第22話

ぐしゃぐしゃに潰れた死体が迷宮に転がっている。

オーガの剛力と鋼鉄の戦棍メイスが合わさって起こったこの光景は特に特異なものという訳ではなく、ごくありふれたものだ。


しかし、どういう訳かこの『迷宮ダンジョン』の支配者―――『ダンジョンマスター』である小鬼の王ゴブリンキングはその死体に意識を引っ張られていた。


(……マア、ゴブリンノ餌ニスレバイイカ。)


流石にバラバラにされ、腸に納められればどうにもできないだろうとゴブリンに命じて、食べさせる。

その命令に腹を空かせていたゴブリンは大喜びで最早挽肉となってしまった亡骸へ群がっていく。


その様子を見て、小鬼の王ゴブリンキングは複雑そうな表情で見ていた。

自身の心配事が消えていく歓喜ととても知性を感じられぬゴブリンへの軽蔑。

この二つの感情を宿していた。


(マルデケモノ……いやケダモノダナ。)


彼は目を閉じ、過去を懐古する。


彼は魔大陸出身である。

天大陸に住まう魔物とは違い、文明を築き、知性を育んだ『魔族』であった。

天大陸に住まう人類種族とほぼ同等の文明や技術力を有する程の国の出身であった。


だからこそ、彼等はこの大陸で知性と文明を失った同族を見るたび、どうしようもない腹正しさを感じる。

このようなものがどうして自分と同族なのかという怒りだ。


(マア、我ガ故郷ト違イ良クモ悪クモ純粋ナノハ救イダナ……。)


「シカシ、人一人喰ウノニ幾ラ時間ヲカケル、ン……ダ?」


思わず、動きが止まった。


立ち上がっている。

真っ赤に染まり、来ている衣服や防具はボロボロで目が虚ろで立っている。

いや、衣服と防具だけではない。肉体もだ。引き千切れ、ズタズタにされ、粉々にされながら立っている。

死したはずの、殺されたはずの人間が、立っている。


更に可笑しいのがその周囲。

大量のゴブリンが殺されている。

肉を裂かれ、血を零して死んでいる。

そしてそれは剣によるものではない。


―――素手だ。唯の拳で皆殺しにしたのだ。


何故なら彼が使っていた長剣ロングソードは粉々に砕かれていたからだ。

何故ならその両手は皆殺しにした生物の血肉がこびり付いていたからだ。


「蘇ッタ? ―――イヤ、違ウナ。オ前ハソンナ魔道具マジックアイテムニ能力モ持ッテイナカッタ。」


ならばお前は何だ?

そんな問いを含めた視線を投げかけるも当然返って来ることは無い。

当然だ。ずっと俯いて言葉一つ発さないのだから。


「行ケ、殺セ!」


その場に残ったオークとオーガをけしかける。

高い防御力と攻撃力。更に小鬼の王ゴブリンキングの『特性』で強化され更なる高みへ至らせる。


「ぐおおおおおおおおおお――――――おおおおおおおおおおおおおおおお!!?」


しかし、その膂力は一切意味を為すことは無かった。

人間にオーガの手首を掴まれ、その動きを止められたからだ。

しかも万力のような力を加えられているのかオーガが苦悶の叫びを上げる。


しかし、人間はまるで何の興味も無いのかオーガの手首を引きちぎりながら―――ぶん投げた。

一歩遅れた位置にいるオークたちも当然巻き込まれ、諸共ブッ飛ばされる。


一拍遅れて響く、音。

そして同時に生まれる土埃。


間一髪で避けられた小鬼の王ゴブリンキング

しかし、肝心の戦力は失い残ったのは彼だけだった。

虎の子ともいえる精鋭戦力は全て上層にて侵入者の排除に向かわせた。

故に残っているのは自分一人。

その事実に気が付いた王は思わず歯嚙みする。


彼は臆病だ。

だからこそ冷静に戦況を判断し、確実性のある手段を選んで来た。

しかし、目の前の存在が余りにも脆弱で、普段は表出しない傲慢さが出た。

そのせいで自分が死にそうなっているのだから笑えない。


(距離ハ……三十メートル程。詠唱ハ間ニ合ウカ……。)


「【荒レ狂エ、地底ノ王子】【火山ノ御子タル御身ヘ捧グ、コノ奏上】」


超短文まで詠唱を圧縮しながら魔力を操る。

魔力に属性が宿る。

破壊との親和性が高い炎属性は詠唱の段階でも熱を漏らし、制御を怠れば己をも喰い破らんほどだ。


「【怒ラレヨ、ソシテ滾ラレヨ】【ソノ波動ト熱気ヲ帯ビ、大地ヘソノ威ヲ振リカザサレヨ】―――【フレイム・バースト】!!」


荒れ狂う炎の奔流が少年目掛けて駆け抜ける。

範囲を捨て、威力だけに特化させた魔術。

指輪に刻まれたものと違い、速攻性はないが比較できない威力を持つ。


―――しかし、少年らしき者は無造作に振るった腕でそれを掻き消して見せた。


「ナ、真カ!? オーガデモ焼キ殺ス魔術ダゾ!?」


動揺する小鬼の王ゴブリンキング

しかしここで死ぬわけにはいかない彼。

ならばと動揺を押し殺し、再び詠唱を始める。


「【立チ上ガレ、大地ノ奴隷】―――【クリエイト・ゴーレム】!」


床の土が粘り気を持ち、人型を取る。

魔導生物ゴーレムを生み出したのだ。

しかし『核』を持たない急造品のゴーレムは力が弱く、頼りない。

小鬼の王ゴブリンキングの『特性』による強化を持ってもその頼りなさに変化はない。


無造作に振るわれる敵の腕。

当然の帰結と言わんばかりにゴーレムは破砕されていく。

バラバラに壊され、地面に転がるゴーレムの残骸。

しかし、少年は先に進めなかった。


ゴーレムの『核』とは動力源、つまり人間でいう心臓のようなもの。

つまり生物としての弱点をこのゴーレム達は持っていない。

与えられた魔力を失えばすぐさま土くれに帰るが、言い換えば魔力が尽きるその瞬間まで活動することができる。


地面の土を吸収し再び立ち上がるゴーレム達。

そしてそれを破壊する少年。

どうやら今の少年は目の前のことに突っかかる質のようで小鬼の王ゴブリンキングを追わずに足止めされている。


その間に小鬼の王ゴブリンキングは自身の『ダンジョンマスター』としての全力を用いて最後の召喚を行おうとしていた。

迷宮に蓄えていた力と自身の全霊を用いて強力な生命体を呼び、侵入者を排除せんとしようしているのだ。

余りにも強大な僕は己の手に余り、自身の破滅に繋がると知っていたが此処に来れば関係ない。

小鬼の王ゴブリンキングは今までで見たこともないとてつもない存在を召喚しようとしていた。


「来イ……来イ、最強ノ守護者ヨ!!」


突如、小鬼の王ゴブリンキングに稲妻が走る。

何かを引き当てた感覚だ。そして今までにない感覚でもある。

その感覚を維持しつつ、自身の繋がった糸を手繰り寄せる。


―――そして禍々しいまでの魔力が吹き荒れる。


思わずその波動だけで吹き飛ばされてしまいそうな程の魔素嵐だった。

しかし倒れてなるものかと踏ん張り、召喚の意思を強める。

やがて魔素嵐は終息し、一つの人型を取り始める。

そして周囲に転がっていた屍が消えていく。


「オオ……! コレハ……!」


今までにない現象に小鬼の王ゴブリンキングが歓喜の声を漏らす。

見たことは無いが知識では知っていた。

この世の最強生命体―――精神生命体エネルギークリーチャーを。


神族や天使族、悪魔族そして精霊族と呼ばれる彼等は物質的な肉体を持たず魂だけの存在だ。

故に魔力で仮初の肉体を作り上げるが、魔素濃度が低い物質世界では凄まじいまでの消耗をしてしまう。更に肉体が無ければ物理的な干渉も困難だ。そのため現界時には周囲にある物質を用いて受肉し、物質体マテリアルボディーを作り上げる必要があるのだ。

物質体マテリアルボディーは魔力の肉体と異なり、常に魔力消費を強いられることは無い。だから現界した精神生命体エネルギークリーチャー物質体マテリアルボディーを用意することが急務となるのだ。

そして周囲の屍が消えたのは間違いなく物質体マテリアルボディーを作成している証拠であった。


嵐が収まり、静寂が訪れる。

荒れ狂う魔力の波動は鳴りを潜めたが、その代わりに魔素嵐以上に凄まじい男が聳え立っていた。

一瞬人間かと見紛ったが、頭に生えている角と背から生やしている翼。極めつけは隠す気のない凄まじいまでの魔力。


間違いなかった。

悪魔族に分類される大魔族―――人魔デーモンであった。

それも人類が定める危険度、その上位であるAランクに評価される程の存在。

正に厄災がこの世に降り立ったのだ。


「ほう、お前がこの身の程を弁えず俺様を呼びつけた無礼者マスターか。まさかゴブリンだとはな。状況を見るに……あの精霊の守護者スプリガン擬きを破壊すればいいのか?」


そう言って災厄は少年をその瞳に映す。

ゴーレムを完膚なきまでに破壊した少年は、光の灯っていない目で人魔デーモンを見つめていた。

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