第16話
side 春宮紫苑
『緑の森』がもう目の前だ、という所でキャンプをすることになった。
前回と違い、大人数での進攻ということもあり、道具袋といった
因みに言語理解の力を持つ
「出来ましたよ。」
鍋をかき回しながら、兵士達を呼ぶ。
中身は野草や干し肉が入っているスープだ。
ここに牛乳や山羊乳を入れれば旨いシチューにできるのだが生憎此処は野外。
それは諦めるしかなかった。
最近は未熟ながらも軍団の一員と認められており、こうやって食事の作業なんかも手伝うことになっている。
毒を盛るような奴ではないと最低限の信用は勝ち得たと言ってもいいかもしれない。
「おお、出来たか。何を作っても普通に旨そうだな。」
「今日の飯当番はシオンか。……ああ、やっぱり普通に旨い。」
「ああ確かにな。でも―――」
「「「―――反応に困る味だな。」」」
「確かにそうだ! 旨いんだが……なんかこう、なあ?」
しばき倒すぞ、
確かによく言われるが態々作っているのに、それもお前達みたいなむさ苦しいオッサン共に言われると余計に腹が立つ。
拳の一発や二発くらい叩き込んでやりたかったが、今の僕じゃあ逆に拳が砕けてしまう。だから歯をギリギリさせながら引き下がるしかないのだ。
△▼△
食事が終わり、後片付けを行う。
と言っても明日の仕込みは必要ないからデカい鍋と人数分の容器を洗うだけなんだよな。
それに食事の用意は僕だけじゃなくて他にも何人かいる。
手分けするからすぐ終わるのだ。
「【レッサー・クリエイトウォーター】」
生活魔術【レッサー・クリエイトウォーター】。
慣れたら一般人でも無詠唱で扱えるこの魔術は魔力と引き換えに水を生み出す。
生活魔術というだけあって最大出力でも精々洗濯水を生み出す位しかできない。
当然、戦闘で用いることが到底出来ないが日常生活において使用しない場面はない。
水道は限られた場所にしか設置されていないため、基本は井戸で水を汲んでいるからな……。
全く、クラスメイトやお貴族様達が羨ましいな。
「……紫苑。久し振り。」
洗い物をしている僕に話しかけてきたのは佐伯だった。
少し前まで儚い空気を漂わしていたというのに、今ではすっかり真逆。
団長や祐介のような確かな存在感を放っている。
「こっちこそ。久しぶり、佐伯。離れてたのに態々来てくれたんだな。」
不思議な話だが軍団と騎士団のキャンプは別々になっている。
同じ軍人だからもっと綿密に連携すれば良いとは思うが、普段してないことを非常事態に求めるのは無茶苦茶な話だろう。
……僕としては有難い話だが。
正直な所、佐伯とこうして話すのも駄目だが……。
まあ、ちょっとだけならいいだろう。
積る話はたくさんあるし、佐伯とこうしているのは久しぶりだし。
▼△▼
話した時間は三十分程。
内容は他愛のない下らないもの。
それでも学生でしかない僕には非常に楽しい時間だった。
……だがしかし、これでは委員長の忠告を全く聞いてないことになるな。
何か面倒事に巻き込まれないといいんだが……。
―――取り合えず、翌日は杞憂で終わった。
流石に『魔境』―――それも上位に当たるB級危険度を誇る『緑の森』ではそんなことをする余裕などないという常識的判断か、それとも僕みたいな石ころには興味を失ったか。
どれでも良いが問題がないのはいいことだ。
さて、話を変えよう。
というかこっちが本題だ。
残念ながらゴブリン達の巣―――『
何せいたるところにゴブリンで溢れており、それどころじゃなかったのだ。
オマケに通常種ではなく、全員『進化』した上位種ばっかり。
更にはオークやオーガといった魔物までいて、ベテランの兵士や騎士たちでも苦労する程だった。
結局、一時撤退ということで昨日のキャンプ地に戻ることになった。
しかし、何の成果が無かった訳では無い。
現在、『
……お粗末な話だが元冒険者連中曰く、あり得なくはない話らしい。
今すぐに『
それが今、僕等が直面している事態だ。
『
『魔境』や『
普通は高い知性を持たない魔物達が突発的に起こす現象だが、稀に知性の高い魔物―――魔族であったり魔界の神々が裏で糸を引いている場合があり、どれ程危険度が低い場所であっても油断ならないのだ。
『緑の森』と呼ばれる程、ゴブリンで溢れたこの『魔境』で起きる『
当然、最弱に数えられる魔物相手でも気を抜くことは無く、寧ろ狡知に邪道を持つ難敵として接する。
翌日は編制を変えて、森に入って行った。
軍団からは元冒険者を中心にした
その後方を異世界人と騎士たちから選抜された精鋭で進む。
後方部隊も三人一班で構成され、迅速な対応を可能としている。
精鋭であるため、これほどの少人数運用も可能になっているのだ。
当然、居残り組の僕はキャンプ地にて武器の手入れや
食事の用意も勿論だ。
―――そうして時間が経ち、太陽が天辺に上った時だった。
「―――――――ゃあああああああああ!!」
声がした。
聞きなれた声―――軍団の兵士のものだ。
散々僕をボコボコにしてくれたオッサンたちの声だ。
「! 何だ、一体……『森』の中で何が起きている……!? ―――クソっ、おい! そこにいるお前達! 武装して今の見張りと一緒に外敵の侵入に備えろ! 奥にいる奴は作業を終わらせてからだ!」
直ぐに状況を把握した隊長格の兵士が指示を出す。
指示を受けた僕等は慌てて、それぞれの振られた役割を全うするべく行動する。
作業を中止し、近くに置いてあった槍を取る。
幸いにも防具は既に装備しているため、戦闘準備はこれだけだ。
既に柵の外では戦闘が始まっていた。
無数の武装したゴブリンが兵士たちと戦っている。
向こうのキャンプでは騎士にクラスメイト達が戦っているのか、剣戟に叫び声が聞こえる。
「ぐぎゃああああああっ!」
耳をつんざく不快な叫び声―――間違いなくゴブリンのものだ。
不快な声と共に振るわれたのは短槍、小柄な体躯のゴブリンに合うように調整された一振り。
「―――っと。危な。」
余裕を持った回避。
足を使ったバックステップで避ける。
相手が槍を戻すと同時に槍を突きだし、首を穿つ。
首を穿たれて生きている生物なぞ、存在しない。
故に眼前の魔物は血を吹き出しながら、屍に変わる。
何度も繰り返したためいい加減に慣れる。
しかし、油断も慣れもしない。
一寸の隙を晒すことなく、槍を振るう。
決して一人では戦わない。
誰かと連携し、安全に、優位を保ちながら戦う。
「ぶぐぅうううう……!」
ゴブリンのものとは違う呻き声。
豚や猪を思わせる声だ。
眼で見るよりも早く、正体に気付いた。
―――オークだ。
間違いない強敵。
分厚い皮膚は生半可な剣なぞ容易く弾く。
倒すなら魔術が
こんな混戦じゃあ誤爆が怖い。
それに最近は殺傷力の高いやつを幾つか使えるようになったが、いきなりの実戦投入は避けたい。
「ぶごおおおおおおおっ!!」
しかし、肝心のオークは僕のことなんてお構いなしに攻撃を加える。
手に持つ棍棒を力一杯に振り回す。
鋭く風を切る音が僕の鼓膜を叩く。
何とか避けられたが冷汗が止まらない。
あんなの一発でも貰ったら確実に僕の未来は
僕は食肉じゃないんだぞ。
「お前は……食肉だろッ!」
お返しに槍をくれてやる。
鋭い突きは首筋に吸い込まれ、突き刺さる。
しかし―――
「嘘だろ……! 首が何で此処まで強靭なんだよ!」
穂先は首を確かに穿つも、肝心の頸椎を砕くに足りない。
中途半端に突き刺さった槍は引き抜くこともできない。
……オークの筋肉が分厚く、硬いからだ。
今の僕の力では到底、どうにかできない程に。
そして相手は魔物。
尋常ではない生命力を有する怪物だ。
消え去る前の炎のように一瞬の激しさを見せる。
「ヴォオオオオオオオオオオッッ!!!」
「んにゃろおおおおおおおおッ!!」
ますます激しくなる剛撃を掻い潜り、腰に佩いた長剣を抜く。
そして勢いを殺すことなく、そのまま突き刺す。
刃は勢いよく腹に突き刺さり、ようやくオークの動きが止まる。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!」
「ぐぎぎぎぎぎ!!」
しかし息つく暇もなく次の敵が僕を襲う。
オークと連携してこなかったことが救いだけど……槍の無い状態でゴブリン複数はきついな。
……しかもワラワラ出てくるぞ。
一体どれくらいの数がこの『森』にはいるんだ?
「ぎいいいいいいッ!!」
「―――っぶね!」
大剣か!
小さい身体でよく振るうな。
手持ちが長剣じゃあ
それに他にも長物持ちの奴がいる。
……かなり絶望的な状況と言わざるを得ないな、これは。
……覚悟を、するべきなのか?
「………だ……やだ……! 嫌だ……死にたくは、ない……!」
無意識に零れ落ちた言葉。
しかしそれは間違いなく僕の本心だ。
「シオン……! ああ、クソっ! 数が、多い……ッ!」
だが、周囲からの援護は期待できない。
何とか剣を握る。
ゴブリンが大剣を振るう。
真面に打ち合えないので剣を剣の腹に沿わせ、何とか軌道をずらす。
同時に突き出される短槍。
大剣とぶつかった時の反動で何とか避ける。
―――しかし、よけきれず脇腹を少し裂かれた。
鋭い痛みが全身を走る。
傷を見ると少しとは言えない出血だ。
血が服を濡らし、肌に張り付く。
一度見てしまったせいか、自身の置かれた状況を正しく認識してしまう。
不味い。
力が抜ける。
出血も傷も大したことがない。
しかし、ああ、しかし。
駄目だ。
これだけは駄目だ。
呼吸が早くなる。
浅く、回数だけの多い呼吸では細胞に酸素が行き渡らない。
二酸化炭素で満たされた体では思考は碌に纏まらない。
時間が長い。
死を目前としているせいだろう。
ゴブリンの嘲笑が見える。
兵士の忠告を思い出す。
次は委員長の言葉。
羽根山との下らない談笑。
祐介……ここからは元いた世界のものだ。
祐介達のラブコメと……僕の答え。
遠い昔の忌まわしき
まるで走馬灯のように駆け巡る記憶と後悔。
―――ねえ、何でボクのことは出てこないの?
今更になって後悔する。
よく考えれば何で僕が勇んでいるんだ?
何で危ないことに自分から、しかも最前の方まで首を突っ込んでいる?
しかし、後悔してももう遅い。
願わくば、来世では真面な―――
「―――紫苑!!」
―――その瞬間、黄金の剣閃がゴブリン達を切り刻んでいく。
まるで星か太陽と見紛うほどの輝きを放つのは一人の男。
「……よかった。間に合ったみたいだな。」
夏目祐介―――僕の幼馴染にして友人。
まるで英雄譚の一頁みたいな状況の中、彼は其処にいた。
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