第5話 月下、二人で。
アストリットの協力のもと、学院の資料室へと帰ってきた俺は、ひとまず魔法円が見つからないよう隠すことにした。
隠したところで、中身は俺の隣にいるのだから意味はないのだが、それでもいつかこの魔法円を使って隠し部屋が必要になるかもしれない。
埃っぽい資料室の中をアストリットはきょろきょろと見まわしていた。
「学院、というのはずいぶん手入れがされていない場所なんだな」
「ここは普段は解放されていないんだ。俺は寮に戻るから、アストリット、キミは明日の放課後までこの資料室に……」
「却下だ。私はキミと行く」
「えー……」
控えめに言って、アストリットは目立つ。剣の姿でなくとも、十分すぎるほど完璧な美しさだからだ。
「どこか宿をとる? それか誰か、クラスの女子に事情を話して……」
「キミと行くと言っている。当然、キミの住む部屋に行くと言っている」
「俺の部屋!?」
門限破りだけでなく、美少女を連れて帰るだなんて、どんな罰が待っているかわからない。
いや、美少女を部屋に招くというのは嬉しい展開でもあるように思うが、今ではない。今はその時ではない。
「さ、さすがに女子は入れないかなぁ……」
「それなら問題ない。移動の時は剣の姿になり、キミが運べば済む話だ」
「マジですか……」
「ユビレウムも宿代をケチりたいときにはそうしていたしな」
けらけらと笑うアストリットに振り回されている感じもするが、俺にも時間がない。
しぶしぶアストリットを伴って資料室を出て、しっかりと施錠した。
夜の学院の廊下は、耳鳴りがするほど静かだった。
月の光とランタン以外に光源がないため、俺とアストリットは離れないようにしながら歩く。
アストリットは嬉しそうにそわそわしていた。
制服の一部である外套は、アストリットに着せている。
誰かに見つかったとき、すぐにアストリットを隠せるようにするためだ。
そもそも門限破りなので、俺は周囲に気を張って歩いている。
「久しぶりの外だ。空気がおいしい。景色が闇以外の色をしている」
彼女の言葉に、はっとした。
アストリットは、ずっとあの部屋にいたのだ。
「……あのさ、アストリット。キミは本当に、世界が混沌の渦に呑まれると思ってるの?」
「思っている」
はっきりと、アストリットは言い切った。
俺は肩をすくめて見せた。
「こんなに平和なのに?」
「平和は永遠が約束されているわけではない」
「……そうかもしれないけど、俺にはわからない。アストリットが言うような魔物なんて見たことがないし、最近聞いた一番悪いニュースは温室の薬草が全部枯れたってくらいだ」
「なんだと?」
ぐるり、とアストリットは俺のほうへ振り返った。
「温室の薬草が枯れた?」
「うん。まあ、授業には影響もなさそうだし、来週には薬草学の先生と庭師が手入れをし始めるらしいけど」
「……どうやら私が思っていたより、世界は悪く進み始めていたらしい」
「どういうこと?」
「薬草が手に入らなくなって、何が困ると思う?」
「さあ? 薬草学の授業が進まなくなるくらいじゃないか?」
「違う。薬草が手に入らなければ、魔法薬が作れなくなる。魔法薬は利用者を選ばないから、魔力がなくても使うことができる。たとえば争いが起きたとして、魔力が枯渇していても魔法薬があれば乗り切れる盤面も出てくる」
それは、いくつもの戦場を乗り越えてきた人間の言葉だった。
俺は思わず押し黙る。
「薬草を奪われて敗北した国を見た。薬草があれば助かった村も見た。薬草があったがために燃やされた街を見た。つまりこの学院も、狙われている可能性が充分にある」
アストリットの鋭い視線に、俺は息を呑んだ。アストリットはそんな俺を、まっすぐと見つめ返す。
「いや……でも、薬草があるのは温室だけじゃない。保管庫だってある。温室の薬草が燃えたからって、そんな……」
「それはどこだ? どこにある?」
「学院の、南に」
「おい、誰かそこにいるのか?」
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