第28話

side 春宮紫苑


「よし、ここらへんでいいか。」


僕を一通り癒した魔術師は僕を連れて『森』を出た。

しかし向かう先は野営地ではなく、全く別の草原だった。

まだ夜遅く暗いので焚火を起こし、それを中心にして座る。


「……あの質問、いいですか?」


ようやく座って一息つくと、色々と頭に疑問が現れる。

いい加減に自分が一体どんな状況下に置かれているのか正確に知りたい。

そして恐らく、色々と彼は知っているはずだ。

知っていなければ此処まで大胆に動くことはできないだろうし。


「ああ、構わないよ。私が堪えられる範囲内なら答えようじゃないか。」


僕の頼みに鷹揚に頷く魔術師。

それを見て僕はまず一番気になったことを聞くことにした。


「―――貴方は一体、誰なんですか?」


「―――」


そう問うと魔術師は固まった。

いや厳密には……迷っているだな。


「ああ、うん。まあ確かにこんな格好してたら普通は突っ込むよな。……俺も随分と染まったもんだ。」


そう言ってゴホンと咳払いをする魔術師。

ゆっくりとフードに手を取り、下ろす。

露になったのは整った風貌をした美青年であった。


イケメンは祐介や佐伯で見慣れていると思ったが今までとは別ベクトルのイケメンだった。

祐介は爽やか系で親しみを感じさせるタイプで佐伯は儚さを感じさせ、少し可笑しいが深窓の令嬢に通じる美形だった。

一方で目の前の魔術師は神々しさを感じさせ、直視できなくなるタイプの美形だった。

ほうと息を飲んでいると魔術師は気恥ずかしいのか頬を掻きながら言葉を発する。


「じゃあ、自己紹介だ。春宮紫苑君。―――私の名はソロモン。《魔導王》ソロモンと言ったら分かるかな?」


 △▼△


《魔導王》ソロモン。

『魔術』を生み出した者であり、至高の魔術師である。

魔術師の中でも最高位に位置する魔導師ウィザードの王である。

彼の異名である《魔導王》とはこの魔導師の王から来ている。


しかしあくまで彼は一人間だったはずだ。

天へ昇ったとも、魔に堕ちたという逸話も伝説も何も残っていない。

そのため千年前に活躍し、そのまま亡くなったはず……だ。


「うん、確かに君がそう思うのは必然だろう。何せ私はこうなってから一度も表舞台に立つことなく、神らしいことをすることもなく友神ゆうじんの家で引きこもっていたんだから。」


「そ、そうですか……。」


確かにそれなら辻褄が合う……のか?

だがしかし彼は卓越した魔術師なのだろう。

少なくとも座標計算が必要となる『時空魔術』に、薬学に医術の知識を要する『治癒魔術』を使っている。

この二つは魔術の中でも難易度が高く、使える魔術師は少ない。

ましてや両方を十全に扱える魔術師はどれくらいいるだろうか。


だが、それで《魔導王》と認められるかというと……。

高位の魔術師である魔導師ウィザード、その頂点の人物と認めるには少し弱い気がするのだ。


「ははは、まあ。そうなるだろうな。……仕方ない。大真面目に今回は私の不手際だし、将来的に君の助力は必須だ。」


そう言って彼は立ち上がり、僕の額に手を当てる。

いきなりの行為に動揺し、思わず声を上げてしまう。


「あの、一体何を?」


「『加護』を君に与える。効果は君を貶める『呪詛』との中和くらいにしかならないけど『恩寵』は嘘をつかない。私がソロモンであるという証明には十分なはずさ。じゃあ、はいこれ。」


そう言って渡されたのは一枚のプレートだった。

木製とも金属製でもない不思議な触り心地をしている。

色は無色で何も記載されていない。

用途も意味も全く分からない。


「『魔力』を流すの、できる? 魔道具動かす時みたいにさ。」


「え、まあ。多分できると思います……。」


そう言われてプレートに魔力を流す。

魔力を流した瞬間、プレートは不思議な紋様を描き始める。

紋様は一秒毎に変化していたが、やがて安定し、この世界に共通語で情報が刻まれていた。


名前、年齢、性別、種族……あとは見慣れない国名に情報がある。

フルムンド自由都市とあるが全く見覚えがない。

Fランクともあるが僕は魔物じゃないだが。


「ふふん、驚いたかね? 何てったてそれは私の最高傑作―――冒険者カード、なんだぞ?」


「はあ、冒険者カードですか。結構大仰な演出なんですね。」


「あれ、反応薄くない!? 異世界テンプレでしょ、こういうの!」


自称ソロモンが僕のあっさりな反応に驚く声を上げる。

そう言われてもこれ以上の理不尽ファンタジーに短期間でたんまりと遭遇している。

正直、こんな子供だましではあんまり驚けない……いや驚かないのだ。


「むう……この流れでは色々自慢しても虚しいだけか。まあいいや。それを使えば自分の『スキル』―――『異能』『特性』『恩寵』を確認することができる。使い方はさっきと同じように魔力を流すだけさ。」


そう言われ、実際に試してみる。

そうすると情報の記載された面の反対側で再び、同じような現象が起きる。

不可思議な紋様はやがて真面な情報を伝える文章になる。


――――――――――――――――――――――

名称:春宮紫苑

種族:人間族

性別:男性

年齢:15歳

状態:健康

異能:なし

特性:なし

権能:なし

恩寵:〈魔導王の加護〉

呪詛:〈天界の神々の呪詛〉

――――――――――――――――――――――


成程、確かにこれが真実なら目の前にいる魔術師はソロモンなのだろう。

実際に『恩寵』の欄に魔導王の記載がある。

効果は判然としないが、何か良い事があると思っておこう。


……それにそもそもこれが正しいかどうかは判別できないし、此処までするってことは偽物ではないはずだ。

幾ら何でも労力が釣り合っていないはずである。


「ふふふ、どうだい? 私が本物だって信じてくれたかい?」


「ええ、まあ。信じました。それで……その、ソロモン様? 何で僕を助けたんですか? はっきり言うと―――貴方の目的は何ですか?」


彼の存在を《魔導王》ソロモンと受け止める。

そしてその上で更に質問を投げかける。

目の前の存在の正体もそうだが、それと同等に気になっている疑問点だ。

いや、寧ろ彼の正体を知った今、気になっているなんてものじゃない。

絶対に知りたいと言っても過言ではない位だ。


魔術師であれ、神であれ、その正体が何であったとしても彼自身の力は絶大である。

それならば単独で、それでなくとももっと強力な協力者を得られるはずだろう。

情けないし、目を背けたいようなことだが僕は弱い。知恵も無ければカリスマもない。更には伝手も無ければコネもない。極めつけには不器用である。

力を求めるなら祐介や佐伯でいいだろう。知恵やカリスマを欲するなら委員長を。伝手やコネ、器用さを求めるなら羽根山だ。その全てを欲しいなら秋崎のはずだ。


「……まあ、確かに今の君は多くの人物を比べると劣っているのは明白だ。能力だけで見れば君を選ぶ理由はないだろう。実際、私が君を選んだ理由は能力じゃないしね。」


「はあ……。」


「少し見ていたが君は素直だ。どうしても実力者というものは面倒くさくてね……自分の独断でやらかしかねない。正直アルビオンでさえそうなんだから他の奴等は信用できん。ヴィドは兎も角として《赤い翡翠》とか《雷の暴神》とかはに信用できない。というかしたくない。」


な、成程……結構切実な理由だった。

普段なら何を言っているんだという表情をしただろうが、ソロモンの顔は疲れ切った表情をしている。

正直、嫌な悪寒というか共感があった。


何と言うか……『信頼』はしているが、『信用』はしていないこの感じ……。

いつぞやの祐介や秋崎を思い出すなぁ……。

あいつら、全く進展しなかったんだよなぁ……。


「……それと比べたら忠告とあれば素直に聞く君は黄金にも勝る宝さ。実力はないが才能は最低限ある以上磨けばモノになる……ならなくても私が『魔導』を叩き込むから大丈夫さ……!」


おおう、嫌な感じが背中を走ったぞ……。

正直な所、才能方面はパッとしないから『魔導』を叩き込まれるのだろう。

だけど、魔術方面も駄目駄目だから勘弁して欲しいんだが。


「いや、僕の才能は駄目駄目ですよ。幾ら聞き分けが良いからって肝心の戦闘力が無ければ役立てませんよ。」


「まあ、大丈夫さ。あくまで〈天界の神々の呪詛〉は『スキル』に『身体能力』を封じているけどそれはあくまで転移時のものだ。君が強くなることには関係ないさ。あの『呪詛』は君を縛ることが目的ではないからね。」


「は、はぁ……分かりました。じゃあ、お願いします?」


「ふふふ、任せたまえ。明日から向かう目的地―――城塞都市アルフまで少しある。『錬術』に『秘蹟』をみっちり叩き込んでやろう……!」


ヤバい。

とてもじゃないが修行の匂いだ。

強くなるには努力という積み重ねを要するのは知ってはいるが……修行に対しては凄い忌避感を感じる!

具体的には軍団の模擬戦リンチとか組手スパルタとか……!


「あ、あのソロモン様……? お手柔らかに、頼みますよ?」


「任せたまえ。この千年間で弟子は何人も取って来た。《知恵の竜》アルビオンでさえ導いたのが私だぜ? 君位ならお茶の子さいさいさ。」


ぐいんと首だけを僕の方へ回し、爛々と光る瞳で僕を射抜いている。

というか、魔力の波動を感じるんだが……。

もしかしなくとも『魔術』でも使ってるんじゃないのか……?

というかさっきから出てくる中二臭いのは何なんだ? アルビオンとか《赤い翡翠》に《雷の暴神》とか……!


「わ、分かりました、分かりましたよ! というか脱線してます! 貴方の目的を教えてくださいよ!」


「ん……ああ、すまない……つい興奮してしまったよ。」


そう言って《魔導王》ソロモンは咳払いをして、場を整える。

先程とは違う真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。邪念も邪気も何もない。

神というだけあって神々しさを感じさせる貌だ。


「《守護女神》アテナ―――憎しみに身を焦がす女神を止める。それが私達の目的なのさ。」

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