第6話 本当の狂人は誰なのか?

 ◇


【Side:ガルム】



「さて……コレでどうにかなると良いんだがな」


 あの喧騒を終えて店の裏口で一服しながらそんな声を漏らす。


 頭に思い描くのはあの小僧の姿だ。血盟という帝国で……いや、世界単位でも見ても稀有な実力をもつパーティのリーダーにして”自称凡人”。


 アイツがパーティを抜けたいと言い出したのはコレが初めてではない、いやむしろ年に10度以上は言っているが、その度にまともに取り合ってもらえず流されてきた。まあ今回はその中でも相当な覚悟を決めてきていたようだが、ゼノンの旦那の奸計もあり、なんとか事なきを得る事ができた様だ。


 とはいえ、あの嬢ちゃんには悪い事をしちまったと想わなくないが……それも自分の望んだ結果なのだから仕方ないと言うことにしておこう。まあ良いもんを見せてもらった代わりに警告だけはしておいたが、伝わって居たとは思い難いがな。


 なんせアイツは――そう思考を巡らせたところで、不意に背後から声をかけられる。



「休憩っすか?」


「ああ、まあな。っていうかどうしたよ?俺は男のために割く時間なんざ、そうそう持ち合わせちゃ居ないんだが?」


「まあ、そう言わんでくださいよ。団長」


「……ったく、だから団長はロウガ、お前だろ?」


 俺のおざなりな返答を意にも介さず、ロウガ――現『荒野の狼団』団長は自らも煙草を咥え俺の隣へと並ぶ。


「俺にとったら団長は何時までも団長なもんで」


 そうロウガは深くタバコを吸い、ゆっくりと煙を吐き出す。銘柄は相変わらず『スピリット』、味は大した事は無いがこれでもかとギッチリ葉が詰まっているのが特徴で、一本で長く吸う事ができる。


 まあ駆け出しで金の無い冒険者がしゃーなしで吸うやつだ。とは言え、作り方が独特で長く愛用する奴もいる。コイツもその口なのだろう。


 まあ、俺が教えたんだがな。



 なんせ荒野の狼団は俺が立ち上げたパーティだ。とは言え、引退間近って時にちろっと関わっただけで、今の地位にまで押し上げたのは間違いなくロウガの実績である。


 まあ、俺と真逆な堅実な性格がいい方向に働いた証拠だろう。


「勝手に言ってろ。んで、昔話をしに来た訳でも無いんだろ?」


 積もる話も無いわけじゃない。とちうか、むしろ在りすぎてこんな場所で軽く話せるようなもんじゃない。とすりゃ、答えは一つだろう。



「まあ、そうなんですけどね。単刀直入に聞きますが、血盟……彼奴らは何者なんですか?」


 ロウガは真剣な表情を此方へとむける。


 そこにある感情は戸惑いが五割、恐れが二割、あとの残りは好奇心と言った所だろう。まあ、言わんとする事は解らない訳じゃない。


 奴らの異常性は生半可な実力を持つ者よりも実力者にこそ際立って見えるからだ。


 だが、どうにも国の役人どもも協会の奴らも冒険者の奴らも俺を血盟の後見人とでも勘違いしている節が在るのはどうにかならないものなのか。


 そんな思いを振り切りつつ、大事な後輩へと返答を返す。


「何者っていわれてもな。単なる夢見がちな冒険者のガキ共だよ。お前だって若い頃は言ってたじゃねーか。この世のダンジョンを全部制覇してやるって」


「それは、そうですけど。今となっちゃ、無謀な夢だったとは思っていますよ」


 そうロウガは照れ半分、情けなさ半分と言った様子で苦笑いを浮かべる。


 とは言え、ソレは仕方のない事だ。



 ダンジョンという奴はその内部の過酷さや広さ、出現するモンスターの強さやトラップの凶悪さ。それらの要素から難易度を1から13レベルで区分される事になる。


 レベル1でも戦闘訓練をそれなりに詰んだものが、徒党を組んで攻略にのりだし、何とか踏破できるレベル。レベル3をソロにしろパーティにしろ踏破できるようになれば冒険者としても戦士としても一人前。人類が攻略した記録がある最高位のダンジョンがレベル10と言う感じだ。



 それもレベル10ダンジョンはいくつかの国のトップクラスのクランがさらに連合を組んだレギオンと呼ばれる数百名規模の舞台を組んでのものである。


 単独クランでの踏破の最高記録はレベル8と言ったところだ。


 全ダンジョンの踏破、それは冒険者を目指すものなら大抵の者が一度は思う夢であり、それなりの実力を付ける頃にはとっくに諦める夢である。


 とは言え、何もそれは情けないことでは無い。自身の限界を、身の程を知り、弁える。それは誰がなんと言おうと一つの成長の形だ。夢は願い続けても叶わない。世の中にはどうしようも無い才能や生まれという壁がある。誰もが知りつつ受け入れ難いそれを受け入れる事は時に無謀に夢を追いかけ続けるより難しい事だ。



 それでも血盟は、それこそ荒野の狼団の連中よりも上位の世界に身をおきながら、心が折れる事も無く、その目標を変えず今なお邁進している。



 それは最早異常といって過言ではない。


 だが、そのカラクリはタネを明かせば簡単な話だ。奴らはこの二年ばかりの間に世界でもトップクラスの実力を身につけただけでなく、自身の天井と言う物が未だに見えてすらいないらしい。




「まっ、世の中にゃ凡人には想像もつかねえバケモンが時々生まれるもんだ。それが偶然にも徒党を組むよくな偶然も、起きる時には起きるだろう」


「奴らの正体なんざ考えても凡人にゃ何もみえちゃこねーさ。お零れに預かるくらいで丁度いい」



 そう零し煙草を肺いっぱいに吸い込み吐き出す。


「世知辛っすね」


「近頃は物語ですら世知辛さを押し出す時代だからな」


 夢いっぱいの物語をみるにゃ、世の中ノイズが多すぎる。



 そんな俺の言葉にロウガは苦笑いを浮かべると「凡人と言えば」とハッとした様子で切り出した。



「にしても、気になってたんですが……血盟の連中はなんであのリーダーに付き従って上手くいるんです?」


 精神的支柱に実力は必ずしも必要で無いことはロウガ自身も解っている。だが、それでも行き過ぎた実力の差と言うモノは確実に不破の元になるモノだ。それがまだ本人は本部に居て事務方に徹しているというなら解るが、聞いた話だと一緒にダンジョンに潜っていると言うのだから、尚のこと異質さな際立つ。



 まあ、人をまとめる立場の人間としてはあの自称凡人の存在はいっそう不思議にみえるだろう。



 だが、それの答えは実の所酷くシンプルなものだ。だから俺は手品のタネをひけらかすような顔で得意げにロウガへと教えてやる。




「ああ、んなこた簡単だ。自称凡人エリオ、血盟の中でアイツが一番頭おかしいんだよ」


「……はい?」

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