第4話 最初の一人:リーシャ・マリアベル
◇
「ああ、えっと……君、さっきの話きいてた?」
とりあえず口から出たのはそんな言葉だった。
見た感じ、帝都に出て来たての田舎娘と言った所だし、完全にのぼせ上がってるのだろう。
そう言った時期は根拠の無い万能感に侵され、自身の器を見失い、分に見合わない夢を見てしまうものである。
そう、俺の様に!!
いや、まあ、何一つ威張って言える様な話でも無いのだが。
若さゆえの勢いで物事を決めてしまえば、後悔するのは将来の自分だ。無論、俺は集めたメンバーを使い潰すような真似をする気は一切ない。勿論、可愛い女の子だからと命令権が在るのを良いことに無理やり手を出すつもりも毛頭ない。
だが、誰しもがそうだとは限らない。
「解らないようなら、教えて置いてあげるけど……これは特別なスクロールに書いてあってね、違反すれば相応のペナルティを負うことになる。それこそ、キミみたいな駆け出しなら死は免れないだろう」
「もし、サインしてしまったら最後、君は俺に生殺与奪の権利を握られるという訳だ。例えばここで服を脱いで犬の真似をしろとか言われればどうする?やらなかったら待ってるのは死、よくて相当な痛みだ」
語気を強める様に務め、そう問いかけた。
と言うのも、こう言った話はよくある話なのである。
冒険者とは結局は、大半が荒くれ者の根無し草。パーティやクラン、ギルドに属する事はあっても、何時どこで人知れず生命を落とすともしれない者達の事だ。
英雄視される冒険者等は上澄みも上澄み。
大半が命のやり取りの世界に挫折し、誰の心にも名を残せぬまま引退するか、何処かの地で野垂れ死ぬ。
そんなものだから、冒険者を夢見て都会に出て来た少年少女に甘い言葉を囁き、言葉巧みに誘導して奴隷、もしくはそれに近い待遇で契約を結ばせてしまう事件は後を絶たない。
また、紛いなりにもきちんとした形で『同意』を得て契約を結んでいるのだから尚のことタチが悪い。
とは言え、契約内容を吟味せずに簡単にサインする奴が馬鹿だと言えばその通りなのだが。
だからまあ、彼女に可能な限り、下卑た笑みを浮かべて笑いかける。
もし、怖気付いて逃げ出したとしても、同じ過ちを繰り返さないように。
だが、彼女の行動は、そんな俺の想像を超えていた。
彼女は俺の言動に一瞬息を飲むが、意を決した顔を浮かべると、おもむろに自らの服の胸元をにぎり閉めると一気にそれを引きちぎるように脱ぎ捨てた。
ブチッと音をたて、ボタンが宙をまい、その白い肢体と黒の下着、そのウチに秘められた小降りながらキチンとした自己主張を持った膨らみが顕になる。
「……は?」
思わず口から変な声がもれた。
イチは俺の横で「ほう」と満足気な声を漏らすが、いやまて、何で止めないの!?
そしてガルムは酒場のおくで、良いもんみたなと言うニヤケ面をしていた。クソが。
慌ててそれを止めようとするが、少女は頬を多少赤く染めながらも、しっかりと俺を見つめ、震える声で「覚醒なら……覚醒ならあります!!」と言い放つ。
「望むなら……犬の真似の一つや二つくらい……幾らでも出来ます!!だから、私を貴方のクランに入れてください!!」
そして更に下着に手をかけ始めたので、俺は慌ててそれを止めに入った。
「うわあああ!!?ストップ!ストーーップ!!?例え話!例え話だから!!?実際しなくてもいいから!!?」
いや、確かに少し脅かしてやるつもりで言ったけどさ!?実際にやらせるつもりなんてサラサラない。
「だっ、大丈夫です!私だって覚悟を決めてココに残ったんです!だからこれくらい!」
「待て待て待て!?俺の覚悟の方が決まってないから!?ああぁ!!もう、とりあえず奥でも行ってろ!」
変な所で強情な少女を無理やりイチの方へと突き飛ばし、イチに奥の部屋にまで連れて行って貰う事にする。
ちなみに、出入り口を使う順番の関係で最後の方まで店に残っていた奴には事の顛末を見られてしまい、「うわぁ……」という顔をされてしまった。
俺もまさかクラン結成前にクランの名に泥を塗るとは思ってもみなかったよ。とは言え、今はそんな事にかまけている場合ではない。最後の一人が店を後にした事を確認し、戸締まりを済ませ、さっさと先程の少女の相手をすることに決めた。
◇
「…………で、落ち着いた?」
「はっ、はひ……お手数おかけしました」
アレから十数分後。俺達はガルムの店の一室にて彼女をどうにか宥めつける事に成功していた。
テンパって勢い任せで行動していた彼女だったが、落ち着きを取り戻すと共にどうやらやっと羞恥心が噴出してきたようで、別の意味で恐縮してしまっている様だ。
その反応に俺は少しばかりの親近感を感る。
何と言うか、彼女が良くも悪くも凡庸な価値観の持ち主で在ることが、その反応からも伺い知れるからだ。ある意味で彼女は俺に近い感性の持ち主なのだろう。
セレナを見て思ったことがあるのだが、傑物という奴は生まれながらに傑物なのだ。そのあり方には自身の現時点の強さなど一切関与してこない。逆に凡人は何処まで行っても凡人で、例え強い力を持ったとしても、その凡庸さから脱却できる事はないのだろう。
なんだかんだウチのメンバーは方向性が違うだけでぶっ飛んだ奴ばかりだ。アレンですら対人スキルが極度に低いだけで、自身の強さや剣の事となると誰よりも貪欲な一面を持ち合わせている。ジオにしてもそうだ。俺はアイツ以上に苦境を前に心を壊さずにいられる奴を見たことがない。
だから、この少女の様に俺に近い感性の持ち主の味方とは得難い存在なのだ。
イチのあの無茶苦茶な契約とクランの最終目的を聞かされた上で、クランに加わりたいと名乗りを上げてくれる凡人など、むしろこちらから頭を下げてでも迎え入れたい人材であると言えるだろう。
――だからこそ、聞かなければならない。
「で、もう一度聞くんだけど、君は本当に俺達のクランに入るつもりなの?」
俺と同じような。
俺と近い感性を持つものが身を置こうとする程、イチが先程掲げた目標は軽くはない。
その言葉に少女は押し黙り、ゆっくりと口を開く。
「あの……、やっぱり脱ぎますか……?」
「脱がんでいい!!」
「主、私でしたら全裸のままリードを着けて頂いて帝都一周散歩される覚悟もありますよ?」
「そんな覚悟は決めんでいい!!!!」
ああ、やっぱりこいつはこいつでヤバい奴なんじゃなかろうか?そう改めて思い直してはみるものの、だからと言ってお帰り願う訳にもいかないし、なんとか話を元に修正する。
「ああ、コホン。別に今更覚悟を試そうなんてもう思ってはないからソコは安心してくれればいいよ。ただ、君という人間を預かる以上しって置かなければ成らないからこそ聞いているだけだからさ。んで……何故ウチなんだ?」
「後ろ盾や支援が欲しいだけなら、ウチよりも他所のクランの方がよっぽどノウハウもしっかりしてるし、無茶苦茶な契約も結ばせる様な真似もしない」
「クランごとに掲げる目標やら行動理念は違うけど、何処だろうとこんな出来るかどうかも解らない大それた目的をもって動いてる訳じゃないし、よっぽど現実的な目的のために動いてる」
「ただ冒険者として成功したいだけなら、ウチは近道かもしれないけど、その道は過酷すぎる物になる。ソレこそ何時死んでもおかしくない道だ。その点は俺が保証するよ?」
「……其の上で、君は本当に俺達と共に歩みたいのか?」
そう少女へと問いかける。
ここで答えに窮するようならやはり別のクランを勧めるところではあるのだが、彼女はしっかりとこちらを見返してくる。
そこには確かな覚悟と信念があるように思えた。
そして彼女はゆっくりと口を開く。
「だからです」
「……私の故郷の村は一年程前、大規模なダンジョン化に飲み込まれました。全員で100名にも満たない小さな村です」
少女の言葉にすこし引っかかりを覚える。たしか其の頃、そんなような話があったのを思い出す。確か小さな農村でダンジョン化の規模的にも国も事態を重く見て騎士団の派兵準備と各クランや冒険者連盟への協力要請をおこなっていたんだっけか。
ただ距離的にも帝都から遠い上に、危険度も不明。おまけに国からの報奨は出るにしても、寂れた農村である以上、村民の救出を急いだ所で追加の謝礼も期待はできないと、ほとんどのクランや冒険者がそっぽを向いたんだった。
まあ、冒険者ってのは慈善事業じゃない。
大半は金のためか名誉のため、もしくは市場に流れにくい素材を自らの手で収集するために成る者なのである。
危険なだけで大した名誉も金も得られない仕事を喜んで受ける奴はそうそういないし、そういう奴はそもそも冒険者よりも騎士団の方がお似合いだ。
ただまあ、そんな打算的な事情はウチの奴らにしてみたらどうでも良かったわけで……むしろ、セレナなどは未知のダンジョン一番乗りと喜んでいたくらいだ。そう記憶がスルスルと芋づる式に思い起こされていく。
ああ、たしかその時、こんな女の子と会った様な。
そう、改めて少女の顔を見直し。
少女は俺の顔色の変化から、自分の事を思い出してくれたのだろうと悟ったらしい。そしてズイと乗り出して名乗りをあげる。
「はい!私はリーシャ……リーシャ・マリアベル。血盟の皆さんに助けていただいたアグニ村の村長の娘です」
「私は……いえ、私の村は血盟の皆さんの手によって救われました。だから……!私も、そう在りたいんです!だから……!どうか私をこのクランに参加させてください!」
少女、いや……リーシャのその表情は確かな決意に満ちていた。その表情は自身の器を理解も出来ずただ英雄的な行動を取る自分に酔っているだけの者には決して出来ない表情だ。
そんな物を見せられてしまえば、認めるしかないだう。
「……解ったよ。リーシャ、君のクランへの加入を認める」
「はいっ!これからよろしくお願いします!!不肖リーシャ、クランの役に経つ為、粉骨砕身の覚悟でがんばります!」
俺の言葉にリーシャは深々と頭をさげ何処か時代錯誤な感じのする文言をぶちまける。まあ、何はともあれ、まずは一人だ。
「まあまあ、ウチはそこまで堅苦しかやるつもりは無いから気を抜いて。あとさっきの契約の話だけど……」
流石にあれはやり過ぎだ。
対等な仲間に結ばせる契約では無い。何かしらもう少しマイルドな感じに変更させてもらうとしよう。そう思い声を掛けた時だった。リーシャは徐にペンを取ると一気にソコに自分の名前を書き記してしまう。
「あっ」
「はい!勿論すぐ署名させてもらいます!」
してから言うな。
と言うか、もう遅い。契約書は青白い炎を上げ、その炎はリーシャの身体を一瞬で包み込む。とは言え、その炎がリーシャの身体を焼くと言う訳では無い。契約書に込められた魔力がリーシャの身体に吸収されて行っているだけだ。
魔力は契約の違反をトリガーに警告としての痛み、もしくはペナルティとして、体内から肉体への攻撃を行う。
青白い炎はみるみるとその勢いを落とし、やがて収まった。それはコレでリーシャは先程の内容に逆らうことが出来なくなった事の査証である。
「いい覚悟だ、リーシャ。お前には先駆けの誉として、主の側仕えを許可しよう」
同様を隠しきれない俺をよそにイチは満足気にそんな事をリーシャへと告げていた。
いやまて、俺はなにも許可してない。
「はい!ありがとうございます!誠心誠意お仕えさせていただきます!」
それに対してリーシャもまた誇らしげな様子だ。
何と言うか、それでいいのか?女の子として危機とか感じ無いのか?そうツッコミたくなるが、言ってしまえば尚のことドツボにハマりそうな気がするので、とりあえず辞めて置くことにした。
「さてまあ、それじゃ……早速だけど、今後の方針を決めておくとしようか」
そして、さっさと話の主導権を握っておく。
経験上、悪ノリし始めたイチ達を制御するのは不可能だ。知らない間にとんでもない所まで話がぶっ飛んでいることだってままある。
なら腑に落ちない点は涙をのんで飲み干して、話を進めてしまおう。
「はいっ!」
「かしこまりました、主よ」
俺がそう言うと同時に二人はその場にビシリと起立する。軽いミーティングなんだからそこまで肩肘貼らなくても良いのにと思いつつ、いちいち突っ込んでも居られないので、俺はそのまま話を続けることにした。
「それで、これからだけど、とりあえずはリーシャ、君の能力の確認からしておこうか。【鑑定】をかけるけど問題ないかな?」
「ふぇっ!?はっはい!大丈夫ですっ!……大丈夫ですけど、良いのでしょうか?」
リーシャはビクリと身体を硬直させた。と言うのも仕方がない。鑑定とは相手の魂の情報を読み取り、その能力を数値化して可視化する魔術の名だ。
その内容が示す通り超高等魔術であり、魂魄系統の魔術を極めた魔術か高位の神官、戦神の加護などと言った強スキルを見に宿したモノにしか使えない。
その上、発動コストもかなり大きいため、熟練の術士でも発動できるのは日に数回が限度だ。
レベルの高いダンジョンから時折持ち帰られる【鑑定書】というアイテムでも鑑定を行う事はできるが、その有用性からコチラも極めて高値で取引されている。
鑑定書を使うにも、鑑定を使える術士に頼むにも最低でも金貨五十枚は下らないというのだからボロい商売だ。
とは言え、それは一般人の事情でしかない。
高位の冒険者ともなれば、その辺をしっかりして置かないと簡単に死に直結する場面も多いわけで、それぞれ解決策を持っている。
そして、ウチの場合は本来はそう言った術式はセレナの担当になるのだろうが、あの脳筋娘にそれを期待するのは野暮というものだ。
「ああ、鑑定については気にしなくていいよ。コレを使わせてもらうから」
俺は倉庫のスキルを発動させ、手元に1つのモノクルを取り出した。
古めかしい黒銀で作られたアンティークの様な逸品だが、その価値はアンティークどころの騒ぎでは無い。
「えっと、それは?」
「【愚賢人の片眼鏡】、俺たち血盟が所有してる八つの【レガリア】の一つだよ」
そう俺はモノクルをかけ、リーシャの姿を"観る"。
それと同時に俺の視界には彼女の、彼女すら理解し切れていない深層の情報が映り込んで来た。
「これで覗けば、その人の情報を引き出すことができるんだ」
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名前︰リーシャ・マリアベル
年齢︰15
LV︰03/80
状態︰隷属・健康
職業︰駆け出し冒険者
-素質-
攻撃︰B- 防御︰E 魔力︰D+
速度︰A- 技量︰C+ 運気︰C
適正魔力:闇・風
-所有スキル-
▽ユニークスキル
【隠者の加護Lv--】
▽汎用スキル
【短剣術Lv1】【隠密Lv2】【回避Lv2】
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