第9話
side 春宮紫苑
小休止を終えた僕らはそのまま進み、ゴブリンの群れが目視できる距離まで近づくことができた。因みに別れた部隊も戦闘を終え、ゴブリンの群れ近くまで来ているらしい。
四方へそれぞれ待機しており、団長の合図で一斉に攻撃を仕掛けることになっている。ゴブリン達もこっちがいることに気づいており、四方それぞれに見張りを置いている。見張りだけでなく、侵入を阻止するための柵と明かりをともすための松明もある。作りはかなり簡素であり、敵対者の接近に際して拵えたのだろう。
「うわぁ、ゴブリンのくせに夜襲対策までしてやがる……。めんどくせえなあ……。」
遠視をしている団長がそうボヤく。
「普通はしてるんじゃないんですかね?」
ゴブリンは知性が高い魔物だ。それに暗い場所を好み、夜行性であることが多いと書物に書いてあった。ならば夜に夜襲を仕掛けることに意味はないはずだ。
「いや、知性が高いと言っても本能的なのは変わらないんだよ。だから疲れると余程のことがない限り見張りもつけずに眠ってしまう。そんな訳で意外と夜襲って通じるんだよ。」
「マジっすか……。」
「ああ、マジだ。書物も良いが、こうやって実物を見るのも大切だぜ。こうやって何かしら知ることができるからな。」
団長はそう言って、分かれた部隊に通信魔術で指示を送る。
その後僕らの方へ顔を向け、声を張り上げる。
「準備は良いかお前らッ!」
「「「応ッ!!」」」
すぐさまその声に反応して兵士たちが声を上げる。
その熱気は凄まじく、思わずたじろいでしまったくらいだ。
団長は兵士たちの声に満足そうに頷き、剣を翳し、号令する。
「行くぞ。皆殺しにしてやれッ!」
「「「応ッ!!!」」」
彼らに負けじと僕も声を上げるが、彼らの声は大きく、かき消される。
「さっきと同じだぜ、俺達の後ろにいろよ。」
「そうですよ。気を付けてくださいね。」
お守り役の兵士たちが僕の前に出る。
しかし、大丈夫なのか? 目の前にいる群れは先程の群れよりも数は多く、強力な魔物も多い。僕への配慮なんて無しにした方が良いんじゃないか?
「顔に出てるぞ。……まったく、気にしなくていいぞ。これくらいなら問題ない。むしろ簡単すぎるくらいだぜ。」
「そうですね。冒険者時代にはもっとヤバかったくらいですよ。」
これが簡単て……。一体どんな生活をしていたんだ?
△▼△
誰かが笑う。
厭らしく、艶めかしく、どうしようもないほど邪悪に。
彼女は、嗤った。
▼△▼
駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。
ただひたすらに疾駆する。実際に土煙が上がるほど足を動かしている。
元居た世界でも必死こいて足を動かしたことは無いだろう。
とっくの昔に体力なぞ尽きていても不思議じゃないのに足は動く。不思議なものだ。
いや、真面に考えたら僕だけじゃ土煙は上がらない。当たり前だ。多少身体能力は上がったが所詮常人に毛が生えた程度。土煙を起こすことなんてできない。
では何故か?
答えは簡単だ。後ろから凄まじい勢いで魔物の群れが襲い掛かってきているからだ。
群れの中身はオーガにオーク、コボルトにゴブリンと傍から見れば結構豪勢なものだろう。
「何でだああぁぁぁ!? というか何で僕ううぅぅぅ!?」
思わず声が漏れる。いや、努めて冷静にしていたんだがもう限界だ。
というか本当に何で僕なんだ? まとめてくるとしたら団長だろ……!
槍と盾を放り出して身軽にしているが、それでも足りない。
魔術を使おうにも後ろからの殺気と焦りでうまく呪文を唱えることができず上手くいかない。
「ぐおおおおッッ!!」
後ろからオーガの咆哮が聞こえ、同時に魔力の波動を感じる。
オーガの咆哮と魔力の波動を感じたその瞬間だ。体が止まった。
腰が抜けたのか前のめりに倒れる。
……そう言えばオーガの特性で〈咆哮〉って言うのがあったよな……。
ヤバい。本格的にヤバい。いや、ヤバいのは元々だが、ガチでヤバい。
振り向くと一頭のオーガが棍棒を振りかざし、今まさに振り下ろそうとしている。
……あ、死んだな。これ。
「【
聞きなれぬ言葉が響いた後、深紅の焔が走る。
深紅の焔は戦闘を僕の目の前にいたオーガを断末魔さえあげさせずに焼き尽くす。
しかし、焔はそれで満足せずにより大きなうねりとなって後続の魔物を焼き尽くしていく。焔は百を超えたあたりで満足したのかゆっくりと消えていく。
「ふう、魔法を使うのは久しぶりだが何とかなったな。」
「団長……!」
「ボサっとするなよ。まだ魔物はたんまりいるからな。」
そう言って剣を魔物の群れへ向ける。
剣の先にいる群れは先程の焔に怯えているのか、及び腰だ。
「どうやら来ないみたいですね。」
「そらそうだろ。あんなの見せられたら俺らでもああなるわ。」
兵士たちは軽く駄弁りながら前に出る。
「さて、立って下さいよシオン。さっきみたいなことが起こるかもしれませんからね。魔力は大丈夫でしょう? 身体強化くらいしておいた方が良いですよ。」
お守り役の兵士が僕にアドバイスを送る。
確かにさっきみたいなことが起きても対処できるようにしておいた方が良いだろう。
えーと、確か呪文は……。
「…【力よ、五体を、五感を廻れ】――【
うろ覚えの呪文だったが、どうやら形にはなったようだな。
その証拠に淡い光が僕を包み、身体能力を向上させる。これ一回で僕の魔力の半分近くを食うことになるが背に腹は代えられない。
そもそもの話戦闘中に魔術使えないしな、僕。
腰に佩いてあった
「さあて、格好つかないが再開といこうじゃないか。なあに他の部隊はとっくに始めてるんだ。どこにも問題なんてありゃしねえさ。」
side 北面攻撃隊隊長ハミルトン
俺の部下も長弓を構え、魔物の群れへ放つ。
放たれた矢は吸い込まれるように魔物の群れへ襲い掛かり、断末魔を生み出す。
予め追い風の魔術を使っていたおかげで射程外からでも弓が当たる。
しかし、魔物達も馬鹿という訳ではない。
頑丈な鱗を持つリザードマンや分厚く硬い皮膚を持つオークを前衛に集め進軍する。
確かに彼らのとった方法は意味がある。リザードマンとオークの皮は防具にも使用されるほどの強度がある。鉄の武具で武装していることも加味すればかなりの防御力を有しているだろう。
「まあ、無意味だがな。【ワイバーン・ブラスト】ッ!」
魔力を込められた矢は俺の意志の下に魔術と化し、威力は減衰することなく、圧倒的なスピードで魔物たちへ喰らいつく。
矢は暴風を纏い、着弾する。着弾の瞬間、破壊の魔力が開封され、魔物たちは木端微塵になる。着弾した大地は抉れ、赤に染まっている。
しかし、魔物達は止まらない。いや、止まれないのか。
「そら、もう一発だ! 【ワイバーン・ブラスト】ッ!」
もう一度破壊の魔力が吹き荒れ、オークやリザードマンをミンチに変える。
しかし、まだ奥にいたゴブリン達が残っている。攻撃が終わった後、一拍おいて魔物達が攻勢に転じる。おそらく矢と魔力が切れたのだと思ったのだろう。確かにあれだけの威力の魔術を打ち込めば魔力切れだと錯覚するのは分からなくもない。
しかし、残念なことに【ワイバーン・ブラスト】は高威力かつ低燃費という使い勝手の良い強力な魔術だ。冒険者時代に習得してからずっと使い続けていることもあり、威力と燃費の良さには磨きがかかっている。後先考えないなら二十発は撃つことができる。
「残念だったな! 【ワイバーン・ブラスト】ッ!」
魔力の塊が再び発射され、大地を赤く染める。
魔物の群れが怯み、動きを止める。動揺しているのか足を先に進めずにいる。
距離も近くなってきたな……。よし……!
「全員剣を取れ! 切り込むぞ!」
「「「おーーーっ!」」」
俺の号令に応じて部下たちが剣を抜き、魔物の群れへ切り込んでいく。
さて、俺もいくとしますかね!
side 東方攻撃隊隊長フィガル
「ぜああッ!」
「ブモッ!?」
「たああっ!」
「ギュルルル!?」
拳を振るいオークの胴体を砕き、振り向きざまにゴブリンの頭を蹴り砕く。
既に十体以上の魔物を倒したが、まだまだ後続の魔物がやって来る。
「もう少し飛び道具で減らしとけばよかったか…?」
しかしそうは言っても俺に充てられた部隊には弓や高威力の魔術を扱える人間は少ない。故にさっさと見切りをつけて接近戦に移行したのは間違いではないはずだ。
「めんどくせえなぁ……。仕方ねえ、大技使うか…。」
拳を構え、息をゆっくりと吐く。
「しッ!」
息を吐き終わった瞬間に足に力を籠め、駆ける。
魔物の群れ直前で止まる。その瞬間に拳を構え、ありったけの魔力と力を籠め、放つ。
「【震拳】!」
拳は魔物に当たらず、その一歩先程で止まる。
ゴブリン達がニヤリと厭らしく嗤う。だが、これで良い。何も問題はないのだ。
ミシリと音が鳴る。よく見ると拳が止まっている場所から歪みが生まれている。
歪みはゆっくりと大きくなり、轟音を立てて空間ごと崩壊する。崩壊した空間内にいた魔物は崩壊に巻き込まれ、一瞬で見るも無残な肉塊と化す。冒険者だったときは素材が駄目になる上魔力消費も激しく使い勝手が悪すぎてあまり使わなかったが、やはり流石の威力だ。
そして魔力は後半分といったところか……。
「【
魔術で身体能力を向上させる。体は軽くなり、膂力も増した。五感も鋭敏になっており確実に戦闘力は増している。
周りを見ると部下たちも着実に魔物達を倒し、数を減らしている。
俺も負けてられないな。
「よしっ。さっさと終わらせますか…。」
正直、疲れてきたのだ。強敵との戦闘という訳ではなく格下の屠殺作業。早く終わらせてベッドでゆっくり寝たい気分だ。
もう少し頑張って早く帰るとしますか。
side 西方攻撃部隊隊長マクリシミアン
「【フレイム】!」
魔術の炎でゴブリンを焼く。飛び道具を持たないゴブリン達は良い的だ。
「がああああっっ!」
オーガが〈咆哮〉を使いながら突進をする。〈咆哮〉を使い動きを止めてからの突進。オーガにとっての必殺コンボと言っても過言ではないだろう。3メートルほどの巨体がハイスピードでの突進の威力は凄まじく、重装歩兵であっても容易に吹き飛ばされる。
しかし、俺はいっぱしの魔術使いだ。この程度の〈咆哮〉では動きは止められない。
「【
魔術名を唱えた瞬間半透明のぼやけた壁が出現する。
存在感など感じさせない儚い雰囲気を放つため頼りなく感じるが、俺が使える結界魔術の中でも一番使い慣れている。
だから無詠唱でもこの通り―――
「ぐおおおッ……!」
城壁はオーガの突進を易々と弾き返す。
オーガは流石の本能で体勢を戻し、城壁を殴りつける。
しかし、いくら力を籠めても魔術の壁は崩れない。
ふと周りに目をやり、周囲の情報を集める。
どうやら敵はいるが味方が抑えているみたいだ。
「流石にオーガ相手に【フレイム】じゃ無理だからな……。【サンダー・ボール】!」
サッカーボールほどの大きさの雷球を生み出し、高速で撃ち出す。
耐性がザルなオーガにはよく効くだろう。その証拠に苦痛の声を発しながら黒焦げになっている。
しかし、オーガを殺しきるには足りない。巨人族は伊達じゃあないな。
ならもう一発か。
「【サンダー・ボール】!」
再び雷球がオーガを襲う。今度こそオーガを焼き尽くし、音を立てながらオーガが地面に倒れ伏す。
ふう、と息をつく。結構消耗してるな……。
流石にオーガ相手に油断はできないから結構本気を出したからな……。
「レナード、ロズウェル! いるか!?」
「あ、どうしたんだよ。」
「何ですか? いきなり。」
適当に呼んだのだが、幸運なことに近くにいたらしい。
「手が空いているなら貸せ。切り込むぞ。」
手短に要件を伝えると長い付き合いのおかげか直ぐにフォーメーションを取る。
術師である俺を後衛に二人が前衛で魔物の足止めをする。
時間を稼いでいる内に俺が高火力の魔術を詠唱し、焼き払う。
魔物達は彼我の戦力差を理解したのか、統率が崩れ始めている。
どうやら他の部隊も上手くやっているらしい。
「なら、俺達も負けてられねえな…!」
そう口に出し、気を引き締める。
ここが正念場なのだ。いつも通り気を抜かず終わらせよう。
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