第7話
side 春宮紫苑
都市は通常平野に作られる。土地の有効活用は勿論、開発の際の労力が少ないことが大きな理由だろう。他にこの世界特有のもので魔物の数が少ないからというものがある。平野には身を隠すものはない。これでは上位者からも雨風からも身を守ることはできない。さらに食料は少なく下位者が生きていくことは難しい。それは魔物であっても変わらない。
人型の魔物、厳密に言えば高い知性を持ち魔族と呼ばれるほどになれば話は変わるがあいにくそんな存在は滅多にいない。という訳で必然的に平野は文明を持つ生き物の領域となった。
しかしだからと言って油断はできない。
今回の魔物退治はどうやらその後者らしい。
△▼△
ゴブリン退治だ、と誰かが言った。
ゴブリン――緑色の子供くらいの大きさのある人型の魔物だ。その性格は残忍かつ狡猾で決して油断できない相手だ。知性が高いため、群れを成し、道具を扱う。しかし、ゴブリン最大の特徴はそこではない。
ゴブリン最大の特徴は異常ともいえる生殖能力だろう。確かにゴブリンは『特性』で〈異常生殖〉というものを持っている。
因みにここでいう特性とは辞書にある意味の特性ではなく、ゲームなどでいう固有スキルみたいなものである。
余談だが個人が持つものを異能、神や天使といった限られたものが持つ権能と呼称される。
この〈異常生殖〉だが効果は同じ形をした生物との生殖活動が可能になるというものだ。勿論その生まれた子供は一代限りではなく子孫を残していくことができる。この時点でもかなりの脅威だが、〈異常生殖〉という特性を持つ魔物は他にも存在している。
しかし、その中でもゴブリンが一番危険視されている理由はスピードである。ゴブリンが成体になるのに必要なのは僅か一週間ほどだからだ。出産からではなく受精してからである。
そんな訳で一定の軌道に乗ったゴブリンの群れは異常ともいえるスピードで巨大化していく。昔はたかがゴブリンと侮り、多くの国が滅びたらしい。そのため冒険者ギルドは勿論国家もゴブリン退治を積極的に行う。
と言っても国が軍事力を動かしてまでゴブリンを退治するのは非常に珍しいことだが……。
「しかし。何で軍団がわざわざゴブリン退治に行くんです? こういうのは低ランク冒険者の仕事なんじゃないですか?」
ゴブリンは弱い。いくら生殖能力が優れているからと言っても安定して育てることができなければ意味がないからだ。大量に生まれても全部脳みそが空っぽでは意味がない。
そして国が保有している軍事力や高ランク冒険者をそんな雑魚相手に使う訳にはいかない。
そこで白羽の矢が立つのが低ランクの冒険者たちだ。
戦闘経験の少ない彼等彼女等にとってゴブリンというのは丁度いい相手だ。
しかも常時依頼が出されているためちょっとした金策にもなる。
体は小さいから解体の練習にももってこいだ。
「仕方ないだろ。普段は森の中にいる奴等がわざわざ平野に出てきたんだ。それも王都の近くにだ。ここで冒険者任せにするには悠長すぎるし、軍団の存在意義にもかかわって来るからな。」
この周辺で森と呼ばれるような場所は一つしかない。
『緑の森』―――世界有数の繁栄を誇るアルファード王国の人口が世界一位になれない理由の一つである。
この世界にある『魔境』の一つであり、緑色の魔物、特にゴブリンが多く生息している。あまりにも多すぎて緑色以外が見えないことから『緑の森』という呼称になったらしい。
森は意外と広く、複数の魔物の群れが森の覇権を得るべく争っている。
森の外に出ても得るものがないため普通は森の外に出てこない。強いて言うならば争いに負けた群れが一縷の望みをかけて出ていくくらいだ。
「しかも今回のゴブリンの群れは変なんだよ。」
「変だったって何処が変だったんです?」
「ゴブリンがオーガを連れていたんだよ。」
「ゴブリンがオーガを従えたって言うんですか? いや、あり得ないでしょう。」
多少知性を獲得した魔物が他の種族を従えることは珍しいことではない。
人間だって牛や馬といった家畜がいる。それと同じようなものだ。
しかし、自分たちよりも上位の種族を従えるなんて話は滅多に聞かない。
高い知性を持った魔物が高位とはいえ知恵のない魔獣を従えるならまだしもオーガは巨人族であり、知性は高い方だ。
ゴブリンは確かに賢いがオーガを騙し続けることは難しいはずだ。
……そもそもオーガを従えるような群れが森の覇権争いに敗れていることもおかしいが。
「ああ、普通はあり得ない。だから国がこうやって退治兼調査を行うことになったんだ。タイミング悪く高ランクの奴等はいなかったらしいからな。」
なるほど、今回は調査も兼ねていたのか。
……しかし、団長そんなこと言ってたかな。報連相をきちんとしてほしいものだ。
▼△▼
標的は直ぐに見つかった。
休憩を取っているときに周囲の警戒をしていた斥候が群れを見つけたのだ。
どうやら移動していたらしく、かなり驚いた。
少なくともオーガは四匹はいたそうだ。
柵はあるが小屋といったものは作っておらず、柵の作り方からして直ぐに移動するつもりらしい。
その知らせを聞いた僕達は休憩を切り上げ、群れに攻撃を仕掛けることになった。
予め決められていた部隊にそれぞれ分かれて、部隊単位の行動となった。
因みに僕は何があっても対処可能なように団長と同じ部隊である。
「妙だな……。全員武装しているのは勿論だが、傷ついていない個体が多すぎる……。」
団長が遠くにいるゴブリン達を見て、そう言葉を漏らす。他にも見えている奴はいるらしくああだのこうだの言っている。
当然だが僕には見える訳ないです。どうなってんだろうねこの人達の視力。
「ゴブリンは相当な悪食で本能的です。治る見込みがないのをその場で喰っちまったじゃないですかね。」
「確かにそうかもしれないが、それにしては防具の汚れが少なすぎる気がしますね……。」
「確かにそうだが、それ以上に色々な魔物がいることも可笑しいんじゃないか? コボルトは兎も角、オークにリザードマン……それに騎獣として魔狼だっているぞ……。」
上のがああだのこうだの言っている内容なのだが正直ついていけない。
いや、話している内容や意味は分かるが標的が見えないから何を言ったら良いのかが分からないというのが正しいな。
因みに周りの奴等は流石に慣れているのか、特に気にせずにしている。
そんなときだった。
「武器を取れ。作戦変更だ、このまま突撃するぞ。」
団長がそう言って腰から長剣を抜き、戦闘態勢を取る。その言葉に応じて周りの兵士たちも臨戦態勢を取っていく。
急展開すぎてついていけない僕に気を使って周りの兵士たちが説明をする。
「多分、分かれている部隊がゴブリン達に見つかって連絡をよこしてきたんだろ。それで予め考えていた作戦では無理だって判断したんだろ。」
「それならいちいち他の部隊と連携を取る必要もないしな。それに時間をかけたら守りを固められて厄介なことになる。」
元々の作戦では四つに分けられた部隊で四方を包囲し、弓や魔術といった遠距離攻撃で戦力を削った後に白兵戦へ持ち込むというものだ。
平野に相手は陣取っているから直ぐに気が付かれるかもしれないが一応、全員が気配遮断の効果を持つ魔道具を装備しているから全くの成功する可能性のない作戦ではない。それに気が付かれたらその部隊を囮にすれば相手へ隙を作ることができる。
「よし、全員準備は良いな? 俺の合図で全員ダッシュで突撃だ。シオンは無理するなよ。お前には一応三人つけておくからな。そいつらを頼れよ。」
作戦失敗しかけているのに大丈夫なのか…?
気を使ってもらって悪いんだけどその三人も戦力に組み込んだ方がいいんじゃないか…?
「問題ねえよシオン。心配すんな。俺は一応軍団長だぜ? これくらいのことはある程度予想していたさ。―――それに相手は高々ゴブリンだぜ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます