第8話
side 春宮紫苑
戦闘はあっさりと始まった。他の部隊の接近に気が付いたゴブリン達はどうやら警戒のレベルを上げたらしく武装した魔物がすぐ近くまで来ていた。
とは言っても先頭を突っ走る団長の敵ではなく、何かさせる暇を与えることなく屠っていく。仮に逃したとしても近くにいる兵士たちが油断なく仕留めていく。
しかし、進むにつれて数は増えていきようやく足を止めた。
ずっと走ることに気を使っていたため周りを見れていなかったが、止まって見えた光景は凄まじいものだった。一面ありったけの魔物という光景だ。流石に声を出してしまいそうになるが必死にそれを嚙み殺す。
周りの兵士たちが武器を構え、僕のお守の兵士が僕を庇うように前に出る。
「シオン、あまり前に出すぎるなよ。お前にはゴブリンを2、3匹を回していく。これくらいなら今のお前でも落ち着いてやれば十分対処できるはずだ。」
「ああ、全然大丈夫だぜ。ただ功を焦るなよ。前に出るのもだぜ。冗談抜きに死ぬからな。」
僕のお守の役割を与えられた兵士が説明をする。同時に励ましてくれるのも分かるが正直耳に入らない。しかし、誰も待ってはくれない。ゆっくりと落ち着く暇もなく僕の記念すべき初戦闘が始まろうとしていた。
△▼△
彼等が宣言した通り二匹のゴブリンが僕の前に回される。
書物に書かれていた挿絵と同じく緑色で子供ほどの体躯をしている。しかし、書物と違い彼らは真面な武装をしていた。鉄の胸当てと短剣を装備していたのだ。
なるほど……。確かにこれは可笑しい。何故なら彼らは鉄を使っているからだ。鉄の加工は難しい。高い知性は勿論だが、加工する技術と施設も必要となってくる。彼らの装備する武具はどれも彼等に合わせて作られており、非常に扱いやすそうだ。
そう観察していると、ゴブリン達が同時に襲い掛かってくる。しかし、動きは予想していたよりも遅い。余裕をもって攻撃を避け、長槍を振るう。
ゴブリンの一匹はバックステップで回避するが、残り一匹は回避が遅れ槍の柄をもろに叩きつけられる。槍が当たったゴブリンは吹き飛び、地面にぶつかり頭から血を流している。ほっとけばそのまま絶命するだろう。そして一息つく暇もなくもう一匹が短剣を突き刺そうと突撃してくる。
しかし、狙いが丸見えな以上、左手の
盾に短剣を防がれたゴブリンが力を籠めてくる。どうやら押し倒すことを目的としているのだろう。しかし、単純な力の方はこちらが上だ。盾を振ればあっさりと体勢を崩す。当然そんな隙を逃すわけもなく槍で貫く。
狙いは胸当ての下の腹辺りだ。体勢を崩したゴブリンはそのまま避けることも防ぐこともできずに腹を貫かれ、絶命する。槍を引き戻し、ゴブリンの死骸を捨てる。断末魔一つ上げずに死んだ彼もしくは彼女は恨めしそうな顔をしていた。
意外なことに何も思わなかった。不気味なくらいに何もなかった。生き物を、それも人型のものを殺したというのに。
「おい、シオン! ボサっとすんよ! ほらもう一回だ!」
そう言うと、またゴブリンが2匹僕の前に回される。
仕方ない。感傷に浸るのは後回しだな……。
▼△▼
その後も戦い続け、槍の切れ味が落ちてきたなと思った頃だった。ゴブリン達が退却を始めた。
空を見ると日は高く上っており、おそらく今は正午あたりの時間帯だろう。
「おお、意外ですね。てっきり重症の一つや二つ負ってるものかと思いましたが結構元気そうですね。」
槍に付着した血や肉の破片を拭っていると後ろからお守役の兵士が小さな瓶を持って立っていた。
「そうですね…。正直僕もどうして立っているのか不思議なくらいですよ…。」
僕はそう言って自分の体に視線を巡らす。体には幾つかの小さい傷があるくらいで骨折や打撲といった重症はない。出血も少なく、ほっといても3、4日程で治るだろう。
「まあ、あなたがそれだけ普段の訓練を真面目に取り組んできたという証拠でしょう。はい、これ。」
そう言って彼は僕に手に持っていた小瓶を渡す。瓶の中には緑色の見るからに怪しい液体が入っている。
「……何すか、コレ?」
「回復ポーションですよ。使ったことは無くても聞いたことくらいあるでしょう?」
そう言って僕に一個手渡すと懐からもう一つ出して一気に飲み干す。
回復ポーション、厳密にはポーションについては軽く知っている。
ポーションとは主に薬草なんかを材料として錬金魔術で作られる薬のことだ。効果は薬によって異なり、傷を癒すことや身体能力の向上など多岐に渡る。品質はピンキリで日常的に使えるほど安いが性能はイマイチなものから国家予算を軽く上回るくらい高価だが不可能を可能へ変えてしまようなものまである。
さて、少し脱線してしまったな。折角もらったんだありがたく使わせてもらおう。彼と同じように瓶の蓋を開け、中身を一気に口の中に!?
「ぐへっ! がはっ…! 何これ…!?」
無茶苦茶不味いんですけど!? 嫌がらせかよ!
「どうしたんですか!? ってああ、慣れてないのにポーション飲んだんですね……。そりゃあ、吐きますよ……。もったいないなあ……。」
「何でこんなに不味いんですか、コレ……? 絶対飲めませんよ……。」
「いや、当たり前でしょ。ポーションの原料の薬草自体が不味いですし、薬草以外にも蝶の鱗粉とか、得体の知れない茸や獣の内蔵を粉末にしたものとか入れていますからね。不味いに決まっているでしょう。」
彼は呆れた様子で僕へ色々と説明する。
いや、普通にあんた飲んでいたじゃん。というか何で飲めるんだよ……。というか何故これを常備しているんだよ……。流石にもっとマシなやつあるだろ。
「高いやつなら味が良いのがありますけど普段使いのポーションにそこまでお金かけられませんしね。それに値段の割に効果あるんですよ、コレ。」
そう言って彼は懐からもう一個ポーションを取り出し、僕へ振りかける。
「え? 別に大丈夫だったのに……。」
「いや、油断しちゃ駄目ですよ。毒を使われたり、傷ついた部分を狙われたら死んでしまいますからね。さて、少し休憩したら直ぐに出発です。奴らの大本を叩きますよ。」
そう言って彼は自分の作業へ移る。懐から小さな砥石を取り出し、刃を研ぎ始める。
他の兵士たちも止血をしたり、武器の手入れをして次の戦いに備えている。
戦とは命の取り合いだ。些細なミスは死に直結する。だからこそ予め排除できるものは排除しておくに越したことはないのだ。
……さて、僕も武器の手入れを再開するか。死ぬのは御免だからな。
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