第15話

side 春宮紫苑


壮観とは正にこのことだろう。

全身鎧フルプレートメイルを纏った騎士や豪奢なローブに袖を通す魔術師。

白を基調とした神聖さを伺える装備を有する神殿騎士クルセイダー

軍団の兵士達は装備がバラバラでともすれば統率されていないように見えるが一番荒事に応対しているせいか、一番動きに無駄がなく洗練されている。

無論、何故かいる少年少女―――クラスメイト達もそうだろう。

軍団の兵士たちと同じく装備はバラバラ。

動きも素人並でその癖、戦闘力は一番感じられる不思議な集団。


どいつもこいつも僕からしたら逆立ちしても叶いそうにない強者たち。

何だか憂鬱になってきたな。

日曜日の父親とはこんな気分なんだろうか。


「紫苑、久しぶり! 何でここに居るんだよ!」


少し離れた場所にいると軽鎧と剣を佩いた一人の少年が近づいてくる。

最近は見ていなかった見慣れたイケメン野郎―――祐介だった。


「ああ、久しぶり。何か、変わったな……。」


「そうか? そう言う紫苑も結構変わったな。」


そうか?

身長が伸びたお前と違ってまだ170あるかないかだぜ。

体重は増えたけど筋肉は増えた気がしないし……。

何か、近づき難いオーラを発するお前ほどじゃないと思うがな。


「……紫苑、久しぶり。元気そうで何より。」


祐介との会話に夢中になっていたため、忍が近くにいるらしい。

らしい、というのは近くにそれっぽい人物が見つからないからだ。

因みにこの場にいるのは僕、祐介、大鎧を纏った大男、禍々しい邪気を垂れ流す魔女である。


「……なあ、祐介。佐伯は何処にいるんだ? 声は聞こえるんだけど、本人が何処いんのか分かんないだよ。」


「何言ってんだ? 佐伯なら其処にいるじゃないか。」


そう言って祐介が指さした先にいるのは大鎧を纏った大男だった。

……矢張りデカいな。

僕や祐介も低い訳ではないが、彼と比較するとどうしても低く見える。

180超えてるんじゃいか?


「……やっぱり分からない?」


また、声が聞こえる。

……今回は逃げられない。件の人物からだ。

大男を鉄兜ヘルムを上げる。

鋼に覆われた素肌が晒され、息を飲むほどの美丈夫が空気に触れる。


「マジでぇ……?」


相当情けない声が出た。

いや、しかし。言い訳をさせて欲しい。


僕の記憶の中にいる佐伯忍は俗に言う男の娘である。

いや、格好を真面にすれば祐介以上の逸物になるとは踏んでいたが予想外過ぎる。

特に、こんな美丈夫になるとは。

そして次だ次。その身長!


これが一番の問題だ。

高すぎる。前は僕と其処まで変わらなかったはずだが!?

成長期にしても伸びすぎだろう! 180だぞ、180!!

これじゃあ、これじゃあ……!


「僕がっ、一番のチビじゃないか……!」


「もしかして身長気にしてたのか、コイツ……。」


「……どうでも良いこと気にするね、紫苑。そんなこと気にする位ならあの闇落ち寸前の女を気にするべきだと思う。」


これが持つ者と持たざる者の違いか……。

そして佐伯、あの亜空の瘴気は誰にもどうにもできん。

祐介に押し付けるのが一番だ。

だから祐介、肩を掴む手を離せ……!

戦力パワー差が絶望的過ぎて僕じゃあどうにもできねえよ!

というか何で僕を面倒事に巻き込もうとするんだよ。秋崎絡みなんて絶対ロクなことにならねえよ!


 △▼△


「私、別に怒ってないわよ?」


僕と祐介が格闘していると暗闇そのもの秋崎が口を開いた。

どう見ても聖女なんて言うことは出来ない女だ。


「私ね、祐介の力になれたらそれで良いの。祐介は絶対に私を助けてくれるから、私も絶対に助けれる力を得なくちゃいけないって。」


「……相も変わらずな女だ。で、何故お前は闇落ち一歩手前になってるんだ? その理論ならばそうなるまいに。」


祐介と佐伯がビビッて後ろに下がってしまったので仕方なく僕が秋崎と対面する。

僕が質問を投げかけると動きを止め、魔眼かと見紛う瞳で僕を射抜く。


「―――なかったのよ。」


「あ、何だって?」


「だから、祐介と会えなかったのよッ!! もう貴族の跡取りも教団の偉い人も飽き飽きよッ!! 私の伴侶パートナーは祐介だけなのよ!?」


あ、駄目だ。

これは僕じゃあ応対できない。というか僕や佐伯に飛び火する可能性の方が高いな。


「そうか、それは大変だったな。ほぉら、お目当ての祐介だ。どこぞのラブホでしっぽりしてくるが良い。【力よ、力】【神秘の根源たる力よ】【五体を巡り、猛者を此処に】――【剛力パワード】。」


「あ! コイツ魔術使いやがった―――って止めろ! 本当に止めろ……ッ!!」


「往生際の悪い奴……。佐伯、口を塞いでくれ。魔術を使われたら敵わん。」


「……ん、分かった。」


流石、佐伯だ。

その大柄な体躯を活かして直ぐに祐介を拘束してしまう。

こっちは魔術で強化しても互角以下だというのに。

溜息を吐きたくなったが、それを飲み込み、祐介を秋崎へ差し出す。

祐介、お前のことは忘れないぜ。


「ちょっとーーー!! 何しているんですかッ!!」


これで一件落着かと一息ついた瞬間だった。

顔を真っ赤にした委員長が横から祐介を搔っ攫って行った。

……いや、気持ちは分かるが……。

あの、秋崎がかなりヤバいんだが……。

しかし、今の委員長もヤバそうだ。言い訳が通じそうな雰囲気ではないな。


「春宮君!? それに佐伯君!? 一体君達は何を考えているんですかぁーーーッ!!」


「待ってくれ、委員長。こうするしかなかったんだ。なあ、佐伯?」


「……紫苑の言う通り。だから、説教は勘弁……!」


「問答無用です!! 二人とも其処に正座ぁ!!」


 △▼△


その後、僕等二人はこってりと委員長に絞られた。

見かねたアルカ軍団長や騎士団長の執り成しが無ければどうなっていたことか……。

想像したくもないな……。


「全く、はしゃぎ過ぎだぜ。」


はあ、と肩を落とす僕へ声をかけたのは僕のお守り役の兵士だ。

人間族で年の頃は三十代程だろうか。

確か名前は……クレメンだ。


因みに、この世界において苗字を持つ者は限られている。

王侯貴族や大地主といった一部の特権階級のみに許された文字通りの特権なのだ。

そのため大国の軍団長という肩書を持つ団長でも身分が平民であるため苗字を持たない。


……少し脱線してしまったな。

彼―――クレメンの主武装は僕と同じく短槍だ。

長槍と違い使い勝手に定評のある武器であり、無条件で剣に優位を取れる所も高ポイントだ。

大剣や大鎧といった重装備相手には手こずるのが弱点だが、機動力を生かせば十分に対応できる。

今から倒しに行くゴブリン相手では杞憂であるだろうが。


「シオン、ゴブリン相手だからと気を抜かず気を付けろよ。」


「勿論、分かっています。」


「いいや、分かっていない。今のお前には余裕が感じられる。無論、焦って何も考えられなくなるよりマシだがもう少し臆病になった方が良いぜ。」


一方的に否定され、少しムッとするが元冒険者にして現役兵士の彼が言うということは僕はなのだろう。


「分かりました。気を付けます、忠告ありがとうございます。」


「……お、おう。」


僕が素直に反応するとクレメンが少し面食らった反応を返す。

……何をそんなに驚いているのだろうか。


「いやな、お前位の齢のガキは大抵、生意気だからな。何か言い返してくるのかと思ってたぜ。……いや、別に嫌味じゃねえよ。自分で言うのは何だが、年上の忠告は聞いといた方が良い。だがまあ、普通は聞けんわな。何言っているんだ、この糞親父ってなる。……俺も、そうだったなぁ。」


そう言ってクレメンは懐かしそうに目を細める。

視線は宙を浮いている。

何を思い出しているのだろうか?

気にはなったが、別段態々聞くようなことでもないのでそのまま沈黙を保つ。


「……シオン、後悔してからじゃ、遅いんだ。後から悔いると書いて後悔。今の時点では悔いなくても後から悔いることは、絶対にある。だから、気を付けろよ。」


中年の兵士は、一言一言選んだのだろう。

普段の彼等からは感じられない"言葉の重み"を感じた。

僕は、直ぐには頷けなかった。

その"重み"に圧倒されてしまったから。

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