第11話

side 春宮紫苑


完全に日が傾き、夜空に変わる。

作業は終わりが見えないため、オーガやリザードマン、オーク、魔狼といった魔物を優先し、残りは解体せずの火にくべてしまった。


魔物の死体を薪として火は不快な臭いをばら撒きながら煌々と光る。

普通は不快と思うはずだが特に気にすることなく火をじっと見つめる。


「食べますか?」


後ろから声がかけられる。

振り向くと僕のお守り役だった兵士が肉串を一つ差し出している。


「ありがとうございます。是非いただきます。」


断る理由もないので、肉串を受け取り、頬張る。

軽く塩を振っただけの簡単なものだが火の加減が絶妙であり噛んだと同時に口の中に肉汁が溢れる。塩味も丁度良く正に絶品というべき代物だ。


「ははは、美味しそうに食べますね。そんなに美味しいですか?」


「はい、すごく美味しいです。ところで何の肉ですか?」


「? オークですよ。ほら、さっき解体した。」


吐きそうになった。


「ええ……。何ですか、その表情――って、あなたは異世界人でしたね。なるほど、あなたの世界にはオークなんて存在しないんですね。」


「オークってあのオークですか…?」


「逆に他に何があるんでしょうね……?」


オーク――肥満体の人間の体と猪の頭を持つ魔物。人型の魔物故にある程度の知性は保証されているがお世辞にも賢いとは言えず、格下であるはずのゴブリンに従えられていることも珍しくない。


しかし、だからと言って彼らが全くの無害という訳ではない。身長は二メートルほどであり、成人男性が複数人でも取り押さえることができない膂力を持ち、知性は低いと言っても枝や石を使って簡単な武器を作るくらいはできる。ゴブリンと同じく〈異常生殖〉の特性も有しているため、種族としての耐久力も強い。


しかも賢くなる素質は有しているようで、放っておくと自分たちの種族で幾つかの国を滅ぼすくらいはできるようになる。


「まあ、オークは見た目こそアレですけど肉は結構美味しいんですよ。常に駆除されることもあり肉の供給は多いからかなり一般的ですよ。」


「そうですか……。」


確かに肉は上手い。それは間違いないのだ。

……ただ、人型の生き物を捕食するということはかなりハードルが高い。


日本での食生活では虫はあれど、猿を食うということは無いからだ。

郷に入れば郷に従えは難しいことだと今さらながら思う。ましてや文化や風俗が全く異なる環境である異世界ならば難しいなんてレベルではないだろう。


本当に今さらと言えば今さらなんだけどな……。

はあ………。あの時もっと反対しておけば良かったな……。


 △▼△


その後は特に何もなく、夜が明けた。

探索なんぞできる訳のない僕は探索組以外の兵士たちと共に王都へ帰還することになった。


帰りは特に何もなく正午には王都へ到着した。

報告書は探索組が帰還してから団長が書いて提出することになっているため、急を要するような事柄は何もない。荷物も片づけは終えたし。


……いや、僕は別にマグロみたく動かねば死ぬ生き物ではない。休みがなければ嘆くし、スケジュールが過密であれば不満を漏らすというありふれた価値観を持っているつもりだ。ただこの世界に召喚されてからずっと何かしらをしていた。


なにせ僕には何もない。文字通り何もなかったのだ。戦う力も生活するための力も持っていなかったのだ。だから培う必要があった。知るべき知識、持つべき技術は多く、ただの凡人である僕には習得するには時間をかける必要があった。いや時間をかけるしかなかった。


と、いう訳で僕は今、訓練で使っている広場にいる。

今回の実戦で、僕は他の兵士たちに守ってもらいながら戦っていた。

今回は大丈夫だったが次はそうもいかないかもしれない。

死にたくないし、死なせたくない。だから強くなりたい。


「どウし■んデすカ? ソんナにく■い顔デ素ブりし■イるんです?」


声をかけられたので振り返るとジョンが立っていた。

……しかし、僕の聞き取り能力は本当に低い。辛うじて何を言っているのか類推できるが、首飾りをつけていないが常につけておくことも視野に入れた方が良いかもしれないな……。


「……いや、別に時間を持て余しただけですよ。」


「ソれハさ■がに嘘デしょウ。なニを焦っテいルノか分か■ませんガ休めルとき■はキちんト休む■とモ大切デす■。」


「………」


「キ■がよワイ。それ■確かなこトでス。……で■■れはミな同ジ事でス。恥ジ■必要も■悪カンをか■じる必ヨ■はありマせんヨ。」


「わタし達凡人ハ何をスるニしても■間がかカりまス。あ■ってモ何モなり■せん。■しろ体ヲ壊して台ナしに■るだケでス。」


「……分かりました。もう少ししたら休みます。」


「……強ジョうでスネ…。ま■、ワかリまし■。ム理しナいて■度でやスむヨうに。」


そう言ってジョンは自分の部屋へ戻る。

何か言い返そうとしたが何も言い返せなかった。

何故なら――ジョンの言っていることは寸分なく正解のことだったからだ。



side ジョン


書類仕事は疲れる。軍団とは難儀なものだ。

平時何もなくても仕事は溜まるのに、今回のような緊急事態でも仕事は溜まっていく。むしろ増えたくらいだ。


緊急時のための平時の仕事のはずが、緊急時に役に立たないとはどうなっているのか……。

流石に辛くなって外へ出ると討伐部隊が帰還していた。


討伐対象がゴブリンということもあり、大怪我や死亡したものはおらず、残った部隊が同じ調子で帰還すれば大成功と言っても良い結果になる。

兵士たちもそれが分かっているのだろう。皆明るい顔をしている。


――だからこそ、彼は目立った。一人だけ視線を地面に落とし、俯いている彼は。


都市の外に出て戦ったので、流石に疲れて寝ているだろう。

そう思ってそこでは何も言わなかった。

……後から見れば声をかけるべきだったのだったが。


そして一仕事を終えて適当に外をぶらついているときだった。

一人の少年がどこか鬼気迫る表情で体を動かしていた。

槍、長剣ロングソード片手剣ショートソード、短剣と様々な武器を振り回してもいた。

その様子はまるで動いていなければ死んでしまうと言わんばかりだ。


その後少しばかりおせっかいを焼いたがどうにも響いたようには見えない。

そういう気質なのかもしれないが……。

あれは駄目だ。あれは早死にをする。


……情を抱いたのだろう。だが、抱いてしまったものは仕方が無い。

どうにか長生きをしてくれることを祈るのみだ。



side アテナ教団の純潔の騎士パラディンバルトロ


「おお、バルトロ殿。いい所に。」


「神殿騎士団長ではないですか。一体どうしたのですか?」


「いや、何。先程軍団から『緑の森』についての調査書を読んだのだが……、これは使えないか?」


「……ああ、確かにそうですね。正直訓練だけでは精強な戦士は生まれませんから。」


「うむ、やはりそうなるな。では早速王にその旨を伝えよう。」


「ええ、お願いしますよ。……所で教団長の件は…?」


「問題なしだ。後一週間もすれば終わる。」

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