第27話

side 春宮紫苑


最近は逃げてばかりだと思う。

ゴブリンにオーク、オーガ。上げていけばこんなものだ。

どれも比較的弱く、一人前の戦士なら一人で倒せなければいけない相手達。

男らしくないし、少しは強くなったと思ってはいたがそれでもクソ雑魚なのが僕である。


「クソが……。デカい魔獣に誘われたか……!」


槍を振り回し、狼を追い払う。

しかし群れの生き物は一匹が囮で、残りで獲物を追い立てる。

祐介や軍団長みたく超人の域に入ったなら兎も角、常人の範疇に留まる僕には狼の爪牙は恐ろしい武器だ。

喰らえば確実に皮を裂かれ、肉を抉られる。

人間やゴブリンの武器とはまた違った恐ろしさを野生は感じさせてくる。


「……結構、離れたな。」


槍を構えなおし、息を整える。

それと同時に周囲を見ると軍団の野営地がかなり遠くなっている。

さて、どうしたものか―――


「―――って、そんな暇もくれないか!」


何か考える暇もなく、再び狼が襲い掛かって来る。

攻撃を避けるためにまた後退する。

逃げた先にはまた狼。


「ああ、やってられるか!」


槍をぶん投げて、一目散に逃げる。

目指す先は『森』の中だ。

平たい地形では狼から逃げられない。足の速度が違う。


そしてそれは『森』も同じだろう。

でも『緑の森』は『魔境』だ。

勘のいい獣ならそこまで深追いはしてこないはず……。


 △▼△


少し深い場所まで行けば僕の予想通り狼共は追っては来なかった。

それに昼頃にゴブリンを粗方殺し尽くしたため、夜行性のゴブリンも見当たらない。


「よし……陣に戻るか。」


特に印などはつけていないけど……幸い浅い場所だから直ぐに『森』から出られるだろう。

走った感じからしてもそんなに離れた感覚もない。


「そういえば……訳の分からない男が言ってたな。一目散に逃げろって。」


まあ、キマイラ擬きには逃げたけど狼相手では結構戦ってしまったなと思う。

一目散に逃げたら以外にも上手くいったし最初からそうしておけば良かったな。

一応だがあの予言聞いておいて損はないかもしれない。


「……後はこの腕輪だよな。何なんだ、これ?」


意匠などは無く、色も地味なこの腕輪。

『魔力』も特に感じられずただの装飾品アクセサリーでしかない。

だけど態々渡されたものだし、何か意味があると思う。


「まあ、悪いものではなさそうだし……。何れ分かるだろ。」


「―――いえ、分かりませんよ。残念なことに。」


不意に声が聞こえた。

ゴブリンのものではない、流暢な声だ。


驚いて周囲を見ても何も分からない。

月は出ていても暗闇全てを照らすことはできず、更に鬱蒼と生い茂る木々が光の邪魔をしている。

夜目が利けば変わっただろうが生憎視力は一般高校生平均とそう変わらない。


「さて、私達も暇ではないんです。手早く済ませましょうか。」


「ええ、そうですね。こんな場所一刻も早く居たくもありません。」


そんな声が聞こえたかとおもうと二人の騎士が現れる。

枝にでも止まっていたのか、高所から着地した。そのせいで少し落ち葉が舞っている。

だが白い戦装束に鎧、木々の間から漏れる月光に照らされることも合わさって何処か幻想的でもある。


しかし降り立った二人の男を見て、僕の表情はさらに強張る。

蛇のようにぎょろついた目をしている男と貴公子然とした美男子。

間違いなく、あの時目が合ったアテナ教団の神殿騎士クルセイダーだ。


「アテナ教団神殿騎士団長アーククルセイダーサハード・メルメイス。」


「同じく神殿騎士クルセイダー、《白閃の純潔の騎士パラディン》バルトロ。」


「「―――いざ、参る。」」


 △▼△


まず最初に動いたのは貴公子然とした男だった。

腰に抜いていた刀を抜き放ち、その『魔力』を開放したのだ。


「―――唸れ、《景正》。」


「――――――ッ!?」


間一髪、幸運にもその斬撃を避けた。それとも敢えて外されたのか。

どちらにせよあの騎士の威力を侮る理由にはならないだろう。

地面を見れば斬撃の跡がくっきりと残っている。

暗闇で一寸先も危うい中、はっきりと見えているのだ。


「む……。」


「どうした、バルトロ殿。調子が悪いのか?」


「……いや、申し訳ない神殿騎士団長アーククルセイダー殿。《景正》の機嫌が今日は悪いみたいだ。」


前では騎士二人が何やら話し合っている。

獲物が目の前にいるというのに気の長い奴等だ。


……それにしても隙だらけだ。

いや、攻撃しては意味がないだろうが……注意はこちらに向いていないのは確かだろう。


――――――よし、逃げよう。真面目に相手どる必要ないし。



side 《白閃の純潔の騎士パラディン》バルトロ


「……逃げられましたね。まさかここまで足が速いとは。」


『妖刀』の制御を苦心する間にどうやら標的は逃げたらしい。

逃げ足が想定しているよりも早く、何処にも見えない。

流石に私達でもこの暗闇の『魔境』で闇雲に探すことはできないだろう。


「だが問題はない。向こうだ。恐らく野営地に向かっている。」


神殿騎士団長アーククルセイダー殿が指さして方向を示す。

その肩には一羽の梟が乗っている。


梟は我等の神アテナ様の聖鳥だ。

我等の神は時にこの鳥を通じ、あるいは化けて我等に神意を伝えるのだ。

そして知恵の象徴シンボルであるこの鳥を我等は使役することを許されている。

夜目が利き、機動力も並外れているためこのような状況では非常に重宝している。


「―――な!?」


憐れな者が私達の接近に気付き、間抜けな声を漏らす。

しかしそれでも応戦しようとはせず、背中を見せて全力疾走を続ける。

戦力差に気付いているのだろう。


「しかし、ええしかし。それはではありません。―――です。」


刀を振るい、斬撃を飛ばす。

『魔術』でもなんでもなく、纏わせた『魔力』を飛ばしているだけだが逃げている少年相手には十分な威力だ。


「ぐあ……っ!」


背中を裂かれ、地面に沈む憐れな者。

彼のこれまでに興味はないが、余り苦痛を与える気はない。

どんな罰でも苦しみは最低限であるべきだからだ。


……しかしかなり頑丈だなと思った。

幾ら『妖刀』の制御が甘くても真っ二つになる威力だったはずですが。


「おっと、逃げようとしても無駄ですよ。」


神殿騎士団長アーククルセイダーの瞳が怪しく輝く。

『魔眼』を発動させたのだろう。効果は……麻痺だったか。

抵抗レジストできなかった少年は一瞬で体の制御を失い、脱力している。


「では、さようなら。次は、善き生を。」


《景正》を振り上げる。

一刀で彼の首を落す。私の腕前なら容易いことだ。

『妖刀』の切れ味と私の腕前が合わせれば大抵のものは苦痛もなく殺すことができる。

それがこの少年が悔いる要因になれば幸いだ。


「―――待ちなさい。私の騎士。」


だが少年に刃が突き立てる、その瞬間。

私の身体は無条件で動きを止めた。

そして私も神殿騎士団長アーククルセイダー殿も跪く。


聞き違えるはずがない。

聞き逃すこともない。


「―――如何なされましたか、我等の神よ。」


「よく気が付きましたね。貴方に声をかけたのは十年も前になるというのに。」


間違いない我等が主神、《守護女神》アテナ様だ。

忘れるなんてあり得ない。十年前と一か月三日前に『恩寵』を授けられたあの瞬間から私の魂に焼き付いている。


「それは嬉しいことです。私の騎士。しかし今は貴方と話している暇はありません。命令です。その少年を見なかったことになさい。」


「は? ……いえ。我等が神、アテナ様。差し出がましいですが、お一つよろしいでしょうか?」


思わいもしない御言葉に神殿騎士団長アーククルセイダー殿が声を上げる。


それを見て私は少し不愉快に思う。

我等が神がそうしろと仰った。ならそう従うべきだろう。


だが同時に長きにわたり神意に従った人物でもある。そんな人物だからこそ何か思う所があるのかもしれない、とも思った。


「一つだけです。早くなさい。」


「はっ! ……恐れ多くもこの少年はアテナ様達が戒めを与えた存在にございます。今まで我等はそうした存在は例外なく屠って参りました。しかし今回は違うと仰られる。それに疑問を抱いた次第にございます。」


成程、確かに彼の言う通りでもある。

私達神殿騎士クルセイダーは神への信仰を柱として天の正義を実現させる。

そうした活動の一環で神からの宣託を受け、逆賊を討伐することは少なくない。


「戒め……? ああ、『呪詛あれ』の事ですか。それならば気にする必要はありません。『呪詛』を使った意味が無くなりましたから。」


「……はッ!」


神の言葉に納得したのか素直に従う神殿騎士団長アーククルセイダー殿。

正直、私には何のことかさっぱりだが神が言うならそうなのだろう。


「……後、それは死んだことにでもしておきなさい。捨て置いて構わないわ。」


そう言って梟が飛び立つ音が聞こえた。お帰りになられたのだろう。

跪いた私達には神が何処へ向かったなどは分からなかったが、此処に居ないならようやく立つことができる。


「……戻るぞ。」


「ええ。夜も遅いです。早く眠りましょう。」


一つの仕事が終わり、しがらみがまた一つ無くなった。

よく眠れそうだった。





side 春宮紫苑


……背中が痛む。


あの騎士に斬られた傷だ。

結構深いし、どうにかしようにも体は動かない。


「……全く人のことを何だと思ってるんだ、あいつら。」


何が起こったのかは詳しく分からないが、いきなり斬りかかってきたと思ったら急に帰りやがった。

何だ? 騎士というのはチンピラ以下か? 士道とかいうチンピラでも一貫性があった。訳の分からない生き物のバーゲンセールでしかなかったぞ。

祐介達は大丈夫なのか? あんなのに教育受けたら頭あっぱらぱーになる。絶対に。


「あー……やべ、狼の遠吠えが聞こえる。自分の心配が、先だな。」


どうやら祐介に世話を焼くことは難しそうだ。

獲物の匂いに敏感な野獣の声が聞こえる。

五体満足なら兎も角、負傷して動けないこの状態では唯の餌だ。


「予言は……外れだな。くそー……でも流石に神殿騎士クルセイダーは詰んでるだろ。」


あの謎魔術師はもっと予言の魔術を修行するべきだろう。

あれは逃げに集中してもどうにかなる手前ではない。絶対に。


「……ははは、申し訳ない。まさか、君の運がここまで悪いとは……いや見抜けなかった私の責任だな。」


その声が聞こえると僕は瞬時に頭を上げた。

身体が痺れて上手く動かなかったが、辛うじて動かすと昼頃に見た魔術師がいた。

相も変わらずフードで顔は見えないが申し訳なさそうな表情をしているとことは何となく分かった。


「……取り合えず、この国から出よう。急で悪いがアテナの奴が手を引いたなら今がチャンスだ。」


そう言って彼は僕に手を差し出した。


「……取り合えず、色々と説明をしてくれ。」


しかし手を取り合うには少しばかりの説目が欲しい、春宮紫苑なのであった。

だってこの世界に来てから混乱しっぱなしなんだもの。

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