地底の魔王は緑を見た

第12話

side 春宮紫苑


王都に帰ってきて早数日が経過した。

団長たちも帰還し、いつも通りの日々が―――帰って来なかった。

まるで納期前と言わんばかりの忙しさの中である。


訓練は勿論だが、それ以外でも忙しい。書類仕事に備蓄や武器のチェック等々……。

……あれ? 何で僕が書類仕事とかやってるんだ?


いや、文字を読む力は出来るようになってきてるけどさ……。

ただ聞く力と話す力は中々上達しないんだよなあ……。


「そういえばジョン。どうしてこんなに忙しいのですか?」


積まれた書類を見ると普段の倍くらいはある。


「こノ前、団長た■が『森』の中に入っテいった■■ょウ? その時に■うヤら『迷宮ダンジョン』をハっ見したら■く、国を挙ゲてノトう伐さ■戦を行ウか■でスよ。」


「ダンジョンってマジですか……。後国を挙げてってことは騎士団もですか?」


「はイ、騎シ団もも■論、教団かラも戦力は出■そうナので■なリ大規模ですネ。多分三千くら■の軍ぜイにな■ンじゃなイでしョうか?」


不安定な世界において兵士を集めることは難しい。

兵士になるには身体能力や武芸は勿論、ある程度の学力および常識が求められる。

ただ武器を持って偉そうにしていればいいわけではないのだ。


「三千って凄い数ですね……。」


「えエ、スごい数で■。ただ……、今回のばアいで■この数でモ心許なインですよ■……。目ひょウ■ゴブリンの支配スる『迷宮ダンジョン』。……下手シたら魔族、も■くは魔王がいマすネ。」


「魔族に、魔王ですか……。団長たちは大変ですね……。」


「エえ、魔族とは魔界の神々のせいトう■眷属、魔王はそノ魔族■魔物を■ばネる王。弱いハずが■りまセん。デす■まア、団長なら大丈夫でショう。あの人上位竜族アークドラゴンもいッ刀両断しま■から。」


上位竜族アークドラゴンを一刀両断て……。

それ、一応Aランクの化物なんだけどな……。


 △▼△


その後久しぶりに羽根山と勉強をしているときふとこの話題を出したら羽根山が心底愉快そうに大笑いをした。


「ハッハッハ。戦いの生業とする人達は大変ですなあ。」


「何だとコラ……! ……そういうお前はどうなんだ?」


前に聞いた話ではこいつも苦労していたはずだ。

自分だって言えないだろうに……!


「聞いて驚くがよいですぞ、紫苑殿! 拙者、弟子入りが決まったのですぞ!」


「何ぃ!? ……いや、待て。知っているぞ。こういう技術職の見習いは扱いが悪いんだ! そうなんだろ!」


「はっはっは! 甘いですぞ、紫苑殿! それくらいでへこたれる拙者ではござらん!」


ああ、そうだったなぁ!

……よーく知ってるよ、全く。


 ▼△▼


少し騒ぎ過ぎたせいで司書に怒鳴られたが、その後もつつがなく勉強は進んだ。

勉強と共に他の奴等の話を聞いた。


祐介はどうやら凄腕の剣士として成長しているらしい。魔術の才能もあり、魔剣士のスタイルに落ち付きそうだということ。


忍は意外なことに身体能力がかなり高く支援魔術も上達しているらしい。それを生かした重装備の盾戦士タンクとして頑張っているそうだ。コミュ障のせいで連携は拙いのが課題だとか。


秋崎は治癒師ヒーラー。意外なことに治癒魔術だけでなく魔術自体の才能だけならこの国で比較できる者はいないということ。

故に一人だけ隔離されて超スパルタ教育を受けているらしい。

因みに宗教関係者からは《聖女候補》とか言われているそうだ。


「いやあ、この前ばったり秋崎殿とお会いしたのですがその際に色々と愚痴られましたぞ……。あの秋崎殿がああなるのは拙者予想外でござる。」


あの秋崎が、ねえ……。

あのヤンデレが聖女、ねえ……。


「すまん、イメージが湧かん。魔女なら兎も角、聖女は予想外だ。」


大きな鍋で夜な夜な呪文と共に毒を作っているイメージしか湧かない。

残念なことに人々の傷や心を癒す清貧さなど何処にも無いだろ、あの女。


「……まあ、正直同感ですな。でも結構無理しているのか辛そうでござった。祐介殿ともあまり会えていないそうですぞ。」


「……マジか、暴発しないと良いがな。」


そんなことを話しながら気が付けば終了時間となっていた。

荷物を片付け、図書館を出た。

お互いの塒に戻る途中でふと、聞いていないことが一つあったな。


「そういえば、羽根山。一ついいか?」


「何ですか?」


「クラス全体はどうなっているんだ? 前聞いた時は三つのグループに分かれてるって言ってたよな?」


僕がそう言うと羽根山は顔を曇らせ、歯に何か挟まったような顔をする。


「……あー、すまん。言いたくないなら―――


「おおい、おい。無能野郎と罰当たりクズ野郎じゃねえか! こんな所で何道草食ってんだ、あ?」


後ろから声がしたので振り返ると、目に入ったのは握り拳だった。


「がッ……!」


「ぐおッ!?」


羽根山共々一瞬で殴り飛ばされ、地に伏せる。

凄まじい力で殴られたおかげで、鼻血は止まらず、鈍い痛みが脳を刺激する。

何とか立ち上がろうとするが、上から凄まじい圧力で押さえつけられる。


この感じは人力だな……。

目の前の男といい、今上にいる奴等といい一体誰だ?


「くっ……! 士道殿、これは一体――がはっ……!」


「シドウ、しどう、士道……? まさか――ぐうっ!?」


「うるせえ。喋るんじゃねえよ、クズ共。」


羽根山は僕等を殴り倒された男に鼻先を蹴られ、悶絶する。

一方で僕は押さえつけている奴に頭を地面に押し付けられる。その際の勢いが凄まじく、再び鼻先を砕かれる。


こんな状況でも不思議なことに僕の頭は冷えていた。流れる血が頭に上る熱を一緒に出してくれるお蔭だろうか?


「クズ共、何でこうなってるか理解しているか?」


スマンが分からん。そもそもお前のことを知らないし。

羽根山も同じような感じらしく、言葉を紡ぐことは無かった。


二人して黙りこくっていると再び地面と強烈な接吻をする。

……だから、もう少し優しくして欲しい。

鼻血だらだらで、痛みが許容値を超えて痛覚が馬鹿になっている。


「秋崎についてだよ……!」


「秋崎、だあ……?」


「秋崎殿が一体どうしたのですか……?」


脈絡もなく出てきたぞあの女。

……つーかこの流れなのね。何となくだが読めて来たぞ……。


「……ぷふっ、ぷっ、は、はっはっはっはっはっは!!――ぐへっ……。」


「……ははっ、ははははははははははは!!――ぶっ……!」


僕も羽根山も我慢できずに大笑いをすると、またもや地面に唇を重ねることとなった。

だがしかし、これは笑うしかない。笑う以外に何かできることもない。


「手前等、何笑ってやがる……! この状況分かってんのか……!」


「分かってますぞ、それくらい。しかし、拙者達は今、笑うことしかできんのでござる。はっはっはっはっは!」


「なら笑うさ。それに今のお前は下手なコントよりも面白い。笑わなきゃ無礼だろう。ははははははははは!」


そう言うと目の前にいるクラスメイトは怒りで顔を真っ赤にする。

怒りの余り全身を震わせて今にも爆発しそうだ。


「―――良いぜ、分かったよ。望み通り殺してやるよ……ッ!!」


いきなり激昂したかと思えば腰に佩いてある二本の両片手剣バスタードソードを引き抜く。

おいおい、本当に日本人か、コイツ?

幾ら何でも躊躇なさすぎだろ。


「ビビッて止まるかと思ったら大間違いだぜ。お前らみたいなチンケな奴等と違って俺は努力しているんだよ。今更一人二人なあ!」


そう叫ぶと、本当に躊躇することなく刃を俺達に下ろした。

剣はかなりの切れ味を誇り、容易く俺と羽根山を貫く。

急所は外されているせいか、即死とはならず僕達二人は揃って鋭く、熱い痛みに悶絶するしかない。


「ヒャハハハハハハハハハハハ!! おら、死ねよ! 死ねよ!」


一つ、また一つの刺突が加えられ傷と共に血が溢れる。

多少頑強になった程度ではどうにもならない法則ルール

僕も羽根山も命の灯は今にも消えそうになっていた。

証拠に士道の声はノイズが走ったかのようなものに変わり、目に映る光景は少しずつぼやけてゆく。


ああ、死んだな、これは。

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