第23話

人魔デーモンを召喚し終えた小鬼の王ゴブリンキングだがまだ気を抜くわけにはいかなかった。

目の前にいる人魔デーモンを従え、侵入者を皆殺しにしなければならないのだ。


「ソウダ、私ガオ前ノ召喚主マスターダ。私ニ召喚サレタ以上、私ノ命令ニ従ッテ貰ウゾ。」


「ふん、お前のようなゴブリンに大人魔アークデーモンたる私が何故従わねばならぬ。しかもよく見ればあの精霊の守護者スプリガン擬き、唯の人間ではないか。『魔界』の貴族たる私が何故相手どらねばならんのだ。お前がやれ、ゴブリン。」


その台詞に小鬼の王ゴブリンキングが顔を顰める。

しかも彼の台詞に出て来た『魔界の貴族』。それを聞き逃すことも無かった。

神族や悪魔族が住まう『魔界』。魔族や魔物が文明を築く魔大陸よりもその力は凄まじい場所だ。

そして貴族ということは支配者階級だ。

魔族や魔物の強さは同時に社会的地位に直結する。統率個体などの例外を除けば強ければ強い程、社会的身分は高くなる傾向にあるのだ。


つまりあの人魔デーモンはこの世界どころか上位世界である『魔界』においても上から数えた方が速い程の実力者なのだ。

ならば当然プライドは高く、キングとはいえ下級生物である小鬼の王ゴブリンキングの命令など聞きはしないだろう。


「―――ダガ、無駄ダ。私ガ『ダンジョンマスター』デオ前ハ『迷宮ダンジョン』ニ召喚サレタ生物。私ノ命令ハ拒否デキン。改メテ命ジル。人魔デーモンヨ、アノ人間ヲ殺セ。」


人魔デーモンに命じる小鬼の王ゴブリンキング

人魔デーモンはその命令を無視しようとするが、身体が勝手に反応する。


「む……これは……!? 何故俺様がゴブリン如きに隷属している!? ええい、『迷宮ダンジョン』の支配力がこれほどとは!」


忌々しそうにそう吐き捨てると人魔デーモンは亜空から一振りの大戦斧を取り出す。

到底片手では振り回せそうにない程巨大で、その刃は凶悪だった。

更に魔道具マジックアイテムなのか魔力を宿している。


「俺様はお前達下賤とは違い、忙しいのでな。この一振りを有難く受け取るがいい。」


無造作に、されど確実な殺意を持って振るわれる大戦斧。

巨人族であるオーガよりも早く、そして強い。

人間族相手では間違いなく過剰威力オーバーキル

肉体はおろかその魂まで砕かれることだろう。


しかし、それは相手が純粋な人間であった時の話である。


「―――流石に上位悪魔族ランカーデヴィルは予想外だよ。」


少女の声がした。

しかしそれを発しているのは少年の肉体だ。声変りを果たした男子から発せることができないソプラノであった。

いや、異常なのはそれだけじゃない。

人魔デーモンが振るった大戦斧は軽々と少年の腕に受け止められていたのだ。


慌てて人魔デーモンが大戦斧を引き戻そうとしたが、矢張りビクともしない。

小鬼の王ゴブリンキング人魔デーモンも状況を何一つ理解できていない。

いや、確かなことは一つだけあった。


―――今、此処に再び魔素嵐が吹き荒れているということだ。


 △▼△


人魔デーモンの時とは違い、魔素嵐は非常に静かなものだった。

しかし感じられる魔力の質は圧倒的に今回の方が上であった。

二体がその異様な状況に動けずにいると少年を中心とした魔素嵐はゆっくりと収束していく。


やがてあれだけの膨大な魔力はどこへやら。残っていたのは可愛らしい少女が一人、ポツンと残されていた。

顔つきはここらでは見ないものだった。

彼等には知る由も無かったが、天大陸東側に住まう民族と同じような特徴をしている。


「流石に魔界の伯爵に紫苑をぶつける訳には行かないからね。今からボクが相手をしてあげるよ。」


「……舐めるなよ、クソガキがぁッ!!」


強気な語気と共に襲い掛かる人魔デーモン

しかしその語気とは裏腹にその心中は冷え切っていた。

人魔デーモンは恐怖していたからだ。


同じ精神生命体エネルギークリーチャー同士であることから己と相手の力量差を如実に知っているからだ。

先程前の尊大な態度は何処へやら。初陣を前にした平兵士のように遮二無二となっていたのだ。


「効かないよ。」


しかし人魔デーモンの攻撃は少女の肌にすら届かない。

単純な物理防御が凄まじい上に展開されている魔力障壁が合わさり正に絶対防御というべき防御力となっているからだ。


「ぐう……っ!? だが、刃に触れたなァ!」


通常攻撃で傷つけることはできなかったが、この大戦斧は魔道具マジックアイテムだ。何らかの『異能』や『魔術』が刻まれた神秘の武器である。

なので当然、この大戦斧にも通常の武器にはない特殊能力が宿されている。


人魔デーモンの言葉から察するに刃が能力の肝のようだ。

実際、ただでさえ禍々しかった刃が更にその禍々しさを開放させ―――


「えい。」


―――ることは無かった。


大業物と分類されるであろう稀代の魔斧は少女の軽い声と共に砕かれたからだ。

自分の武器に自信があったのだろう人魔デーモンはその自慢の武器を失い呆然としている。

そしてそれを後ろで見ていた小鬼の王ゴブリンキングも同様だった。

まさか魔界の貴族を遥かに凌ぐ怪物が現れるとは思ってもおらず、へなへなと腰を落している。


「あら、もう終わりなの? ―――じゃあ、次はボクの番だね。」


呆然として動けない魔族達を前に少女は無邪気に宣告する。

絶望的なまでの死刑宣告を。


「何だ、何を―――ぎゃああああああああああああああああああああああ!!?」


「待テ、待テ! 何故ココマデ届ク!?」


翳された右手。

その掌からは一つの火種が生まれる。

しかし唯の火種ではなく、漆黒で光さえ飲み込まんほどの闇を内包していた。

黒炎は直ぐに膨張し、人魔デーモンを飲み込んだ。

更にそれでも足りないのか後ろにいる小鬼の王ゴブリンキングにまで手を伸ばし、その勢いで飲み込んでいく。


呆気ない終幕。

あれだけの力を見せた二体の怪物は、たった一柱の大精霊によって誰にも知られることなく、誰かが知る由もなく、ひっそりと始末されたのだった。


 ▼△▼


「……ふう、初めて使うけどこの『権能』。凄く使いずらいや。紫苑なら兎も角、祐介と遊ぶのには使えないかな?」


「あ、ヤバ。骨と老害が感づいた。……もう、もっと遊びたかったのに。まあ、紫苑の改造は済んだし、この調子なら次の機会には会えそうだから、ここは我慢しないと。うー……でも会いたいなー……。」


「だけど! 一人前の淑女レディは我慢してこそ……。あのアバズレぶりっ子と違ってボクは弁える女の子だからね。」


「じゃあ、紫苑? 聞こえてないと思うけど、ちゃんと心に刻んでね? うっかり死んだり、大怪我しちゃ駄目だよ? 君を甚振るのも、殺すのも、していいのはボクだけなんだから。」


そうして精霊が消える。

それと同時に少女は本来の形―――春宮紫苑と呼ばれる少年に戻っていった。

あれだけの戦闘をしたというのに彼の身体には傷一つ、ついてはいなかった。

そしてその体には確かに、少女の残した何かが宿っている。

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