第5話 愚賢人の方眼鏡


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名前︰リーシャ・マリアベル

年齢︰15

LV︰03/80

状態︰隷属・健康

職業︰駆け出し冒険者

-潜在能力-

▽素質

攻撃︰B- 防御︰E  魔力︰D+

速度︰A- 技量︰C+ 運気︰C

▽適正魔力

闇・風

-所有スキル-

▽ユニークスキル

【隠者の加護Lv--】

▽汎用スキル

【短剣術Lv1】【隠密Lv2】【回避Lv2】

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 モノクル越しの視界にリーシャの能力がデータとして映し出される。


 それこそがこのモノクル、【愚賢人の片眼鏡】の効果だ。



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【愚賢人の片眼鏡】ランク:レガリア

-説明-

賢人と呼ばれる者がかけていたという魔力を宿した片眼鏡。

彼は優秀ではなく知能だけで言えば、むしろ愚かな部類であったが、覗いたものの素質を写すこの片眼鏡の力で適切な人員を適切な職につかせ、その領地を大いに発展させたという。

賢愚とは結局の所、何が出来るかではなく何を成したかなのでしか無いのだろう。

-効果-

・この片眼鏡越しに覗いたものに第五位階相当の【鑑定】を行う

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 このモノクル越しに写したものには第五位階相当の鑑定を行えるというスグレモノで、【レガリア】という一つで国家に甚大な影響を与えるとされるアイテムにのみ与えられる称号を冠したものだ。



 それもそのはず、鑑定自体が相当に難しい魔術だという事は前述したとおりだが、このモノクルはコストもなしに第五位階相当という高い次元の鑑定を行えるのである。


 ちなみに位階というのは魔術の階級であり、第一位階から始まり第十ニ位階まで威力や効果などで区分されている。ただこの区分に習得難易度は考慮されていないため、第一位階だからといって、全てが第二位階の魔術よりも簡単かと言えばそうではない。


 そして第五位階ともなればある程度の才能を持つ者でも個人での発動が極めて難しくなるレベルであり、個人で扱えるようならばどの国でも国のお抱えとして雇ってもらえるレベルの代物だ。



 鑑定はかけた相手の力量や鑑定対策の有無などに寄っても引き出せるデータの量は変わってくるが、駆け出しの冒険者程度なら問題なく大体のデータを引き出すことができる。その証拠にリーシャのデータはかけること無く引き出すことができた。



 ……できたのが、この状態の隷属ってやっぱさっきの契約書が原因だよな?


 言い方が違うだけで奴隷契約のそれだしな。うん、やっぱりとりあえずはしばらくは奴隷か貧民へのスカウト中心でいくとしよう。そう心に誓うが、今はそれは関係の無い事だしとりあえず心の隅へとどけておく。


 

 とにかく今はリーシャのステータスだ。


 そう思い、改めてリーシャのステータスを精査していくのだが……「悪くないな……むしろかなり良いぞ……?」、思わずそんな言葉が口から漏れた。



 愚賢人の片眼鏡で引き出せる情報は大きくわけて潜在能力とスキルの二種類だ。現在の能力値の数値化はさらに高位の鑑定でないとできないが、素質と現在のレベルさえわかれば大体の値は憶測できるし、育成枠である以上、現状での能力は対して重要ではない。


 ぱっと見る限り、リーシャのそれは掘り出し物も掘り出し物といった感じのものだった。



「ほほほっ!!?本当ですか!!?エリオ……様!?あの、よろしければ 内容を教えて頂いてもよいでしょうか!?というかメモを取らせていただいても……!!」

 

 その言葉を聞いてリーシャはテンパった様子で身を乗り出す。


 まあ一般人からしたら鑑定なんてなかなかして貰える様なものじゃないし、興奮するのも仕方のないことだろう。



「ああ、解ったから落ち着いて。今書きだしてあげるからさ。それと、流石に名前に様はいらないから。同じクランでやってくんだし、もうちょっと気軽に呼んでもらえると嬉しいんだけど……どうかな?」


「はっ!はい……!すみません!……その、えっと、エリオ……さん?」


「はい、よく出来ましたっと……」


 そう言いながら俺はスラスラとリーシャのステータスを書き写していく。隷属の部分はまあ、ぼかして置こう。世の中には知らなくても良い事があるのだ。



「っと、こんな感じかな。なにか解らない所とかある?」


「あっ、ありがとう!はいっ、えーっと……この素質ってのは何なんでしょう?それとユニークスキルの隠者の加護っていうのは……?」


 リーシャはメモをじっくりと精査するとおずおずとそう問いかけてきた。まあ、ステータスなんて普通に生活していれば縁遠いものだし、そのあたりは仕方がない。



「ああそれはね……」



 この際だから、しっかりとレクチャーして置くとしよう。自身の適性や不利な点を理解する事は冒険者として活動して行く上で、とても重要な点なのだ。



 順に見ていくとまず目に入るのがLvの項目である。リーシャの場合、03/80とあるが、コレは限界値が80であるのに対し現状が3レベルである事を指す。


 80と言う限界値は冒険者という区分のなかでもかなり高い部類にはいり、なかなかに将来有望だと言えるだろう。


 だが、冒険者の資質はレベルの限界だけでは決まらない。


 それと同様、或いはそれ以上に、大切なのが【素質】と言う要素だ。


 素質とは要するに、その者がその能力にどれだけの才能・適正があるかを規格付けしたものであり、規格外を意味するEXとSからEまでの7段階にプラスマイナスを付けた計22段階で評価される。


 素質がC以上あれば其の分野の第一線で戦っていけると言われている中、リーシャの場合、攻撃・速度・技量・運気と四項目がC以上、なかでも速度に関してはAクラスに足を踏み入れている。



 流石にアレン達に比べれば素質も上限もかなり見劣りするが、それはアイツ等がバケモノ過ぎるだけで、コレだけバランス良く高水準な人材は探そうと思ってもなかなかいないレベルだ。


「ってことで、リーシャは冒険者としても一流になれる素質があるって事かな。それと隠者の加護だけど、これは隠密行動や盗賊系統、暗殺者系統のスキルの習熟や効果に幾らかの補正がのるものだね。派手な効果では無いけど、素質の適性とも噛み合ってるし、チグハグな加護を授かるよりはずっといい」



「なっ、なるほどっ!」


 軽く説明を詰め込み過ぎたせいかリーシャは軽く頭がパンクしそうな様子でそう頷く。


「ああ、まーこの辺りは、順々にやって行くとしようか。まずは冒険者としての生活になれないとね」


「はっはい!ありがとうございます」


 リーシャはガチガチに緊張したまま、ズビシと頭を下げた。少し先が思いやられるが、気が抜けすぎているよりは良いだろう。




 ◇



 そんなこんなで、リーシャの適性も分かった事だし、今後の方針を決めていく。



 まずは何はともあれメンバーを集める事が先決だろう。メンバーの選考基準は実力よりも何よりもやる気が一番だ。


 そんな根性論かよと思うかもしれないが、奴隷であれ、孤児であれ、一般人であれ……どのような境遇であるとしても現状を嘆き、這い上がろうと藻掻く者がいれば、現状に甘んじる者もいる。


 冒険者として大成するのはいつであれ前者の人間だ。


 どれだけ才能があっても、これでもう満足と思った時点で人は歩みを止めてしまう。



 だから俺は例え愚賢人の片眼鏡でステータスを盗み見る事ができるとしても、そんな見かけの素質で人を信用する事は出来ない。



 それこそ、素質があるだけで、ソレに胡座をかいて駄目になった冒険者など飽きるほど見てきたからだ。




「って事で、イチはとりあえず奴隷でも孤児でもいいから根性のありそうな奴を見繕っておいてくれるかな?余程素質に難がない限りは採用する予定だし、リーシャを含めて1、2パーティ組める程度に絞ってくれればいいよ」


「かしこまりました、主」


「それで、リーシャは……そうだね、装備を整えて、ダンジョンでも潜ってみるとしようか」


「ふえ!?いきなりですか!?」


 俺の提案にリーシャはびくりと反応する。


 まあ、ダンジョンへの初挑戦は冒険者の花形ではあるものの、もっとも命を落としやすいポイントだ。


 俺達の場合、速攻でダンジョンに突撃したのでこの辺りの知識は割と曖昧なのだが、ダンジョンに初挑戦するレベルの平均が5ぐらいとの事らしい。


 これはちょうどモンスターとの戦闘や冒険者としての生活に慣れ始めた頃に到達できるレベルであり、もっとも気が緩む時期でもある。


 この分ならダンジョンのモンスター相手にも十分やり合えるだろう……そんな過信が油断を呼び、多くの冒険者の冒険を終わらせてきた。


 そう言う意味で言えばなまじ慣れてしまった冒険者より、多少ばかり実力が足りなかったとしても警戒心が強い新人のウチからダンジョンになれて置いた方がいい。



 イチもうんうんと頷いている事だし、多分大丈夫だろう。宛には一切ならないが。



「まあ、今回は俺も一緒にいくからさ。頼りないかもしれないけど、低レベルのダンジョンくらいなら俺でもなんとかなるし?気楽にいこう」


「うっ、うう、わかりましたっ……!大丈夫です、覚悟はきめてきたんですから!行きましょうダンジョン!」


「おお、その意気その意気」


 リーシャはやはり冒険者なのだろう、少し戸惑いを見せたものの、いざ行くとなれば、意を決し心を古い立たせている。


 その影でなにやらガルムは苦笑いをうかべているが……大方俺が初心者相手に先輩風吹かせてやがるとか馬鹿にしてるんだろうが、大きなお世話だ。


 確かに素のステータスで言えば下手すれば負けている可能性があるものの、俺とて低位のダンジョンくらいなら何とかできる程度には経験を詰んできた。




 まあ、リーシャの素質を考えれば、どうせ直ぐに追い抜かれるだろうけど、最初くらいいい格好をさせてもらった所で罰は当たらないはずだ。


 と言う訳で、先輩風は吹かせられるだけ吹かせて置くことにする。



「それで装備だけど、とりあえず現地で色々みてみるか。武器はこっちで準備するとして……防具はあとで仕立てにいこう。あとそれから消耗品のストックは問題ないな」


 

 俺はスキルの恩恵で俺だけに見えるメニュー駆使して宝物庫に収めたアイテムの一覧から今回のダンジョンで使えそうなものをピックアップしてクイックメニューに追加して行く。クイックメニューは宝物庫内に収められた膨大なアイテムの検索を簡略化してすぐに呼び出せるようにするいわばショートカット機能のようなものだ。


 それから他にも必要なものを多少の経験値を支払って生成し、メニューと加えていく。


 何と言うか最近はついていくばっかりで大変だったが、こういった冒険の準備というものはやっぱり何時に成っても心が踊るものだ。なんとなく楽しくなってきたので操作する手も軽やかになてくる。


 その様子をリーシャは不思議像に見ていたが、そこに半ば置物と化していたガルムが声をかける。



「嬢ちゃんよ、まあ気をたしかにな?」


「……はい?」


 そんな言葉にリーシャはキョトンとはてなマークを浮かべた。


 そこは頑張ってな、とかじゃないのだろうか?





 さて、諸君。


 冒険者の実力を語る上で、もっとも大事な要素の一つに『装備』という物がある。


 武器の質の差で相手を倒すのに必要な攻撃の回数は大きく変化するし、防具の優劣が多少の実力差を覆す事もある。


 実力とは詰まるところ、素の能力と扱う道具を掛け合わせた数値なのだ。



 余裕が無いならまだしも、装備をケチると言う事は自らの実力を自らの手で削ぐ行為にほかならない。


 無論、装備と言うものは使うにもそれなりに要求される能力という物があるため、やたらめったらに強い装備を持てばいいという訳ではないのだが……そのなかでも最善を尽くしておくべきだろう。


 そう誰に向けたかもよくわからない演説を心のなかで思い浮かべながら、リーシャへと与えた装備の数々を思い起こす。



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【毒蛇のアギト】ランク:R 種別:武器(短剣)

-説明-

かつて『毒蛇』と呼ばれる暗殺集団が用いたナイフのレプリカ。

模造品ながらも鍛造に用いられた技術は紛れもない真実であり、より研鑽され、本物をまさるほどに昇華されたものである。

内部に毒を仕込む機構をもち、切り裂くことで対象にその毒を打ち込む事ができる。

-性能-

切断力:B+ 耐久力:E- 内蔵魔力:--

▽特殊効果

『蛇毒』:内部に仕込んだ毒を相手に打ち込む

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【聖骸布の衣】ランク:SR 種別:防具(外套)

-説明-

守護の聖人アザレアの遺体を包んでいたとされる聖骸布を仕立て直し、防具へと作り変えたもの。

装備者の身をあまねく悪しき攻撃から守るとされており、装備者へ高い魔法への耐性と物理防御力を与える。

-性能-

物理防御力:C+ 魔法耐性:B+ 耐久力:B+

▽特殊効果

『聖者の護り』:聖属性・魔属性の攻撃によるダメージを減少させる

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【耐毒の指輪】ランク:U 種別:装飾(指輪)

-説明-

毒への耐性を強化させるスキルを秘めたリング。

毒を使う者、毒を恐れる者の双方に高い需要を持つ一品。

-特殊効果-

『毒耐性強化Ⅰ』:自身の毒への耐性を1段階強化する

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 実に暗殺者向けの装備だ。


 というのも、これはイチがその昔使用していたもので、いつか必要な時が来るかもしれないと取っておいたものである。


 また毒蛇のアギトはその高い切断能力もさることながら、『火猫草のエキス』という、毒性こそそこそこだが、即効性の高い毒薬を仕込ませている為、額面上より高い火力を期待できるすぐれものだ。


 毒という扱いがむずかしいものを使用する側面があるものの、そこは耐毒の指輪で自身の身を守っているため、大きな問題にはならないだろう。



 ちなみに先程から出てきているランクについてだが、これはその物の希少性や価値、持っている能力にあわせてその物を評価したものであり、一般的な道具に区分される『コモン(C)』、一般的な物の中でも高い価値、効果をもつ『ハイコモン(HC)』、一品物であったり名を冠するだけの価値があるとされる『ユニーク(U)』、希少かつ高い能力を秘めているとされる『レア(R)』、その種類のアイテムのなかでも最高峰の力があるとされる『スーパーレア(SR)』、一つで国家に大きな影響を与えるとされる『レガリア(REGALIA)』、一つで世界に大きな影響を与えるとされる『エンド(END)』の計七段階で表されている。



 とはいえ具体的な価値については同じランクのものでも使い捨てのものだったり、必要とする者の多さでかなり変動する。例えばイチの用意した契約書は契約書というカテゴリの中でも最高峰のものであるためSRだが、使い捨てな上に需要もそこそこ多いためある程度量産体制が整っているため、同じランクでも聖骸布の衣とくらべてもその価値は100倍以下となっている訳だ。


 ちなみに耐毒の指輪も生成の難しさと需要の多さからUランクの中でもかなり高額な部類だったりする。



 そういった事情もあって、リーシャに与えた装備の総額はそこまで贅沢を言わなければ、帝都に家を持てるくらいにまで膨れ上がっていた。間違いなく駆け出しの冒険者が持つようなものではないし、普通のダンジョンに持っていくにはオーバースペックも甚だしい。



 そんな装備に頼った戦いで実力が身につくのかと問われれば、その質問の答えはNOである。楽をしても経験値は貯まるが、内面の成長にはつながらない。



 ならば何故、ここまでのハイスペックな装備をリーシャに渡したかと言われれば、答えは簡単だ。



 この装備を使ってギリギリどうにかなるダンジョンに潜ったほうが得られる経験値も経験も多いからに他ならない。




「ひいいいいい!!またっ!またきましたああああ!!」


 目の前でリーシャがもはや何度目とも解らない叫び声を上げる。彼女の前に迫るのはマッドボアリザード。狂ったように大地を駆け回り、イノシシの様に突っ込んでくる事からその名をつけられたモンスターだ。単独での討伐推奨レベルは15以上と冒険者としてもそれなりに経験を積んでやっと相手になるレベルのモンスターである。



 そんなモンスターにリーシャは果敢に立ち向かい、見事にぶっ飛ばされていた。




「きゃああああああああああああああああ!!!」




 ちなみにこうしてリーシャがぶっ飛ばされるのもすでに5回目となっている。




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