第9話 サイプレスの樹
息を切らしながら、サイプレスの樹までたどり着く。
細長く、槍のような形の樹だ。
高さは十メートルは軽く超えているだろう。
途中何度も弾ききれなかった瓦礫にやられ、俺はあちこち怪我をおっていた。血も出ているし、痛みでわからなくなっているが骨も折れたりしているだろう。
肩口の怪我をして、さらにアストリットと血の契約を交わしたのだ。血が足りなくて、頭がくらくらしていた。
ぽたり、ぽたりと黒い血が落ちる。
「《薔薇喰い》を見つけたのは偶然だと思ってたんだが、お前が黒き血の一族だったとはな」
無傷のガラン先生は、俺を甚振るように歩いてくる。
「どうやら偶然っていうのはないらしいですよ」
ずるずると体を引きずりながら、後退する。
やがて背中にサイプレスの樹が触れた。
体をよろめかせ、俺はサイプレスの樹に体を預ける。
「万策尽きたか。ならば一思いに殺してやろう」
「殺られてたまるかよっ!」
俺は剣――アストリットを振りかぶり、サイプレスの樹を叩き斬る。太い幹でこそないものの、並みの剣では斬れなかっただろう。それを、《薔薇喰いの剣》は一振りであっさり斬り倒す。
剣を伝って、俺の黒い血がサイプレスの樹に流れた。
サイプレスの樹が黒く染まる。
浮かび上がったサイプレスは俺の目の前から消えた。
「ぐあ、ああああッ!」
俺がガラン先生に目を向けると、先生はサイプレスの樹に串刺しにされていた。
「終わりだ、エドガー・ガランド。サイプレスは生命のシンボルであり、死の象徴。貴様のような悪魔には耐えがたい苦痛だろう」
剣から淡い光がこぼれ、アストリットは人の姿へ戻る。
ガラン先生に歩み寄りながら、冷たい声で言った。
「ハルが子供だと思って甘く見ていたようだが、ユビニウムの黒き血がお前たちをどれだけ屠ってきたか忘れていたようだな」
「……くく、は」
死なないのがおかしな程、巨木が歪に突き刺さっているのに、ガラン先生は口を歪めて笑った。
「そうだな、忘れていた! 黒き血が、俺たちと同じく魔物の血だと!」
ははは、と高らかに先生は笑う。
先生の体は、さらさらと闇へ溶けていく。
「だが、ハル。ハル・グレーフィン! これからお前はたくさんの者から狙われるだろう! 俺に殺されなかったことを後悔しろ!」
「ハルは殺されない。私がついているからな」
アストリットは冷たく言い放った。
最後には、サイプレスの樹だけが残った。
エドガード・ガラン先生……エドガー・ガランドの姿は跡形もなく消え去ってしまっていた。
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