第6話 再会
俺とアストリットの間に、別の光源が当てられた。
思わぬ眩しさに目を閉じる。
「……ハル? ハルか? なんだ、まだ残ってたのか」
「……ガラン先生?」
数時間前に聞いたばかりの、気のいい教師の声だとすぐに気づく。
「資料室で居眠りでもしてたのか? こんな時間まで外出して、寮に帰ったら怒ら」
「なぜだ!」
俺とガラン先生の会話を遮るように、アストリットの声が響いた。
「なぜ貴様がこんなところにいる! エドガー・ガランド!」
聞き覚えのない名前が聞こえた。しかし、今はそんな場合ではない。
「お、おい、アストリット、キミは隠れて……」
「なぜここにいるのかと聞いている!」
ふうふうと息を荒げながら、アストリットは叫んだ。
「すまないが、人違いだろう。お嬢ちゃん、この学院の生徒じゃなさそうだが……」
「人違いなどではない。私は忘れていないぞ。貴様のその片目を潰したのは私だ! エドガー・ガランド、五つの国を滅ぼした悪魔の伯爵!」
アストリットの言葉に、ガラン先生が息を呑むのが分かった。俺も、アストリットの言葉の意味が分からず息を詰めている。
「もしやと思うが……貴様、《薔薇喰いの剣》か」
す、とガラン先生は片眼鏡を外した。ガラス面に細工してあったのだろう、片眼鏡に隠されていた瞳は、濁った灰色をしていた。
「今までどこにいた」
「お前には関係ない」
「ハルがお前を連れ出したのか」
「そうだ」
「そうか。それなら」
ひゅ、と風を切る音がして、俺は反射的に体を右へ傾けた。
左の肩口に、すさまじい衝撃が走る。自分のなかの、熱いものが爆ぜるような感覚があった。
「っ……ぐあぁ……ッ!」
痛みに思わず手で押さえると、ぬるりとした感覚があった。
そこでようやく俺は、ガラン先生から攻撃されたのだと気づく。
膝から崩れる。
学院でも剣技や対人魔法で模擬演習することはあるが、肉をえぐられることなど経験したことがなかった。
「ハルッ!」
アストリットが叫び、俺に駆け寄る。
小さな声で詠唱しながら俺の方へ治癒を施す。
「回復魔法は苦手なんだ」と微かに聞こえた。
「残念だ、ハル。お前は優秀な生徒だったのに。殺すのが惜しいと思ってしまう」
「……せんせ……っ、どうして!」
「俺の目的は、《薔薇喰いの剣》を探し出すこと。何百年もかけて、この学院に目を付けた。学生にまぎれた部下たちを使って空き部屋を探させていたが、まさか真面目な生徒がそれを見つけるとはな」
確かに先生は「ほかの生徒が空き教室をゴミだらけにした」と言っていた。てっきりただの世間話程度だと思っていたのに。
「……私を、《薔薇喰いの剣》を見つけてどうするつもりだ」
「当然、我らの王に献上する。剣は道具に過ぎない」
「私と契約できるのは黒き血の者だけだ」
「道具に意思も権利もない。あるのは力だけだ」
「ならばハルだけは見逃せ。要件が私だけなら、それで充分だろう」
「お前がおとなしく俺に従えば、な。だがここでハルを見逃してもお前は逃げるだけだ。そうやってお前もユビニウムもずる賢くして生き残っただろう?」
チッ、とアストリットが小さく舌打ちした。
そうしている間にも、治癒が追い付かなかった傷口から血が滴る。
「……すまない、ハル。巻き込んでしまった」
「どうするつもりだ?」
「……あいつらの言う王というのは、世界を掌中に収め、あらゆるものを自分たちのために働かせようとしているヤツだ。私は《薔薇喰いの剣》としてあいつらと戦わねばならない。………が」
アストリットは俺に、泣き出しそうな目を向けた。
「私は剣だ。人を傷つけることはできても、守る力はない。だからキミは、全力で逃げてくれ。私だけでなんとかする」
ゆっくりと、アストリットは立ち上がった。
「ありがとう、ハル。キミが私を見つけてくれて、本当によかった。短い時間だったが、楽しかったよ」
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