汗と花火

荻野咲良

プロローグ

学校祭。それは高校生たちにとって、貴重な青春の1ページ。

3年という短い時間の中でたった3回しか訪れないそのイベントは、高校生たちにとって、学祭準備という大義名分たいぎめいぶんのもと勉強をさぼることができる言い訳となり、仲間との一生に一度の思い出作りの場となり、好きな人との距離を縮めるチャンスとなる。

6月の県立緑が丘みどりがおか高等学校では、そんな学校祭に向けて生徒たちが浮足立っていた。うちのクラスの出し物どうしようか、クラスメイトのそんな会話を耳にしながら、佐々木結ささきゆいは明日使う教科書を机の中に突っ込んで足早に教室を出た。中央階段を上がって右に曲がった突きあたりの部屋。そこが結の放課後の活動場所、生徒会室である。

「おつかれ~。」

そういいながらドアを開けると、既に数人が席に座って書類の整理や打ち合わせをおこなっていた。結が窓際の自分の定位置である机にいくと、隣の席からお疲れ、という声が聞こえた。結が声の方に顔を向けると、この春から生徒会長に就任した同級生の有川誠ありかわまことが、こっちを見ていた。

「今日、17時から学祭実行委員との顔合わせと説明があるから結も来てくれ。軽い説明だけだから、俺ら2人で十分だと思うんだけどどう思う。」

この学校の生徒会執行部は、選ばれた学生が役職につくといったシステムではなく、学校行事の運営をしたいという人で構成された、いわゆる部活のような集団である。この生徒会執行部の中から話し合いのもと、生徒会長といった役職が選出されるが、結は3年生となったこの春から副会長に任命されていた。

「おっけー。いいんじゃない。今年は実行委員、けっこういるの?」

「今年かあ…。昨年よりはましかな。それでも少ないけど。」

「まあ、学祭実行委員なんて、いうなれば雑用だもんね。貴重な高校時代の学祭で、雑用やってもいいなんていう特殊な人、そんなたくさんいるわけないか。」

「有志だしな。これ、今日の顔合わせの資料。見といてくれ。」

結はそれを受け取ると軽く目を通し、顔合わせが始まるまで昨日やり残した資料作成の続きをやるべく、据え置き型のパソコンを立ち上げた。


5時より少し前に空き教室に入ると、既に数人の生徒が待っており、誠と結が来たのに気が付くと雑談していた生徒たちは静かになった。

「これから、第1回学祭実行委員会をはじめます。まず実行委員のみなさんは、有志なのにも関わらず学校祭の運営を手伝ってくれること、感謝します。」

そういって誠から、自己紹介と今後の活動の展開についての説明が行われた。30分程度で委員会は終了し、委員たちはぽつぽつと教室を出ていった。結が板書した黒板をきれいしようと黒板消しをかけはじめると、後ろで誠が誰かと話し始める声がした。誠の口調からしておそらく相手は同級生のようであった。ちらっと結が目線を向けると、長身ですこし制服を着崩した男子生徒が誠と話している様子が見えた。

椎名しいな~。お前、3年生なのにこんな委員に参加してていいのかよ。俺らとしてはありがたいけど。」

そう誠がからかうと、椎名と呼ばれたその男子は、

「俺は学祭、恋、青春、キラキラ、とか、そういうもんと縁がないからさ。そんなら、お前の役にでも立ってやろうかなと思ったわけよ。」

といって、いたずらっぽく笑った。

結は、そう言う割にはなんだかチャラそうな人だと思いつつも、聞こえないふりをして黒板を消し続けた。すると、

「黒板消すの手伝うよ。」

と、後ろから声がして、横にすらっとした影がたった。

「俺、椎名俊しいなしゅん。みんなからはだいたい椎名って苗字でよばれてる。誠と同じクラスなんだ。これから実行委員に参加するからよろしく。」

そういって、黒板消しを手に取った椎名がこっちをみて笑いかけてくる。

「佐々木結です。よろしく。」

やっぱり、チャラそうな人、と結は思った。

これが、椎名との出会いだった。

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汗と花火 荻野咲良 @sunsmile666

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