第10話 お伽噺の続き

「黒き血は、彼らには毒だ。だからユビニウムは黒き血を使って戦える武器を……私を作った」


くるり、とアストリットは俺へ向き直る。

俺の胸倉を掴むと、笑顔を向けた。しかしその笑顔からは優しさではなく、怒りが見て取れる。


「怪我を見た時は暗くて色など気にもかけなかったが、ハルの血も黒かったのだな。なぜ黒き血の者だと黙っていた?」

「い、いやあ、言い出すタイミングを逃してて」

「大事なことだろう!」

「言おうとしたらアストリットが殴ってきたんだよ」


ぐぬ、とアストリットは押し黙る。

解放された俺は、その場に座り込んだ。


「……ユビレウムはさ、年の離れた弟がいたんだって」


俺は、語り継がれていないお伽噺の続きを知っていた。


「その弟は、ユビレウムの最期を看取ったらしいんだけど、その時黒い血を受け継いだんだって。俺の家は、長女か長男に、ユビレウムと同じ薔薇の紋を刻むことで、黒い血を受け継ぐんだ。だけど、そんな習わしがあっても、家族は《薔薇喰いの剣》について信じてなかった。古い話だって言って、ただ伝統を絶やさないための儀式だった」


破れた服から覗く薔薇の痣をなぞる。


「じゃあどうして血が黒いんだって、ちゃんとした真実が知りたかった。だから俺は、俺がユビレウムと同じ血を持ってるって確信があったから、《薔薇喰いの剣》のお伽噺を調べてたんだ」


俺の話を、アストリットは静かに聞いていた。

その表情からははっきりと戸惑いが感じられる。

信じられない気持ちと、自分の知らないユビニウムの最期。


「アストリット。ユビニウムは、最期に『死ぬ前に一目でいいから私の剣に会いたかった』って言ったそうだよ」


そう言った瞬間、アストリットの瞳は大きく見開かれ、涙が零れ落ちた。



しばらくの間、アストリットは座り込み、泣いていた。

俺も、それ以上のことは話さなかった。


どれだけの時間が過ぎたころか、


「それにしても」


俺は大きなため息をついた。


「この光景はどう説明しようか」


咄嗟に学院ぐちゃぐちゃ、と言ってしまったが、本当にぐちゃぐちゃになるとはそこまで思っていなかった。平和ボケしているせいだとは思う。

瓦礫が散乱し、建物の壁は抉れたり崩れたり穴が開いたりしていて、一番目立つサイプレスの樹は斬り倒されている。


先生に呼び出されて、そのまま退学もあり得るだろう。

《薔薇喰いの剣》について調べるため、真面目な生徒を演じてきたが、これはもうどうにもならない。


「それなんだが」


ぐす、と涙をぬぐい、アストリットは顔を上げる。

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