第24話
side 春宮紫苑
目覚めた時は拠点のテントの中だった。
白い布で覆われた四角の空間は清潔感で溢れており、見る者を安心させる……はずなのだが健康優良児である自分がこんな場所にいるというのはどうも居心地が良くない。
『
ダンジョン最深部、つまりゴブリンやオーク、果てはオーガが跳梁跋扈する恐ろしい空間でこんな弱っちい僕が生きていけるはずがない。
「……まだ、そんな事言ってるんだな。確かに俺達も初めて見た時はびっくりしたけどさ。でも紫苑が『ダンジョンマスター』を倒して、果てはAランク越えの
「羽根山が喜びそうな話題だな。でも残念なことに僕は僕のままだ。君みたいに強くはないよ、祐介。」
見舞いにやって来た祐介。
彼の口から聞かされる真実はどうにも真実味がない。
自己評価が低いとかそういうものではない。余りにも現実性がなく、誰が効いても嘘八百と断じられるだろう。
「というか、一体僕は何時まで寝てればいいんだ? ほら、身体はこの通り動くぞ。何なら今までで一番体調がいい気がするし。」
そうやって立ち上がり、軽く飛び跳ねて見せる。
その動きはきっと今までにない程軽快であることだろう。
外見に変化はないが、身体能力は確実に上昇しているのが分かった。
きっと今なら大剣や戦斧といった重武器も軽々と扱えるだろう。
それに体内魔力の調子もいい。
というか魔力量が増えた気がする。
使える魔術のレパートリーはまだまだだがこんなに良い事尽くめだと何だかやる気が溢れてくるものだ。
「確かに俺もそう思うけど、一応こころが安静にしとけってさ。凄いぞ、こころ。今じゃそこら辺の医者や治癒術師が裸足で逃げる程の腕前だぜ。」
「『聖女候補』は伊達じゃないってことだな。」
その後、少しだけ祐介と会話に花を咲かせていたが流石にこれ以上は不味いと長い時間は取れなかった。
△▼△
祐介が出ていった後は腹筋や背筋、腕立て伏せなどのトレーニングをすることにした。
暇を持て余しているのはそうだし、何かできることがあるならしておきたかった。
そうやって軽く体を動かしていると何やら外が騒がしい。
今はまだ真昼間。
酒を飲み始める夜なら兎も角、こんな時間に騒がしいのは珍しい。
騎士と兵士が喧嘩でもしているのかと少し外を覗いて見ることにした。
「……まあ、喧嘩にしては穏やかだけど、さ……。」
硬直。そして後悔。
少し開けたテントを直ぐに閉じて寝袋に隠れる。
「……あの旗に恰好、どう考えてもアテナ教団の
しかも最悪なことにかなりの腕利きがいる。
それも二人。
まるで蛇みたいな男と貴公子然とした美男子。
かなり距離が離れていたはずだが、目が合った。
偶然でも何でもなく、あの視線からは意思と害意を感じた。
自慢じゃないが人を見る目だとか、ヤバい奴を見分ける力はある。
そんな僕から見て確実に分かる。
―――あいつ等はヤバい。
最近忘れていた自分の立場を明確に思い出させてくれる。
宗教的権威の強いこの世界にて圧倒的『悪』の立ち位置に立っているのが僕だ。
〈天界の神々の呪詛〉。
一体どんな理由で、経緯で与えられたかは分からないこの何かは僕の社会的地位をどん底まで突き落としてくれたのだ。
幸い、理解のある人たちのお蔭でここまで生きて来れたけど……。
「―――いやあ、成程。今回の召喚は大当たりだったみたいだね。」
ふと、声が聞こえた。
誰も、僕以外いないはずの空間で。
驚いて寝袋から飛び出ると入口から最も遠い場所に佇んでいる誰かがいた。
(おいおい、どういうことだ!? 音も気配も何もなかったぞ!)
自慢できる程じゃないが、戦いに身を置くようになってから警戒心やその能力は少しは持っている。
だからこんなあからさまな侵入を許すなんてあり得ない。
……近くに武器は無い。取っ組み合って押さえるか?
裾の長いゆったりとしたローブ。そしてフードを深く顔は見えない。
姿格好からして魔術師だろう。
中距離なら兎も角、近距離での白兵戦にはこちら側に優位がある……はずだ。
「ははは、君、結構血気盛んだね。いやぁ、若さっていいねえ。羨ましいよ。―――でも、外見だけで相手を判断するの良くないぜ?」
男はそう言った。
そしてその手には一つの宝石が握られていた。
大きさは小ぶりで研磨もされていないほぼ石ではあったが。
それでも僕の警鐘は鳴っている。
あの石からどうしようもない脅威を感じている。
「これは魔宝石と言ってね。天然の魔力とそれに由来する属性を持つ超貴重品さ。希少さは勿論だけど、魔術刻印と相性が良くてね。特にその属性に適合する魔術の効果は絶大さ。……まあ、基本使い捨てになっちゃうんだけどね。とまあこんな感じに魔術師とか魔術使いって呼ばれる連中は何かしら隠し持ってるものだ。だから外見だけ見て勇み足になるのは駄目だぜ?」
魔術師はそう言って肩を竦めると、僕を真っ直ぐに見つめた。
視線は分からない。素顔も表情も分からない。
でも僕を見ている。
正直何が何だか分からない。
いきなり現れたかと思うと物の自慢を始め、忠告を与えてきた。
文字にすればその訳の分からなさは更に加速していく。
「……あー、まあそんな感じになるよなァ。ミスったなぁ……。」
(……? 何言ってるんだ?)
声が小さくぶつぶつ言うんじゃ何も分からない。
どうしたものかと腰を低く落とす。
正直、あの魔宝石は使わない。いや、使えないと思う。
だって此処に来るまで誰にも気づかれるのが普通だ。
それに態々こんな場所まで気づかれずに来たんだ。
僕以外の誰かに気付かれたくないはずだ。
それなら騒動を起こすようなことは嫌がるだろう。
「私が言うのもなんだが……少し落ち着いてはくれないか? この通り敵意は無い。寧ろ、君の味方だよ。」
「悪いが、昔から不審者と関わるなって教えられていてね。それに脅しで物騒な物取り出す奴、信用できるわけないだろ。」
腰を落とし、身体を前に傾ける。
脚に力を込める。何時でも己を砲弾とできるように。
腕を構える。まるでレスラーみたいだ。
だが、高速タックルで相手を崩して抑える。まんまやることはレスリングだな。
「あー! 分かった、分かった! 直ぐに出ていくから、そんなに物騒なのは止めてくれ! その証拠に今から君に予言を授ける……というかそれが目的だったんだよ!」
「……予言? 未来視の魔術か?」
さて、どうしたものか。
ファンタジーな言葉に心惹かれて思わず動きを止めてしまった。
正直、とっ捕まえるのが正しいだろう。
予言と言っても必ずしも僕の栄達に繋がる訳では無い。
というかよく羽根山が言っていた。この手の予言は大抵ロクでないと。
神話伝承によるオカルト知識だが、こんなオカルトで溢れたファンタジー世界だ。
羽根山の言った通り聞かない方が良いだろうか。
「よぅし、止まったな? じゃあ伝えるぞ? いいかい? 驚くなかれ、君は今晩―――死ぬ。」
「は?」
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