第26話
最後の方に加筆しました。
物語の流れに変更はありません。
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side 春宮紫苑
夜中の見張りというものはどうしても慣れない。
単純に夜目が利かないこともそうだが、夜中に動き回った経験が無いため心理的に動きずらいこともそうだ。
「まあ、粗方倒したって言うなら特に何もないはず……。」
槍に
ゴブリンは夜行性で暗い場所を好む。更に狡知に長ける彼は時に人類以上の卑劣さや蛮性を垣間見せる。
そのため夜襲対策で夜中の見張りは重要となる。
「……うん、何も見えないな。」
陣地に柵を設け、四隅は無論、各所に明かりで照らされている。
しかしそれでも光は僅かなもので柵を越えた遠くを見ることは叶わない。
「このまま何も――――――は?」
直感が警鐘を鳴らした。
それに一歩遅れて鼻腔が異臭を感知する。
獣の匂いだ。しかし、これは臭すぎる!
「う、うわあああああああああああああああああああッ!! 起きろ、起きろぉーーーーーーッッ!!?」
迷うことなく腰から銅鑼を取り出す。
持ち運び用の銅鑼は小さいが音は普通に大きい。
我武者羅に冷静さを欠いた少年が叩いても直ぐに陣地を音が駆け抜ける。
「何だ? 何事だ!?」
「獣だ、臭いからして魔獣か?」
「獣畜生が……やっと終わったと思ったのに!」
音が聞こえると同時に跳ね起き、準備を始める兵士達。
流石は熟練の腕利き達だ。早いものはもうテントから出てきている。
「ごおおおおおおおおおッ!!」
―――だがそれ以上に獣の方が早かった。
短い咆哮と共に体当たり。
まるで象ほどの体躯から繰り出される体当たりはそれだけで驚異的だ。
対ゴブリンや小型の魔獣を想定された柵ではあっさりと破壊され、獣の侵入を許してしまう。
いや、柵の破壊に留まらず、近くのテントを諸共崩していく。
嫌な想像が巡る。
今まで何処か遠くにあってくれと願ったものが近くにある嫌な感覚もする。
「―――ひ。」
ヤバい。怖い。
獣、いや魔獣と目が合った。
ゴブリンは無論、オーガでさえ子供に感じる程の重圧だった。
思わず腰を抜かしそうになる。
アフリカ象程の獅子の胴体、首は二つに分かれ胴体と同じ獅子と山羊の頭。
キマイラかと思ったが肩からは巨人の腕を生やしており、正に異形の怪物だ。
「う、うわっ……!」
「ごああああああああああああああああッッ!!」
獅子が吠え、その巨腕を振るう。
腰が抜けていなかったため何とか後退できたが、力は入りきらず、逃げきれない。
振るわれた腕の衝撃で軽く吹き飛ばされる。
「あだだだだ……。腰が抜けたお陰で逆に距離が取れたな。」
不幸中の幸いだ。
吹き飛ばされた衝撃で体を打ち、痛みがあるが四の五の言っている場合ではない。
強いは強いだろうが軍団長よりは絶対に弱い。
だからここは反対側に逃げよう。時としていない方が良い場合もあるのだ。
「―――おい、最悪だ。
最悪だ。逃げ場が無くなった。
神様や運命はきっと僕が嫌いなのだろう。
一周回って笑えてきたな。
side 軍団長アルカ
「おおおおおおおおッ!!」
魔力も何もないが、業物と手練れの一撃。
空を飛ぶ蜥蜴ならあっさりと落せる。
―――しかし断てない。殺せない。
魔力を帯びていない斬撃でも
なのに奴は落ちてない。
それどころか牙を鳴らし、俺へ襲い掛かって来る。
「軍団長!」
「構うな! お前達は反対側の魔獣を倒せ!」
火竜と大蜥蜴の間に生まれたとされる亜竜。
前脚は翼となっており、指は無い。
尾の先は毒針となっており、蠍の様に巧みに、鞭のように鋭く柔軟な武器である。
そして体内に流れる火竜の因子により炎属性を宿し、フレイムブレスを吐く。
世間一般では十分な脅威だ。
だが、俺は違う。
「悪いな。あんまり時間かけられないんだわ。」
『魔法』は使わない。詠唱も制御も面倒くさいからだ。
使うのは『魔術』。
詠唱は不要。ただ武器に魔力を纏わせ、高速で振るう。
そして其処に俺の意思を乗せるだけで構わない。
「【空翔斬】!」
空を裂きながら刃が飛翔する。
威力ではなく速度重視の魔術。
しかし俺の技量なら
「―――何!?」
しかし、そうはならなかった。
幾つも折り重なった黒い鱗、いや甲殻に弾かれたからだ。
そして
俺を轢き殺すつもりか!
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
「舐めるなッ!」
剣を振るい、
しかし異常な防御力を持つ鱗は傷付かず、地面に叩きのめすだけに留まった。
「……防御力が無駄に突出してやがる。くそっ、何でこんな奴見逃したんだ? それに黒鱗て。いるとしたら緑鱗だろ。」
当然その生態は
棲む環境によって体の鱗は色を変える。つまり保護色だ。
生態系最上位者ではなく、
だがこの『森』においては間違いなく最上位に位置するはずだ。
ゴブリンやオーク、リザードマンは言うに及ばず。
巨人族であるオーガはいたが、オーガ程度なら空の優位性から一方的に獲物として狩ることができる。
だから俺達から隠れているなんてないはずだが……。
「群れからのはぐれにしては随分と活きがいい……。」
肉体的損傷が無くとも衝撃や精神的影響はあるはずなのに恐れることなく
必死に俺を喰らわんと顎をぶつけ、尾を揺らす。
だが動きは緩慢で張り合いがない。
それに駆け引きも引き出しも甘い。
俺が強いのもあるがそれ以上にこの
実際、簡単にカウンターは決まるし、大技も簡単に妨害できる。
「何かとちぐはぐな奴だ、なッ!」
身体を捻り、思い切り剣をぶつける。
何度も何度も同じ部位に攻撃を当てた甲斐があった。
ようやく甲殻に傷がついた。
僅かに欠けた程度だがこの調子なら―――
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
「なッ……もう一匹だと!」
方向と共にもう一体の
完全に黒鱗と闇夜で一体化しており、気付けなかった。
流石に攻撃を回避できずにそのまま大顎で噛み付かれる。
「ぐっ……! 蜥蜴擬きが……!」
脚と腕を使って上手い事、両顎をこじ開ける。
単純な力は俺が上だ。
それに外が駄目なら中から―――!
「うらあッ!!」
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
喉奥を貫くと案の定
内部からの攻撃は想定していないのか、先程までの防御力が嘘みたいだ。
「そして、このまま!」
一回転。無理矢理だがそのまますっ首を落す。
断面はズタズタで冒険者時代なら顔を顰めたが今は兵士だ。
気にすることなく、血を払い、もう一匹を睨みつける。
「グオオオオオオッ!!」
腹に力を込めた。
間違いなくブレスを使う気だ。
幾ら亜竜といっても竜の因子を持っている以上、そのブレスは一線を画す。
通常の兵士なら一撃で黒焦げになるだろう。
だがまあ、所詮は
魔力反応からしても大した範囲は無い。
「―――生憎、太陽の祝福持ち何でね!」
「ゴオオオオオオッッ!!」
魔獣の喉が震え、灼熱が溢れる。
灼熱は唯無作為にばら撒かれるのではなく、一条の線となって俺へ向かって突き進む。
だがさっきも言った通り俺は《太陽神》の『恩寵』持ちだ。
けったいな『魔法』は勿論、炎や光への耐性も兼ね備えている。
なら蜥蜴風情で焼き尽くせるはずがない。
―――炎の中を進む。
きっと、おそらくあの
知識も経験も何もない獣はきっと本能のままに動いている。
人も野獣も魔物も本能的に火は恐れる。
極一部の例外が耐性持ちや武器や道具として扱うということを知らないはずだ。
だから今の俺を見て、さぞかし動揺しているだろう。
「おらぁッ!」
ブレスの波を超え、
だがそれが命取りになる。
下顎に足を、上顎を掴んで固定する。
ビクともしない顎に戸惑う魔獣。顎に集中しているため、身体は動いていない。
「隙だらけだぜ。―――【フレイム・ランス】!!」
喉奥に炎の槍を突き刺す。
幾ら炎属性を宿すといえど、流石に体内を喰い破り、内蔵を焦がされてはどうにもならない。
ぐらりと魔獣が傾く。巻き込まれる訳には行かないのでそのまま手を放す。
支えを失った
「……ま、こんなもんだろ。」
色々気にはなるが、魔獣はまだいる。
丁度反対側だ。これくらい強い個体が複数いるならシオンだけじゃなく、他の兵士たちも心配だ。
「だが、何で魔獣が? これだけの大型なら俺が見落とすなんて……。」
嫌な胸騒ぎがする。
そして冒険者の勘は嫌な時ほど当たるのだ。
△▼△
「今度はキマイラ擬きか……!」
巨人の腕を生やしたキマイラが野営地で暴れている。
幸いにして死人はいないが、どう見てもBランクはある強力な魔獣。
幾ら兵士でもあのレベルに巨体はきついだろう。
しかも従えているのか、寄って来たのか狼の群れまで来ている。
「ごおおおおおおおお……――――――【溶け落ちよ、大地の花】」
「山羊頭はやっぱり賢いな!」
俺を脅威と見なしたのだろう。
山羊の頭が不気味な唸り声を上げるのを止め、呪文を口ずさむ。
あの山羊は唯の山羊ではない。
悪魔族の一種、
だから、知性と知恵を有する。
そしてその才能を利用し、魔獣にしては珍しく『魔術』を使う。
しかもよりによってあの禍々しさからかなりの大魔術を使う気だ。
「【腐れ、腐れ、腐れ―――願うこと三度、呪うこと三度】【我が祈りは箱庭を循環し、偽りの壁を越える】」
「ごおあああああああああああああああああああああああああああ!!」
詠唱が加速し、それにつられて獅子頭が昂る。
その証拠に巨人の腕が唸り、地震を起こしている。
どうやら肉体制御をしているのは獅子頭のようだ。
「悪いがもう疲れたんでな。―――【
法術封じは便利な魔術だ。
難易度こそ高いが、その効果を十全に発揮できた場合の効果は破格だ。
その効果は俺の封印が維持できる間はずっと対象の術を封印できるというもの。
「【越えよ、越えよ、越えよ】【我が意は融解、崩壊、溶解―――即ち死そのもの】【悉く、死に絶えよ】―――【アシッド・スプラッシュ】!」
詠唱が完成し、『魔術』を発動させようとするキマイラ擬き。
まさかの毒魔術とは驚いたが、俺の魔術は既に発動しキマイラ擬きの『魔術』を封じている。
だから魔力は練り上げられず、『魔術』という形に至ることは無い。
「―――ッ!?」
「があ、がああああああああああああ!?」
魔術封じに混乱しているのか山羊頭は無茶苦茶に動き、獅子頭もそれにつられて無茶苦茶になっている。
出鱈目に腕を振り回し、四肢を暴れさせる。
近くにいた狼たちも巻き込まれ、胴体を引きちぎられている。
「……にしても動揺しすぎだろ。」
封印魔術は珍しいが、『魔術』という行為を防がれるのはそう珍しい事ではない。
喉を潰す、魔力を奪う、儀式や詠唱を妨害する、音を殺す……。
『魔術』を封じることはそこまで難しい事ではない。
俺だって封じてきたし、封じられてきた。
『魔術』は強力だが、一つの手段でしかないのだ。
「だが、まあ。好都合だ。」
加速する。
狼の合間を縫って、キマイラ擬き目指して走る。
群れも群れで色々と面倒だが、魔獣でもない野獣なら後回しに出来る。
「まずはそのデカい腕!」
鈍い鉄光を輝かせながら、巨人の腕を斬り裂いた。
―――一本。
巨人の腕が切り離されたことで、大量の血が零れる。
キマイラ擬きは切断の痛みに耐えきれず、悶絶する。
零れていく赤い血はキマイラ擬きの苦しみを表しているようで留めることなく溢れている。
―――そして二本。
もう一度剣を振るえばさっきよりも容易く腕は斬れた。
肘という関節部を斬ったこともあるが、それでも豪快に斬れた。
「【フレイムソード】。」
炎剣の魔術を発動させる。
この剣も良い剣だが、『聖剣』でない以上は長時間持たない。
だがこれだけの巨体を殺すには高威力の『魔術』がいる。
「【フレイムランス】で内臓を焼くのは勘弁だ。一々魔獣の顎と勝負する気もねえ。」
必要があるならするが、普通は安全な場所から一刀両断するのが俺流。
鬱陶しい山羊頭と巨人の腕を無くした以上、胴体を真っ二つにするだけだ。
「―――【デュランダル・フローガ】!」
炎を纏った剣を振るう。
『聖剣』の一振りに匹敵する『武闘魔術』。
ならば一介の魔獣の末路は決まっている。
「「―――――――――――――ぁ。」」
断末魔すら許されない純然たる死、である。
△▼△
魔獣を倒しても夜は終わらない。
倒した魔獣の処理や怪我人の手当て、陣地の立て直し……。
やることは尽きず、眠るにはまだまだ早い。
「しっかし、こう見ると随分デカいな。」
魔獣の解体中にぽつりと呟く俺。
キマイラ擬きは象程あり、二匹の黒い
ただキマイラ擬きは肉質が柔らかいお蔭で解体が楽だが、
「魔術兵も連れてこりゃなぁ……。」
そう自嘲するが悔やんでも仕方が無い。
平原なら兎も角、鬱蒼と木々が生い茂る森では魔術使いのあいつらじゃあ役立たずだ。寧ろ、低い機動力で行軍の脚を引っ張る恐れもある。
「……報告に来たぜ。」
「おう、終わったか。それで、どうだった?」
「重傷者は少ねぇぜ。いても
そう言って手渡された紙には簡潔ながらも死者と行方不明者について記載されていた。
どれも手練れだったが、流石に夜の奇襲ではな……。
悔しく思いながら見ていると、ふと一つの事項に目が留まった。
短く、簡潔に書かれていた。
―――シオン・ハルミヤ。狼との連戦で死亡したものと予想される。遺体の行方は不明。
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