第25話

side 春宮紫苑


死とは終わりだ。

万物―――例え竜や巨人といった最強種族に神という超越存在であっても逃れられない終着点ゴール


詰まるところ生とはその終わりに辿り着くまでに如何に何を積み上げるかということだ。


しかし質の悪いことに何時、僕等が其処に辿り着くのかは誰にも分からない。

生まれて直ぐに迎える者もいる。

いきなり現れたどうしようもない大穴に吸い込まれて、辿り着く者もいる。

長く長く生きて、あらゆる悔いを清算した果てに満足して着く者もいる。


このように死というものは千差万別。

無駄にバリエーション豊かなこの忌まわしきモノから僕等は決して逃げられない。


そう、あの時の僕等のように。


 △▼△


「今夜……僕が死ぬ?」


余りの衝撃発言に呆然としてしまう。

今まで死ぬかもしれない出来事は山のようにある。

しかしこのように直球ストレートで言われたことは初めてだ。

というか寧ろ始めての体験に感心している自分もいるくらいだ。


「はい。残念なことに君の命日は今日になります。私の魔眼でので確実です。自慢じゃないけど結構性能が良いからね、魔眼これ。」


「……で、何で態々余命宣告をしに? 僕が絶望して泣きわめく姿を見たいんですか?」


「いや、違う。さっきも言ったけど、私は君の味方。つまりあのいけ好かない女神の敵さ。だから君に忠告も与えます。」


魔術師はそう言うと、格好を正す。

よく見れば装飾の凄いローブだ。それにきっと生地も良い。

施された魔術加工も僕程度が見て分かるだけでもかなりのものだ。

きっと本来の性能は羽根山が見ても卒倒する位のものだろう。


……威厳と言うべきものを確かにこの時、僕は感じていた。


無意識に僕も襟を正し、正座をしていた。

目上の人の話を聞くに相応しい態度を取っていたのだ。


「さて。と言ってもそんなに難しいことを言いません。簡単なことです。まず一つ目は『絶対に戦うな。如何なる相手でも。如何なる理由があっても背を見せて逃げること』だ。」


「……如何なる相手、理由でも逃げる。」


「そう。例えゴブリンが相手でも、戦友を命の危機にさらすとしても。一応言っておくが余程のこと―――君程度ではどうしようもないことでも起きない限り、君の友人たちはどうにもなりはしないさ。だから真っ直ぐに、全力で、脇目も降らずにね? そうでもしないと。」


まあ、そういうのを求められているからねと軽く魔術師は言う。

なんだか不思議な人だ。

軽いようで重い。想定が甘いようでよく見ている。怪しいが何処か親しみを感じる。

本来なら相反し、持ち合わせないようなものを両立させているのだ。


「次に二つ目だ。『私の存在を私が良いって言うまで誰にも話しちゃ駄目だ』。まあ、態々言い触らすようなことじゃないから大丈夫だと思うケド。」


……まあ、結果次第だな。


正直、下手人の予想はついてきた。

僕の予想通りならどう考えてもどうにもできない。

それならこのままいてもむざむざ殺されるかもしれないし、どうせならだ。


「さて、そして最後だ。『この腕を付けておくこと』。絶対に外しちゃ駄目だぜ。鬱陶しいかもしれないが風呂の時でもつけておくんだ。いいかい?」


そういって手渡される腕輪。

付けてみれば少しサイズには余裕がある。

ぶかぶかという程ではないが油断してれば外れそうになる位には。


「……流石にそろそろ気付かれるな。じゃあ忠告守ってね?」


そう言って男は音もなく消え去った。

僅かに魔力の残滓を感じた。

『魔術』―――それも時空魔術を使った転移だろう。

只者ではないと思ってはいたが相当な凄腕だったみたいだ。


……まあ、何もないと良いな。彼の忠告が杞憂に終わることを祈ろう。


 △▼△


魔術師が消えた後、僕は何事も無かったかのように振る舞った。

調子を見に来た秋崎に何とか許可を貰い、軍団の兵士たちの手伝いをすることに決めた。

幸い、神殿騎士団クルセイダーズは軍団や騎士団の精鋭と共に『森』で残党狩りらしい。

しかし後になってやって来るなら最初から彼等もやれば良いのに。


「確かにそうかもしれないけど、どうなったら貴方。殺されるわよ?」


「……何でお前が此処に? 祐介はいないぞ。」


思わず横を向いて顔を顰める。

そこには真っ白い法衣を着た美少女が僕と同じく針仕事をしていた。


「何でって、暇だからよ。それに貴方、自覚がないのかしら? 神殿騎士団クルセイダーズに目付けられているのよ。一人でいたら殺されるわよ。」


「いや、それは知ってるさ。でもこんな白昼堂々斬りかかるか? 兵士や騎士、結構いるんだぜ。」


「呆れた。此処は異世界なのよ? 倫理観も常識も私達の尺度で計ったら失敗するわよ。教団と四六時中関わってる私が言うのよ。間違いないわ。」


すらすらと針と糸を使いながら僕に答えていく秋崎。


しかし成程。彼女の台詞は確かにそうだ。

異世界なら僕の常識が通じなくても不思議じゃない。

襲い掛かるなら夜だというのは少し軽率だっただろう。


「そーいえば『聖女候補』だっけ。なら『勇者』とかもあるのか?」


「……一応あるわ。とは言っても『聖女』も『勇者』の両方、定義はあやふやなんだけどね。」


秋崎曰く。


まず『聖女』も『勇者』も唯の称号だった。

特別な意味は無く、何か功績のあった死者に送る名誉であった。

それはやがて生者にも適用されるようになった。

特にここ数百年では低下しつつある教団の影響力を抑えるために強力な象徴シンボルとして『聖女』を任命するようになったそうだ。


一方で『勇者』は二つに分裂することになった。

『神殿勇者』と『英傑勇者』である。

功績やその強さから『聖女』と同じく象徴シンボルとしての栄光を与えられた『神殿勇者』。

神殿や国家からの誉は無くとも、民草の間でその武勇を語られる最上位の『英雄』の証明である『英傑勇者』。


「つまりは私はこんな訳の分からない世界で! それもあの白豚共のために! あくせく働かなきゃいけないのよ!」


「……急にスイッチを入れるな、ヤンデレ女。それにお前はあくまで一候補だろうに。まだ決まった訳じゃないんだろう?」


「もうほとんど決まったようなものよ。知識や経験は無くとも素養は私の方が圧倒的に上。それを含めても後数か月もあれば私が上に行くわ。幾ら象徴シンボルと言ってもこの世界、実力は必須だもの。」


「全く……じゃあ何でそんな面倒に首を突っ込んだんだ?」


まあ、予想はつく。

どうせ祐介絡みだろう。

そうでもなければこの女は動かない。

同類……いや同族だから何となく分かる。


「貴方の予想通りよ。でもまあ、詳しく知る必要はないわ。それだけ今の私達は面倒くさいことになってる、それだけでいいわ。」


「……そっか。」


遠い目をする秋崎。

何か力になりたいとは思う。同族嫌悪がある相手だが、友人である。

しかし今の僕には何もできない。

自力だけでは自分の身を守ることすら出来ていない。

それを思って自分自身に歯噛みするしかなかった。


 ▼△▼


夜になる前に精鋭は帰って来た。

どうやら相当数を討伐したらしく、疲れは勿論、仕留めた獲物の返り血も凄かった。

しかも腹の空き具合も凄まじく、大なべが直ぐに空になった。


「それで、どうでした?」


食事が終わり、一休みしている団長に話しかける。

どうせ何事も無かったことは察しているが、それでも何があったか気になるのが人情というものだ。


「まあ、特に何も無かったぜ。大物は『迷宮ダンジョン』内部で全滅させたが連中どうやら無作為に増やし過ぎたみたく、雑兵をかなり放出してたからな。わらわら溢れてくるゴブリンには参ったもんだぜ。」


「うへえ……想像しただけでも気分悪いですね……。」


団長の言葉で『森』の中を想像し、辟易する。

緑あふれた木々の中を蠢く緑色の小鬼の群れ。

気分が悪くなるなんてものではない。


正直、魔物では最下位に位置するゴブリンだがああも数をそろえると立派な災害だ。

もう二度と関わり合いにはなりたくない。

逃げれるなら次から逃げるとしよう。


「まあ、少し想定外があったが明日には王都へ帰還できる。だけど神殿騎士団クルセイダーズには気を付けろよ。連中、明らかに何か狙ってやがる。」


……頼むから色々と杞憂であって欲しいものだ。本当に。

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