第3話
side 春宮紫苑
皆さんは異世界召喚と言えば何を想像するだろうか。
無能力だが追放されチートに目覚め成り上がる、最初からバグりまくりかと疑いたくなるほどのチートフルスロットル、もしくは仲間と共に成長していく王道バトルRPGか?
とりあえず少なくとも――
「オ■ッ!! ボサっト■■じゃネえ!!」
「■■中■ラすナよ!! 殺すゾ!!」
「甘っタれ■じゃね■ぞクソガキ!! 死■たクな■■ら動きヤがれ!!」
――むさ苦しいガチムチ共にしごかれる毎日ではないのは確かだろう。
△▼△
「あー……、昨日は酷い目にあった……。」
「紫苑殿も大変ですなぁ……。」
僕のボヤキに羽根山が心底同情した声で返す。
ちなみに今僕たちは図書館の中で男二人で悲しく勉強会中だ。
「なあ、羽根山は何で僕と勉強してるんだ?」
ふと思った疑問を投げかける。
僕は今呪われているらしい。
それもこの世界の人類が信仰する天界の神々に。
この世界で宗教というものは生活と深く結びついている。
中世以上の結びつきがあると言っても過言ではないくらいに。
神の意志が至高と教えられ、その伝令にして執行者たる教団の人々を絶対視する。
この世界の人類は神々の教えはいつ、いかなる場合でも正しいと信じている。
例え死ねといわれても喜んで従うだろう。
……宗教とのつながりが薄い現代日本人には理解できない話だ。
さて、そんな中に至高にして最善の連中に呪詛をかけられたやつがいればどうなるだろうか?
当然のごとく迫害されるだろう。
僕が今こうやって生きているのは何らかの利用価値があるからに過ぎない。
僕を今匿ってくれている軍団の人たちは何も言わないがそれ以外の人達の態度で分かる。陰口を叩くのは構わないが聞こえないようにやってもらいたいものだ。
さて、そんな奴が神々に選ばれただのなんだの言われている奴等と関わっていけるのだろうか? 普通は無理だろう。
「いやあ……。実は拙者、結構な落ちこぼれでして……。」
「はあ? どういうことだよ。」
「確かに拙者は紫苑殿と違い呪いなどというバッドステータスなどはありません。むしろ才能に恵まれているくらいですな。」
「……じゃあ何でだよ。話が見えない。確かにお前はコミュニケーション関係に難を抱えているところがあるが大した問題じゃない。というかお前の欠点なんてそれくらいしか思いつかないぞ。」
「それが拙者の才能は錬金魔術や鍛冶工芸といった部門なんですよ。でも拙者達を召喚した人達が望む力は戦う力。それも即戦力となるようなものを。つまり拙者の力は望まれたものではなかった。それだけのことですぞ。」
「………」
呆れて物も言えない。
ふざけている以外の感想がない。
自分たちで勝手に呼び出しておいてソレか?
「まあ、これらの能力は習熟に時間がかかりますからな。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれませんが。」
「……」
「そんな顔をしないでください。……さあ、勉強会の続きをしましょう。時間がないのはお互いでしょう。」
羽根山がそう言って、手元のノートと分厚い本に目を向ける。
もうこれ以上話すつもりはないという意思表示だろう。
仕方ない、確かに時間がないのは事実だからな。
▼△▼
アテナ教団の聖書にはこう書いてある。
世界は大神ゼウスを筆頭とする天界の神々によって創造された、と。
世界を創造した後、彩を加えるために幾千、幾億もの試行の果てに僕ら人間族をはじめとする生物を生み出した。
世界は美しく、秩序があった。
皆が皆神の教えを守り、神々は自分たちの眷属を導いた。
争いも、殺し合いも、盗みも何もなかった。飢えや病といった苦しみも存在しないまさに理想郷だった。
しかし、そんな世界を羨む者たちが現れた。それが魔界の神々である。
魔界の神々はどこからか現れたと思うと己らの眷属である魔物を生み出し、地上で繁栄していた種族を攻撃させた。
争いを知らない天界の神々の眷属はただ殺され、奪われ、虐げられていた。
天界の神々は魔界の神々の暴挙に怒った。
神々は地上の眷属に殺しの知識を、奪い、虐げる術を授けた。
これにより何とか魔物たちをある程度押し返すことができた。
しかし、戦況は膠着状態に陥り、長い時間が流れた。
長引く戦争はあらゆるものを堕落させた。
一度離された手が再びつながれることはなく、傷つけあった。
悪徳が横行し、善良なる者が虐げられ、不条理な苦しみが満ちていった。
人も、獣も、竜も、巨人も、そして神も、あらゆる存在が生まれてはすぐに死んでいった。
天界の神々は悲しんだ。
彼らが愛した美しい世界はもはやどこにもなかった。
緑であふれていた森や草原は真っ赤に染まった死の大地となり、生命であふれた蒼い海も屍と汚物が浮かぶ腐海と化し、黒く濁った分厚い雲により空からの光は途絶えていた。
見る影もないとはまさにこのことだった。
しかし、神々の嘆きを無視して、戦火は広がった。
そしてとある戦いにこの戦乱に終止符を打つために神々も戦に参加し始めた。
これにより文字通りの総力戦となった。
しかし、結果は引き分け。多くの生物が死に、天界も魔界もただ損耗しただけだった。
得たものはどこにもなく、ただ失っただけだった。
しかし、不幸中の幸いというべきか、お互いに戦力の大半を失ったことにより、事実上の休戦状態となり、仮初の平和が訪れた。
秩序の回復と共に自然も緩やかに回復し、緑や蒼が蘇っていった。
一応各地で小規模な戦いは起きたが世界を揺るがすことはなかった。
これら一連の戦いを天魔大戦と呼ばれている。
△▼△
ふう、と一息ついて分厚い聖書を閉じる。
幸いなことに数学や化学といった分野はそこまで必要ないため語学と歴史、地理、そして魔導学を重点的に勉強すればいいのだ。
しかし、歴史は見ての通り聖書由来なものである為相当眉唾だ。
……え? なんで〈言語理解〉を持っていないのにこの世界の文字が読めるのかって? そんなの羽根山に訳してもらっているからに決まっているだろう。
一応勉強はしているため聞いたり、話したりはある程度ならできるが読み書きはかなり致命的だ。普段の座学では魔術でどうにかしてもらっているが、訓練以外では魔術による補助がないためかなり苦労している。
話を戻すが読み書きも満足にできない男に聖書とかいう難解の権化を読み進めることができるだろうか? 言うまでもなく答えはできないの一択でしかない。
察しのいい人なら分かるだろう。僕が羽根山と一緒に勉強しているのは翻訳を頼んでいるからという理由からだ。勿論他のクラスメイト達がどうなっているのか知りたいというのもある。異世界召喚とかいうキナ臭いの権化に遭遇し、腐敗しきった国に滞在しているのだ。知り合いの安否確認くらいしたくなるのは当然のことだろう。
一応、勉強の前に聞いたのでは無事らしい。
ただ、ものの見事に分裂したということだ。
不良グループ、女子で構成されたグループ、そして羽根山や祐介達が所属する委員長を中心とするグループの三つにだ。今のところは分裂だけで対立や衝突といったことはないが時間の問題だと羽根山は言っていた。
おまけに貴族や聖職者といった連中がそれに拍車をかけている節があるらしい。
自分たちの権力争いに巻き込むつもりで満々なのだろう。
どうしようもないほどの怒りが湧いてくる。同時にどうしようもないほどの無力感に苛まれる。残念なことに手助けはしたいが今の僕には何もできないのだ。
……不思議と無力感がどこか懐かしい感覚だと認識している。
やれやれ、こんなモノ何度も味わいたくないんだがな……。
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