第10話

side 春宮紫苑


片手剣を振るい、コボルトの胴体に当たる。その瞬間、ボキリと骨を折る感触が手に伝わる。


僕が振るう剣はかつて中世において使用されたものと同じであり、切れ味は悪く、どちらかというと重量を生かした鈍器と言うべき代物である。そのためコボルトの胴を切断することはできず、骨を折るだけにとどまる。


しかし、魔物とはいえ超常的な再生能力を持たないコボルトでは十分な致命傷となる。

倒れたコボルトに屍を文字通り踏み越えて後ろから魔物達が襲い掛かる。

後続の魔物達はこの戦場で間違いなく最弱の僕が格好の獲物に映ったのだろう。

魔物達が各々の武器を振りかざし、僕目掛けて直進する。

しかし、魔物達が僕へ到達することは無かった。


「【フレイム・バースト】ッ!」


「【ウォーター・バレット】ッ!」


「【アイアン・アロー】ッ!」


僕へ向かってきた魔物達の大半は四方八方からの魔術による援護で吹きとんだからだ。


どの魔術も決して高位のものではないが、使い慣れたものなのだろう。詠唱など必要とせず魔術名を唱えるだけで十全の威力で発動させている。

魔術に巻き込まれなかった魔物達は流石に魔術の威力に怯んだのか二の足を踏めずにいる。


勿論、躊躇いという隙を逃すはずがなく他の兵士たちが次々と仕留めていく。

オーガやリザードマンといった強力な魔物も既に団長を始めとした強者に討伐されており、残りはコボルトやゴブリンといった下級の魔物だ。


しかも群れにおける上位の魔物が倒されたことにより、群れ全体が動揺しており統率が乱れている。

少し離れたところで他の魔物よりもしっかりした装備をしているゴブリンが耳障りな声で喚いている。ゴブリンの鳴き声の中でも何故か耳に入りやすく、よく目立つ。群れのリーダー格が仲間に八つ当たりでもしているのか?


「いたぞ! 統率個体――リーダーだ!」


ゴブリンの鳴き声が聞こえた瞬間、兵士の一人が大声と指差しで他の兵士たちに知らせる。


兵士の知らせを聞いた他の兵士たちは兵士の指さす方向を見て、その中でも一際目立つゴブリンを見つけるや否やすぐさま向かっていった。


ゴブリンは向かってくる兵士たちが目に入ると、再び大声を上げる。

その瞬間、周囲にいた魔物達が淡い光を纏い、兵士たちを迎え撃つ。


その様は統制を失った烏合の衆ではなく、よく訓練された兵士のようだった。

しかし、戦力の差は歴然であり二、三合切りあえば魔物達は倒れている。ただ数だけはあり後ろから代わる代わる襲い掛かる。


「シオン! 惚けていないで戦ってください!」


「ああ、戦力は多い方が良いからな! 早くしろ!」


僕が他の魔物達と戦っていると兵士たちが僕に指示を飛ばす。


「は、はい!」


事実、動きが止まっていたため兵士たちの指示に従い戦列に加わる。

戦列に加わり、魔物達と武器を交える。


しかし僕が振るう剣は尽く弾かれる。弾かれなかったとしても受け止められ、傷を作ることができない。周りの兵士たちも少し手こずっているように見える。


僕なんかよりも凄いスピードで魔物達を倒してはいるが……、何というか少し余分なことをしているように見える。事実、彼らが魔物を倒す際に武器を複数回振るっている。リザードマンやオーク相手なら兎も角、今僕らの前に立ちふさがっているのはゴブリンやコボルト。


普段の彼等なら武器を一振りすれば倒せる相手だ。この戦いの間、兵士たちがそれを実演していたのを飽きるほど見たからそれは確かだろう。


「ああ! 鬱陶しい! というか団長は何やってるんですか!」


思わずそう叫ぶ。だが本当に何をやってるんだろうかあの人は。

強力な魔物は粗方倒されたはずだ。あの人はかなり、いや無茶苦茶強い。


オーガを複数相手にしても難なく勝利するし、馬鹿みたいな数なら一瞬で焼き尽くしちゃうし……。いや、マジでどうなってるんだろ……。


「ん? そんなに叫んでどうしたんだ、シオン?」


「アンタがどこか行って役に立ってないからですよ! ……って、あれ?」


後ろから待ち望んでいた人間の声が聞こえたので、ツッコミながら振り返るとそこにはゴブリンの首を持った団長が呑気な顔をして立っていた。


 △▼△


戦闘は直ぐに終わった。ついさっきまで兵士たちを手こずらせていたのが嘘みたいな速さでの終幕だった。何故か魔物の群れが再び統制を失い、逃げ始めたからだ。

しかし四方向から攻撃をしているため逃げ場はなく、魔物達は一匹たりとも逃げることができずに全滅した。


因みにだが最後の方は魔術や弓矢といった飛び道具を使っての殲滅戦だったため、見ていてかなり精神にダメージを負った。なんというかかなりやるせない、何とも言えない終わり方だったな……。


戦闘で直接ゴブリンの頭をカチ割ったことよりも精神にダメージを負ったのは不思議な話だと思う。


現在、戦闘を終えた僕らは倒した魔物の死体の後片付けをしている。

魔物は他の生物と比較にならない程魔素との親和性が高い。そのため最下級の魔物であってもそれなりの魔力を蓄えている。一体や二体といって数が少ないなら兎も角、ここら一体あちこちに散乱するほどの死体が転がっている。


熊や狼などがここら一体に放置された死体から大量の魔素を得たとなれば、厄介な魔獣に進化しかねない。魔物の場合は言う必要もないだろう。そうなれば魔物の群れをこうして撃破したことが水泡に帰してしまう。


だからこうして後片付けをする必要がある。

とは言っても死体を解体して中から魔石を取り出して、使えそうな素材を剝ぎ取り肉は燃やすだけだからそこまで難しいことじゃあない。


しかし日が暮れ始めたためテントの設立と並行していることと死体の数がとにかく多いため中々終わりが見えない。


魔物の死体と格闘することにうんざりしてきた頃、隣で僕に解体を教えながらテキパキと解体を進める団長に気になったことを質問してみる。


「そう言えば団長は戦闘中、特に最後の方は何をしていたんですか?」


「ん? 俺か? 俺はリーダーを潰していたんだよ。統率個体は逃げられると面倒くさいからな。」


団長も僕と同じで解体作業に飽き飽きしているのか手を止めて雑談に応じる。


「統率個体、ですか?」


「そう、統率個体。簡単に言うといるだけで群れを強化する持続的かつ一時的に魔物のことだ。今回だとゴブリン・リーダーだな。ほら、最後っ屁で周りの奴等を強化していただろ。」


「うげ……。そんなのが複数いたんですか?」


「ああ、確か、……三匹はいたぞ。多分、森の中に居やがるな。ロードが。」


ロード?」


「ああ、統率個体の最上位だ。こいつが生まれたとなればゴブリンが相手でもその群れは無条件で危険度はC+ランク以上になる。オーガやリザードマンを従える群れを追い出したとなればBランクはいくんじゃないか?」


「……そんなにヤバいんですか?」


「ああ、ヤバい。何せロードも強力だが、時間が経てばその強力なロードよりも強い個体が現れる。群れが強化されれば群れを率いる統率個体の格もまた上がる。そしてまた群れが強化されていく。まあ、こんな風に無限ループに陥る。」


「ヤバいじゃないですか! それ! こんなところで呑気にしている場合じゃないでしょう!」


そう僕が叫ぶと団長は落ち着いた声で僕をたしなめる。


「落ち着け、シオン。確かに不味い状況に置かれているがまだ取り返しはきくんだ。それにここで焦って攻め込んだって勝てやしないんだ。だったら落ち着いて今できることをやるのが重要さ。」


「……じゃあ、どうするんですか?」


「明日の早朝から少数で森の探索をする。探索に参加しない奴らはそこで帰還だな。そして探索から得た情報を基に騎士団と合同で大規模な討伐作戦の実施。必要なら冒険者や教団から支援を募る。……まあ、こんな感じだろうな。」


「結構考えているんですね……。」


「お前なぁ……。俺はこの国の軍団長だぞ? いくら無学の元冒険者だとしても何も考えないなんて無様は晒せないぜ。」


その後も作業をしながら取り留めのない会話を楽しんだ。

余談だが会話の途中で他の兵士たちも加わって若干、いや結構収拾がつかなくなり作業に遅れが出たのは言うまでもない。

まあ、それだけ退屈な作業だった、といことなのだろう。

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