第20話
side 春宮紫苑
自分の持っている物を確認する。
腰に佩いている
そして防具だが、急所を守っているだけの軽鎧だ。
盾も無い今、防御力を信じることはできない。
回復薬はあのクソ不味いやつだ。三つしかないが効果は抜群だからあまり気にしなくていいかもしれない。
そして次に魔術だ。
元素魔術……使いたくない。厳密に言えば戦闘中には使えるレベルではない。
幻影魔術……使えない。
結界魔術……使えない。
時空魔術……使える訳がない。
支援魔術……身体強化系を短時間、低効果ならば短文でいける。並行詠唱は無理。
死霊魔術……使えない。
召喚魔術……無理。使える気がしない。
錬金魔術……使えない。
武闘魔術……何かが足りない。後一歩あれば三つくらい使えそう。でも今は使えない。
生活魔術……粗方使えるが戦闘ではあまり意味がない。
こう思い返すと吃驚する位弱いな僕。
自分なりに頑張っているが此処までできないの連続だと見下されるのは仕方ないのかもしれないな。
「……! 来たか。」
通路の曲がり角に隠れていると、向こうから魔物の足音が聞こえる。
具体的な数は分からない。
だが、大体の数は把握した。
よし、充分だ。
僕に右手の先には一つの魔力塊がある。
既に詠唱を終え、属性と力を宿した魔術の種がある。
最後の一節―――魔術名を唱えるだけで世界を改編する一撃を放つことができる。
「【
曲がり角から姿を現し、魔術を放つ。
僕の予想通り前には数体の魔物がいた。
しかしそれらは僕の生み出した泥に飲み込まれていく。
本来は拘束に用いる魔術だが、大量の魔力を込めれば泥の波として圧殺または窒息させられる魔術だ。
僕の得意属性が土と水のお蔭で得意な魔術だ。
泥に埋もれているのはゴブリン。
武装しているが、泥に飲み込まれ動けずにいる。
しかし、窒息はしていない。
魔力を操り、魔術を維持する。
そして三分程くらい経った頃か。
ようやく泥の中の動きが消えた。
ゴブリン達は死んでいた。
念のために首へ剣を落し、両断しておいた。
首がごとりという音を立てて地面に転がる。
こんな風にはなりたくないなと思いながら僕は上層目指して動き始める。
―――その時だった。
「―――侵入者メ、寄リニモヨッテ人間カ。」
△▼△
襤褸を纏った、でも何処か気品のある一体のゴブリンが現れた。
額からは一本の角を生やし、手には魔力を放つ王杖―――魔杖が握られている。
そして他の魔物と異なるのが言葉を話すということ。
異質、余りにも異質すぎる眼前の存在。
考えるまでもなく直感で理解した。
コイツが、この『
『
それが『
「つまり、お前を殺せば万事解決するって訳か……!」
「血気盛ンナ奴ダ。……ハッキリ言ッテ気ニ喰ワン。」
僕が剣を構えた瞬間、ゴブリンが魔杖を僕へ向ける。
……何か分からないが、アレは不味いッ!
狭い通路だから横には飛べない。
だから思い切り逃走する。逃走先はさっきの曲がり角。
ギリギリ間一髪で曲がり角の先に逃げることができた。
本当に本当の間一髪。
だって、僕が曲がった瞬間に凄まじい炎の奔流が走ったのだから。
思わぬ光景に息を飲む僕へ悠然と歩み寄るのは一体のゴブリン。
奴はゴブリンらしからぬ態度でこちらを睨みつけ、言った。
王のように、あるいは絶対的な独裁者のように言った。
「死ネ、人間。」
再び奴が杖を構える。
てっきり『魔術』の補佐や強化をする魔杖かと思ったが、詠唱も無しに飛んできた辺り『魔術陣』が刻まれた『
背後には逃げられない。
逃げた所で追ってくる炎と遭遇する魔物の挟み撃ちになる。
じゃあどうすれば良い?
―――決まっている、前進だ。前に進むのだ。
奴の発動速度を越えて、
そう結論付けた瞬間、僕は爆ぜるように駆けた。
なけなしの魔力を捻り出し、剣に帯びさせる。
全身の血液が沸騰し、自身の体ではない異物が自身の体として一体化していく感覚。
幾度とない模擬戦で感じ、受けていた感覚だ。
「はああああああああッ!!」
「―――グウッ……!?」
淡い光を帯びた一撃は確かに杖を叩き落とし、発動を防ぐことができた。
だけど、纏った魔力は維持できず霧散する。
でも生き物の頭蓋骨を破壊するのには問題ない。
そのままコイツの頭蓋骨ブチ破って―――
「―――って、うおおおおおっ!?」
体のバランスを崩し、倒れかける。
何とか踏ん張って踏みとどまるが距離を取られ、叩き落した『
「お前……足払いか。魔術使いじゃねえのかよ。」
「フン、コレデモ数多ノ艱難辛苦ニ遭ッテ来タ。体術ノ一ツヤ二ツ会得シテイル。」
成程、厄介なことで。
小柄な体躯でこなれた体術。
ゴブリン由来のすばしこさも合わせて非常に厄介だ。
そんな僕の内情なぞ知ったことのない敵は先端を抉られた杖を構えなおし、は言った。
「サテ、仕切リ直シダ。」
仕切り直しというが相手方は先の行動への対策を練っているだろう。
多分、もう杖を叩き落せない。
ならば斬り裂くしかないが、生憎僕には難しい。
一度、触れてみて分かった木製の癖にかなりの強度がある。
魔力を帯びた斬撃を受けて少しの傷しかない当たり相当な希少素材を用いているのだろう。
【パワースラッシュ】や【パワーウェイブ】を使えれば叩き切れるとは思うけど……。
いっそのこと生活魔術の簡易研磨を使って……駄目だ。碌に使っていない武器を研磨しても意味がない。
(やるか……? なけなしの魔力を使って……使えもしない、使えるかも分からないものに命を託すのか……?)
流石に逡巡する。
しかし、手段はそれだけしかないのなら。
「流石にまだ死にたくはない、な。」
だから、やるしかない。
△▼△
一瞬の思考。
そして、一瞬の判断。
再び、爆ぜるように駆ける。
異世界へ召喚された僕の身体能力や五感を始めとした感覚は最早比較できない程に叩き上げられ、凄まじい加速を僕へ許す。
速かった。
自分でもこんな速度を出せるのかと感心してしまう位には、速かった。
体内から魔力を引き出し、剣へ纏わせる。
そしてこの魔力を霧散させないように必死に縫い付ける。
再び接近した僕に見えた光景は呆れた視線で僕を見下すゴブリンの面だった。
不細工で不格好な顔は僕より小さいくせに僕を見下ろすような目で僕を見ていた。
きっと確信があるんだろう。
さっきと同じことをされても、さっき以上に上手く返す自身があるんだろう。
だから、僕が今からすることが成功すれば、コイツはどんな顔をするんだろうというクソガキじみた思考が過る。
自慢の杖を叩き折られ、自分の予測と違う行動をする弱者……うん、凄く悔しくてムカつくだろう。
その光景がありありと脳内に放映される。
―――その瞬間、僕の何かがカチリと嵌った気がした。
「【パワースラッシュ】!」
今までイタイだけの行動が意味を成した。
剣に纏った『魔力』に僕の意思が乗って、『魔術』へ変貌する。
通常の物理現象は超常現象に身を変え、凄まじい威力へと成る。
現に先程の斬撃では大した傷を付けられなかった杖が真っ二つに切断されている。
動揺するゴブリンは思わず動きを止め、いいサンドバックだ。
少し前までなら躊躇ったかもしれない。
でも今は躊躇わない。
「【パワースラッシュ】!!」
再び放たれる魔術。
武闘魔術であるがゆえに行動と魔術名のみで発動できる。
発動速度は他の『言霊魔術』を凌駕し、結界や障壁の展開を許さない。
振り下ろされた剣は確かに届き、ゴブリンを袈裟に斬り裂く。
表面の肉だけじゃない。
中の臓物と背骨も叩き切った感覚だ。
確実に絶命している。
その証拠に二つに分かたれた身体がバラバラに地面に落ちた。
落ちた身体は血を零し、赤く地面を染めている。
『
僕が倒したのだ。
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