に様々で中にはポーションなんかの消耗品や装備品なんかを落としていく者もいる。


 マッドボアリザードの場合はさまざまな物に加工できる素材という訳だ。


「さて、それじゃあドロップ品でも集めるか」


 そう、俺が呟くとさっき休んでて良いよと言ったばかりのリーシャが「あっ、手伝いますね!」とビシリと立ち上がろうとする。


「ありがと、とは言え気持ちだけで十分だよ。なんならコレが俺の本業なわけだからさ」


 そう言って俺はリーシャが立ち上がるのを手で制し、再び倉庫のスキルを発動させる。



 とはいえ、今度は先程のように殲滅するためでは無い。



 本来の使い方である収納を行う為だ。


 倉庫のスキルが発動すると同時に周囲に散らばる素材の数々は一瞬にして倉庫の中に収まった。

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