第4話

side 春宮紫苑


羽根山との勉強会を終わり、図書館を出るころには太陽はすっかり西日に傾いていた。別に門限とかあるわけではないが急いで軍団の兵舎へ戻る。

図書館からそこまで距離はないからすぐに到着する。


「アあ、オ帰■■さい。シ■ン」


部屋の扉を開けると同室のジョンがベッドで寝転びながら声をかけてくる。

ちなみに部屋は基本的に複数人で使用する。そのため最低一人は同居人がいるのだ。


僕は運よく同居人は彼一人だが四、五人詰め込まれた犬小屋みたいなことになっている部屋もある。部屋はお世辞にも広いとは言えず、家具は人数分のベッドと椅子、小さい本棚と机が一つあるくらいだ。


ちなみに羽根山達は一人一部屋でインテリア完備、そしてベッドはこんな薄くて固いような代物ではなく柔らかくそこそこの大きさがあるらしい。

……あれ? 少し泣いていいですか?


「ゆウ人■様子はどうデシた■? 久シブりに■ったの■しょう?」


言語を習得していない今の僕では彼らが何を話しているのかがよく分からない。

しかし、これでも結構マシになった方なのだ。最低限以下とはいえ類推できるレベルでは聞き取ることができる。


軍団ここに来た最初の時は本当に酷かった。お互い何を話しているのかわからず半日ほど食いつぶしてしまったのだ。幸運にも言語理解の魔術を習得している魔術使いがいたおかげで何とかなったのが救いと言えば救いだったな……。


「元気そうでしたよ。勉強会もうまくいきましたし大丈夫です。」


「そうデスか……。しか■、マだこっちこの世界にキて二か月ほどで■。ナ■かあっタら聞いテクださイね? 副軍ダン長とは■え同室ナ■ですカらでキる限り手伝わせてモらい■■よ。」


「ははは、ありがとうございます。その時が来たら頼らせてもらいますよ。ところで今日は仕事持ってこなかったんですね。」


「………オわ■な■からゼ■部明日ニ回しタ。……明日シめ■書類モアるが■らん。」


おっと、地雷だったか。あからさまに闇を纏ったぞこの人…。

というか明日締め?の書類もやってないのか……。


「いや、忙しいのは知ってますけど流石にそれはまずいでしょう。僕も手伝いますから早く終わらせてしまいましょう。」


僕の言葉でさらに顔を曇らせる。最早この世の終わりが来たみたいな顔になっている。

しかし、手伝うと言っても書類の整理とお茶出しくらいしかできないけどな……。

そういえばこっちに来て数か月たつけどこの人ずっと書類とにらめっこしているな。

部下の人とかいないのだろうか?


「……アのバ■達にでキる■思いマすカ?」


……この人たまにこうやって人の心読むんだよなぁ。

本人曰く人の心を読むような異能なんて持っていないらしいけどどうなんだろうなぁ……。ホントは持ってんじゃないの?


 △▼△


結局僕たちは夜中遅くまで書類仕事をすることになった。

夕食後の八時くらいから深夜の二時くらいまでぶっ通しだ。おまけに終わったのは急を要するものだけだから救いがない。


しかも、次の日の訓練に遅刻しかけてしまった。ただ、遅刻せずに済んだのは本当に幸運だろう。遅刻した時のペナルティを考えるとゾッとする。

そんなこんなでいつも通りの訓練が始まった。

まずは軽く柔軟と受け身の練習をして、ランニングだ。


「……グフッ。アの、ク■ボケ…ゴホッ…。はあ、……殺ス。ゴホッ、はあ、ぐぶッ……。」


ふと、ランニング中に後ろを見るとジョンが今にも死にそうになりながらも走っている。


普段は書類仕事を任らされているためこういった訓練には基本参加しない。というか、できない。そのためかなり体力が落ちているようだ。


それでも段々ペースを取り戻しているのは流石副団長という他ない。

因みに僕もいかにも余裕ぶっこいていますよという感じだが結構きつかったりする。


……あ、ヤバイ、ゲロ吐きそう。


「ア? ■うげン界かァ?」


「情ケネぇ■ぁ。ア?」


周りにいるチンピラ紛い達が絡んでくる。

勿論無視だ。無視。


というか何か返す体力も惜しいし馬鹿正直に反応しても面倒くさいだけなのだ。

……まあ、悪い奴等ではないんだけどな。こういう絡みが面倒くさいだけで。


 ▼△▼


その後ランニングを終えた僕らは――模擬戦をしていた。

一対一だったり、チーム戦だったり様々だが、刃を潰した殺傷性の比較的低いものを使ってどつきあっていた。

え? ここは素振りとかそんなんじゃないのかって?

はっはっは。こんな蛮族紛いの奴らにそんな上等な訓練方法があるわけないだろう。


「お■おい、かン■え事とはヨ裕だナ!」


いきなり突風が吹き、僕を吹き飛ばす。

殺傷力は低いが、体勢を崩すには十分な一撃。

吹き飛ばされた僕目掛けて対戦相手が突っ込んでくる。


対戦相手は流石は兵士と言うべきか僕なんかよりもがっしりとした体つきをしており、エルフ族の証として尖った耳をしている。


「何度も同じ手を喰らうか……!」


コイツとは何度も相手をしている。

お陰様でパターンはかなりの量が頭に叩き込まれている。

すぐさま体勢を直し、横に跳ぶ。


相手の装備は大剣だったため、地面に刀身が落ちたとき、凄まじいまでの土煙が上がる。

一方で僕の装備は槍だ。威力は劣るがリーチと小回りは上回っている。


「テめェ…! ずイ分とイや■シく■っじゃ■えか……!」


相手の攻撃に合わせ、サイドステップで回避し、槍を突く。

大剣は大きさに見合った重量を持ち、凄まじい破壊力をもたらすが同時に機動力の低下をもたらす。


刃を潰してあるとはいえ槍の穂は金属の塊だ。

それなりの速度で振るえば相手の骨は折れるし、突けば肉は裂ける。


一応自画自賛だがそのそれなりの速度は出せるようになっている。

相手からしたらこんな訓練で痛い目に合うのは御免だろう。

攻撃と回避の比重が少しづつ回避の方へ傾いていく。


「ふん。お前らみたいな脳筋相手にまともに打ち合うと思ったら大間違いだ。少しは頭使え馬鹿っ!」


――そうやって僕が今まで一度も勝利したことないくせに調子に乗ったのが悪かったのかもしれない。


端的に言えば経験不足だった。

劣勢から巻き返す術を持っていても相手を仕留める術を持っていなかった。

それが僕への命取りとなった。


回避してはチマチマと攻撃するといったことを何度も繰り返す。

そうしていると相手の攻撃がどんどん大振りになっていく。回避行動も緩慢で素早さは感じられない。

ここが勝負所か……!


「【〈剛力パワード〉ッ】!」


詠唱を破棄して剛力の魔術を発動させる。

詠唱がない分効果が低くなっているが十分な効果は出せる。

槍を引き、ありったけの力を籠めて相手へ向けて叩き込む。


槍は相手の胸目掛けて進み、胸当てを砕――かなかった。


「嘘だろ……? 槍の穂を掴んで――ゴハッ!?」


僕が驚愕して、止まっている隙を見逃すはずもなく大剣の腹で殴られ、吹き飛ばされる。


ゆっくりと意識が闇に落ちていく中、対戦相手は高笑いをしていた。

……絶対いつかあいつに復讐してやろうと思ったのは言うまでもない。


 △▼△


あの後、待機していた治癒魔術を使える魔術師に回復してもらい、午前中はひたすら模擬戦を繰り返していた。


結果は勿論全敗だ。一応勝てそうな感じもあったが最終的には負けてばっかりだ。

まあ、ベテランの兵士相手に最近訓練を始めたペーペーが勝てるなんてご都合主義すぎるか……。


そして僕は今、ジョンたちとは別れて魔術の講義を受けている。

僕の他にも参加している人は多く、顔見知りも多い。

実践ではなく座学なため外ではなく、室内で行うことになっている。


因みに言語理解の魔術を使っているため、この時間だけ僕は異世界の言語がわかるし、彼らは僕の話していることが分かるため、非常にスムーズにコミュニケーションができるようになっている。


……僕一人の為に態々使ってくれて本当に申し訳ないが。


「それではこれまでの復習です。そもそも魔術とは――


講師役の兵士が口を開け、講義が始まった。


 ▼△▼


そもそも魔術とは何だろうか。

かつて僕がいた世界では御伽噺や神話、ゲームの中に出てくるもので実生活には何の影響もないものだ。むしろ「魔法が使えます。」とかいう輩がいた場合真っ先に中二病か精神病を疑われるだろう。


しかし、この世界では魔術は一般レベルまで浸透している。

一般人でも頑張れば理論上、高位の魔術でも扱うことができるようになっているのが特徴だ。


魔術を語る上で切っても切り離せないものがある。

それは魔素だ。魔素は大気中に存在し、人や獣、魔物問わず様々な生物が体内へ取り込み魔力へと練り上げられる。


そうして生み出された魔力は様々な用途で使用、または影響を与えることになる。

これは魔素、そして魔力は意思に強く反応するという性質を持つからだ。


例としてはさっきの模擬戦での対戦相手だろう。

彼は大剣を軽々と振り回していた。普通はこんな真似はできない。

体内で錬成した魔力が彼自身の身体能力を強化したためである。


他の例としてはこの世界には物理法則を無視した生物が挙げられる。

巨人族や竜族ドラゴンといった魔物が一番わかりやすいだろう。

巨人は約2~5メートルといった巨躯を誇り、竜は背中に生えた翼で空を飛ぶ。

物理的に考えてそんな体は維持できないし、竜に至ってはどう考えてもおかしいとしかいう他ない。


しかし、魔素により不可能は可能に変わる。

巨人の肉体は魔力により強靭に鍛え上げられ、竜は大気中の魔素に干渉することにより大空を飛翔している。


魔術はそんな魔力を用いて使用する。

魔導言語と呼ばれる特殊な言語を用いた呪文を詠唱し、魔術名を唱えることにより発動する。高位の魔術師ともなれば詠唱を必要としなくなるそうだが何故か魔術名―――又は発動句スペルキーと呼称される―――だけは必要となるらしい。


他にも方法はあるらしいが一番簡単かつオーソドックスなのが詠唱によるものらしい。

だから教えてもらっているのはこの『言霊魔術』のみだ。


そして魔術は11種類存在する。

内訳は『元素魔術』『幻影魔術』『結界魔術』『支援魔術』『治癒魔術』『時空魔術』『召喚魔術』『死霊魔術』『錬金魔術』『武闘魔術』『生活魔術』となっている。


それぞれに特徴があり、ただ使うだけなら兎も角熟達するには一つとってもかなりの時間がかかる。魔導言語の読解や呪文の暗記に魔力操作の修行などしなければいけないことが非常に多いからだ。


僕も空き時間に勉強しているのだが全く進まない。子供でも簡単に扱える生活魔術を除けば幾つかの簡単な元素魔術と支援魔術を習得しただけだ。


「シオン、ぼーっとしてないで授業を聞きなさい。」


講義役の兵士が僕に注意をする。

周りの人間は何をやっているんだと笑う。そこに悪意などはなく、学校での同級生同士のからかい合いと同じような雰囲気を感じた。


何処の世界も学びの場は変わらないのだなと少し変な気分になったのは秘密だ。

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