第3話 クラン【幕引きの血族】結成……?

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 -契約書-


 当クラン【幕引きの血族ラストブラッド】に所属する者は以下の内容に同意する物とし、重大な違反が見受けられた場合、その矮小なる命を持って償うことを此処に誓う物とする。


1.このクランに所属するものは、いかなる場合に置いても、クランの偉大なる指導者エリオ様に絶対の忠誠を誓うものとする。


2.この契約書に同意した者は生涯に渡り、クランの偉大なエリオ様、及びエリオ様の手足たる【幕引きの血族】への背信行為の一切を禁ずる。


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 そんな内容の契約書を前に、ガルムの店に押しかけたあまたのパーティやソロの冒険者はざわざわとざわめきを立てていた。


 いや、マジで何がどうしてこうなったんだよと言いたい所だが、その経緯は明白である。



 冷や汗を書きながら無駄に豪華な執務机に座る俺の隣で「よくやったでしょう!」と言わんばかりのドヤ顔をしているイチの仕業だ。



 三日前のあの日……結局、俺はゼノンの提案を受け入れる事にした。



 と言うか、受け入れざるを得なかった。アレン達は口々に「すまない、俺達が弱いばかりに、またお前の足を引っ張っていた様だ」だの、「エリオ、私……ぐすっ、頑張るから、えぐ……うう、捨てないで」だの「……………………!!」だの言ってきてこちらが判断する暇も無く、それぞれの修行期間を設ける事が決まってしまったのである。


 アイツらの自己評価と俺の評価は一体どうなっているんだ……???


 という訳で俺も手が空いてしまった事もあり、ゼノンの口車に乗ってみる事にしたのだ。



 ただ、それは別に暇を潰すためと言う訳でもない。その提案にある種の光明をみる事が出来たからなのである。


 その理由がこれだ。そう俺は胸元にぶら下がった剣を象った首飾りの情報を思い出す。



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【盟主の首飾り】ランク:SR

-説明-

剣を掲げ、民を導いた偉大なる盟主がその身に着けていたと言う首飾り。

束ねし想いは力となり、大いなる力は闇を払う希望となる。

-効果-

・自らが率いる臣下が得た経験値の1%を得る

・臣下は己のステータスに盟主のステータス1%分の補正が与えられる。

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 これは以前みんなの手を借りながら必死の思いで溜めた経験値を使い、神代の宝物庫で取り出した装飾品だ。


 俺はこれのおかげで、バケモノの様なパーティメンバーが倒したバケモノたちから発生するアホみたいな量の経験値の1%×人数分を手に入れる事ができていたので、検証自体には落胆しかなかったが、成果物としては上々な代物である。


 ただ、やはりと言うべきか、この首飾りを用いてもアレン達をささえるレベルの物を取り出せるまで経験値を貯める事は容易ではなく、稼いでくれた経験値ごと持て余していた物でもあった。


 そこでゼノンの提案はこうだ。


 元はパーティ単位でなく、軍単位、領地単位で運用していた物なのだから、俺自身も自らの軍を持てばいい。


 その手っ取り早い方法が自らのクランを立ち上げる事だと言うのだ。



 パーティメンバーと共にストックしてきた経験値を、使い装備を整えてやれば一端以上の実力の冒険者は、それなりに増産できる。


 そうなれば、不労所得ならぬ不労取得経験値をいくらでも増やして行けると言う事らしい。


 なんと言うか随分と大掛かりな話ではあるが、少なくともやってみるだけの価値は感じられる提案だ。


 少なくとも現状よりはマシな状況になる事は確かだし、俺が引退したあと、アイツ等を任せられるような人材が発掘できる可能性も十分にある。


 手間こそ掛かるが、それは必要な経費というものだ。



 そこで、ガルムに幾らかの資金を提供する代わりに、当面の間はクランの拠点として使わせて貰える様に交渉し、第一次クランメンバーの大規模な面接を行うと告知したのが二日前。


 国内トップクラスのパーティである血盟がクランを立ち上げると言う噂は更なる噂をよび、短い期間ながら、百名以上もの希望者が殺到する事態に至ったのだった。



 この調子なら冷やかしや、あからさまに実力が足りないものを差っ引いてもそれなりの人数を用意する事ができるとタカをくくっていたのだが……。



 イチにメンバーの選考について自分に任せて欲しいと言われて、何も考えずに二つ返事で任せてしまった事がいけなかった。



 イチが用意したのは、先程の内容の文面が刻まれた契約書である。内容は要するに俺に絶対服従、裏切り行為は生涯許さん、破るなら死ねという大雑把なもの。これだけでも正直どうかという感じだ。


 しかも契約書は一枚で金貨五十枚もする契約魔術を込めて造られたスクロールに書かれている為、これに同意すれば最後、書かれた内容に違反した場合、相応のペナルティを負うことになってしまう。


 ペナルティの強さはスクロールを造る時にこめた魔力に比例し、最上位のスクロールともなれば高位の冒険者でも命の危険がある程にもなる。


 正直、ここにサインをすると言うことは最早、無条件で俺の奴隷になる事に近い。



 貧民街の子供をあつめて最低限食わせてやる代わりに結ばせると言うならまだしも、ここに集まっているのはそれなりに腕に覚えのある冒険者達だ。


 中には国内トップクラスのパーティまで来ている。


 そんな連中に吹っ掛けるにはあまりにも、あまりにもな内容だ。




「……あぁ、そのなんだ。血盟さんよ、コレはマジで言ってるのか?」



 ざわめきつつも、誰も具体的な言葉を投げかけられずに居るのを見かね、一人の中年の男が声をかけた。というか、今気づいたが、ここ帝都でも指折りのパーティである【荒野の狼団】のリーダーだ。もって生まれたユニークスキルこそ無かったり、あってもそこまで大したものでないと言う一般的な冒険者の集まりだが、長年研鑽してきた技術と知識、肉体で遅咲きながら国内に名を轟かせた集団の頭目である。



「悪いが、これじゃ奴隷契約とかわりゃしねえ。此処に居る大半の奴に取って、この契約を結ぶってことは、その坊主の命令一つで捨て駒にも鉄砲玉にも……女どもにしちゃ慰み者にでもされちまうって事だ。流石にこれに手放しでサイン出来るような奴が早々居るとは思えねえぞ?」


 その声には戸惑いとともに静かな怒りが込められていた。


 まあ当たり前だ。クランとは結局の所互助組織である。


 目的のために群れるのでは無く、互いを利用し合うために群れるのだ。


 だがイチが持ち出した条件は一方的な支配を敷くというものである。そこにあるのは圧倒的なまでの力関係だ。これは一方的にこちらが他の者を見下している形となっている。悪く言えば明らかな挑発だ。冒険者など所詮は荒事屋、これで暴動が起きないのは曲がりなりにも血盟の威光あってのことだろう。



 とはいえ、さすがにこれは怖すぎる。此処に集まってる奴らの大半は俺など腕一本でどうにか出来てしまう力の持ち主だ。



「ああえっと、それなんだけど」


 引きつった笑いを浮かべ、弁明をしようとするものの、思考が上手いことまわらない。いや、本当どうしてこうなったんだよと心のなかで悪態をつくが後の祭りだ。



 そんな俺の状況を察したイチは、何を思ったのか俺にほほえみを投げかける。いやまて、何をする気だ!?

 


 あわててイチを止めようとするが、時すでに遅い。「静粛に」そうイチの凛とした声が酒場の中に響く、そしてソレには恐ろしいまでの殺気がこめられていた。


 同時に何人もの冒険者が其の場に崩れ落ち、ガタガタと体を震わせている。ああ、そうだよね。そうなるよね。俺もドラゴンとかリッチとかに初めてあった時は怖さと自分の場違い感で頭真っ白になったもん。


 流石に荒野の狼団や他のトップクラスのパーティの面々は崩れ落ちるまで行かなかったが、イチの前には押し黙るしかなかったようで、睨むような、あるいは許しを請うような目でイチの事を見つめている。


 そしてイチはそんな光景に満足したのか、少しだけ発する殺気を緩め、静かに語り始めた。



「私達、血盟が求めるのは血盟と志を同じくする者だ。それは即ち偉大なる主の意向にしたがい、主の力となり、剣となり、盾となり、道具になる覚悟のある者のみである」


「主はこの迷宮蔓延る世界を救わんとする同士を求めている。この迷宮災害に対し、人類が流す最期の血とならん者を求めている。迷宮という災害に幕を下ろす最期の血とならん覚悟を持つものを求めているのだ」


「私達が求めるのは”力”などではない。そんなもの、いくらでも我らが鍛え上げる。私達が求めるのは唯一、覚悟だけだ」


「その覚悟が無いものは即刻この場からたちさるがいい」



 しんと静まり返った酒場の中にそんなイチの言葉が響いた。



 同時に再び集められた冒険者たちは静かなざわめきを取り戻す。それもその筈だ、イチが告げた内容、世界を覆う病、ダンジョン災害を滅ぼすとはソレほどまでに突拍子も無いことなのである。


ダンジョンと言うものは実のところ、殆どが解明されていない。確かなのは内部に様々なモンスターや人間の技術を遥かに越えたアイテムを生み出し続け、放置すれば多大な被害をもたらす物であるという点だけ。


 局所的なダンジョンの破壊は可能だが、どういう原理で出来て、何をすれば止められるのかなど、世界中の様々な国家が研究に挑み、塵ほどの成果しか上げることができなかった命題だ。


 イチは、それの答えを出すどころか、ダンジョン災害そのものを潰すと言ったのだ。


 たかだかパーティがだ。


 如何に実力があろうとも、そこまでの大言壮語を吐けば血迷ったとしか思えないだろう。


 なんせ――。



 俺がそう思ってるんだから。



 いや、まって!?初耳なんだけど!?俺の目的ってそんな大それた事だったの!?俺のレベル、5だぞ!?レベル5!!一般兵士より雑魚のくせにどんだけ大それた夢掲げてるんだよ!?っていうかどうしてそんな事になったんだ……と思考を巡らせてみる。


 そして俺は心の底に、小骨のように引っかかった思い出を掘り起こす事に成功した。


 それはパーティを組んでしばらくし、俺が自分の実力の底に悩み引退を考えだしていた頃の話だ。


 俺がへっぽこだったのは今も昔も変わらないが、他の奴らは当初から実力をいかんなく発揮し、注目のルーキーとしてもてはやされていた。おかげでお溢れとしての収入がそれなりにあったのもあり、俺は伝手を使って故郷の片隅に土地を買い、そこに畑でも作って引退しようと画策していたのである。


 家も立て、あとは皆に話すだけというところまで話が進んだのだが、その土地が運悪くダンジョン化してしまったというのだ。しかも低レベルのダンジョンながら、貴重な肥料となる骨粉を内部のモンスターがドロップすると分かり、ダンジョンを生産向きダンジョンとして以降10年は何事もなければ、そのまま保存する事が決定された為、土地の所有権が国家に強制的に買い取られてしまったのだ。



 ダンジョンが発生した土地は基本的に国家が管理することになるためどうしようもない。



 とは言え、あと一歩のところまで進めていたのに、おじゃんに成ってしまったショックはかなりのもので、当時の俺は珍しくアイツラの前にもかかわらず深酒をしてしまった。



 そして、酒が入り気が大きくなったせいか、「ダンジョンなんか、全部ぶっ潰してやる……俺の平穏を邪魔するもんなんか全部潰してやる」等と呟いた気がするのだ。


 そして確かその日からアイツ等の顔つきが変わったんだ。


 アレンは「俺はお前の想いを知れてよかった。強くなれば少しは人とちゃんと話せるようになるかもしれないなんて思ってたかつての俺が恥ずかしい。俺もお前の想いを夢を目指すことにするよ」となにやらヤケに吹っ切れた顔をして語っていたし。


 セレナは「私達の平穏は誰にも侵させないものね!」と頬を赤らめながら語っていた。


 ゼノンも「くははは、なかなか大層な事を吐くじゃねえか。身も心も若いままのつもりだったんだがなあ……いつの間にか老いぼれちまってたか。どれ、もういっちょ青臭い夢をみてみるとするか」と吹っ切れた顔をしていたし。


 ジオも「…………!!」とつぶらな目をしていた。


 イチも「主が望むなら、どこまでも」と覚悟をきめていたし……なんだったんだと思ってたけど、アレ、ダンジョンを全部ぶっ潰すってこと全員で鵜呑みにしてたのか!!!?


 ……俺のせいじゃん!!!!!????



 こう後悔なのかなんなのか解らない感情がぐるぐると俺の中で渦巻いていく。いやまて違うんだ、俺が冒険者になったのなんて田舎者が都会に出て一発当ててやるみたいな軽い気持ちだったんだよ!?


 今でこそ、コイツ等を率いてる重責に押しつぶされてすこしでもダンジョン災害をどうにかしようかと思ってはいるけどさ!?そこまで大それた思いなんてないんだよ!?



 とは言え、そんな事はもう誰にも打ち明けられない。


 そして時間は容赦なく流れていく。



 そんなイチの想いを聞き、荒野の狼団のリーダーは「お前達の思いは理解した」と立ち上がった。


「その理念、その想いはこの世界に生きる一人の男として感じ入るところはある。だが、悪いな。俺も団を率いる身だ。団の奴らには結婚を控えている者もいるし、単純に金や名誉を求めて来た奴もいる。個人としてならともかく、お前たちほど高尚な理念を押し付ける事はできない」


「邪魔したな」


 そして、そう告げて、踵を返し、酒場から出ていった。



 

 それもそうだ。


 誰しもがそんな高尚な目的など抱く事はできない。冒険者は言ってみれば、名誉と富を求めてその道へ足を踏み入れるモノなのである。


 そして、このクランへと興味を抱いてくれたのも、そう言う物を手に入れる近道であると感じたからに過ぎない。



 それが実際は成し得るかどうかも解らない目標への強行軍だったと言うのだから、呆れられても当然だ。現にその男を皮切りに集まった者たちはぞろぞろと酒場から出ていっている。この調子では誰も残ることは無いだろう。



 というか、この分なら先程ちらりと考えたように、貧民街の子供をスカウトに行ったほうが懸命だろうな。場合によっては奴隷商に掛け合うのも悪くないかもしれない。


 そう、思考を巡らせた時だ。



「あっ、あの……!!」


 声を少し震わせた少女の声が響く。


 そこに居たのは夜の闇のような黒紫色の髪をしたショートカットの女の子の姿だ。歳は14、15と言った所だろう。装備はなんとか一式取りつくろったという感じだし、使い込まれている形跡もない。おそらくだが、冒険者になることを夢見て田舎から出てきたばかりと言う感じだろうか?


 なんというか数年前の自分たちの面影を感じる少女だった。


 そして彼女は意を決したように、次の言葉を投げかける。



「わっ、私を……!!クランに入れてください……!!」




 それに対して俺が最初に思ったのは、なんというか、この子はイチの無茶苦茶な内容の契約内容をちゃんと聴いていたのだろうか?というあまりにもな内容だった。

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