赤ちゃんを抱いた女の人

アナマチア

ホラー


 これからつづっていくお話は、私が実際に経験したことなのですが、その前にアナマチアについて説明をさせてくださいね。


 これを読んでくださっている皆さまは、『幽霊ユーレイ』の存在を信じていますか? 


 私は、『信じていない』人間です。


 おかしいですよね。


 実際に、何度も不思議な体験をしているにもかかわらず、信じていないなんて。


 でも、これには理由があるのです。


 そもそも私は、『幽霊』を視たことがありません。しかし、それらしき存在を感じたり、心霊現象を体験したことはあります。


 あとは知人や友人のお宅を訪問したさいに、お仏壇がある場所がわかるとか、死期が近づいている人が分かる(病気とかではなくて、事故死する方が多いです)とかですかね。


 KAC2021のお題が『直観』でしたが、私のこの能力は、いわゆる『直感』にあたるものだと思っています。経験や知識にもとづく直観ではなく、「もしかしたらこうなんじゃないかなぁ……」みたいな。理由は分からないけれど、ぼんやりと感じるというか……うーん、自信をもって言えないけれど、「まぁ、そんな感じ」という曖昧あいまいなものです。


 けれども、この曖昧で不明瞭ふめいりょうな感覚は当たっているらしいのです。なぜならば、世に言う『霊感』持ちの方々に「その感覚、当たってるよ」と言われたからです。


 さて、そんな霊感持ちの方々に太鼓判を押していただいた私は、物心がつく前から、少し不思議な子どもだったようです。


 これは、両親から聞いた話です。


 私がひとりで遊んでいると、おもちゃの車(電池で動くものではない)が勝手に動く。


 いつも決まった場所で怖がり泣く。


 寝ていたと思ったら、突然起き出してウロウロする。そして、子どもらしくない無表情と口調で一言二言しゃべり、何事もなかったかのようにスーッとベッドに戻って眠る。


 ……などということがあったらしいです。


 では、ここからは、私が高校二年生の時に体験した怖い話です。



※※※



 私はとある共学の私立高校に通っていたのですが、そのときに仲良くしていた友だちが、霊感持ちの子でした。


 その友だちの名前を、『Hちゃん』としましょうか。


 Hちゃんはミステリアスな雰囲気ふんいきをした女の子で、どこか達観たっかんした考えを持つひとでした。


 Hちゃんの部屋には、ベッドの足元に、布でおおわれた古いドレッサーがあります。そのドレッサーは、彼女の祖母の嫁入り道具だったらしいのですが、なぜかその鏡を通して、幽霊の女の人と小学校低学年くらいの男の子が現れるそうなのです。


 Hちゃんの部屋に夜な夜な現れる母子は、彼女が就寝しようとベッドに入った際に、決まって現れるようです。


 幽霊の母親は、ドレッサーの鏡からい出ると、Hちゃんの足元に覆いかぶさります。そうしてHちゃんが身動きできないに、幽霊の男の子が現れて電気をつけるのだとか。


 Hちゃんは真っ暗にしないと眠れないひとです。


 なんとか母親の拘束からのがれると、電気のスイッチを消すのですが、そうするとすぐに男の子が電気をつける。Hちゃんがすかさず電気を消す。またつけられる。消す。の攻防こうぼうり広げ、男の子が満足して姿を消すと、やっと落ち着いて就寝するそうです。


 ちなみに、Hちゃんを拘束していた母親は、邪魔をするのは最初だけで、あとはHちゃんと男の子の攻防を静かに見守っているのだとか。……いったい何がしたいんだろう。


 さあ、ここからがやっと、タイトル回収のお話になります。


 ヤキモキさせてしまっていたらすみません。では、皆さんお待ちかねの『本当にあった怖い話』を始めます。



※※※



 とある日の早朝。


 その日は、私の住む地域に台風が上陸した日で、外はひどい暴風雨でした。


 当時、私が住んでいたのは、築年数が数十年のボロい2DKニーディーケーのアパートでした。普段からすき間風が酷く、地震が起きようものならば、たちまち崩れてしまいそうな……本当にボロいアパートでした。


 と、そんなアパートに住んでおりましたので、酷い暴風雨のせいでろくに眠ることができず、午前四時頃にはすっかり目覚めざめておりました。


 その日は平日でしたので、高校生の私は学校があったのですが、ニュースで天気予報を見る限り、休校になりそうだったのです。


 私が通う私立高校は自宅から離れた場所にあり、本数の少ない電車と本数の多い大きな本線を乗りつぎ、毎朝登校しておりました。


 そんな私とは反対に、Hちゃんの自宅は高校から歩いて十五分程の場所にありました。


 私たちが通っているのは私立高校ですから、公立高校とは多々違う面がありました。台風が上陸したからといって、休校にならない可能性があったのです。


 しかしその場合、私のように電車を乗りついで登校する生徒は、登校を免除されることがありました。


 午前四時台では当然のことながら、学校からの連絡はありません。


 休校になるのか、それとも電車通学の生徒だけ休みになるのか、その判断に困った私は、Hちゃんに電話することにしました。


 その当時は、まだ固定電話の方が主流しゅりゅうでしたので、私は子機こきを持ち、Hちゃんに連絡しました。


「Hちゃん、朝早くにごめんなぁ。今日、凄い台風じゃん? これって休校になると思う?」


「うーん、天気予報を見る限りじゃあ、お昼には落ち着きそうじゃけど、うちの高校は電車通学が多いけぇ、多分休みになると思うで」


 そうHちゃんに言われてホッとした私は、学校に行く準備をするのを止めました。


 Hちゃんとの通話が終わったあと、しばらくってから、休校の知らせがきました。


 しかし外を見てみると、先程よりも様子が落ち着いてきています。


 今更休校が取り消しになることはないだろう。


 そう思った私は、もう一度、Hちゃんに電話することにしました。


「あっ、Hちゃん? ごめんね、また電話してしもうて」


「ええよ、ええよ。やっぱ休校になったなぁ。ラッキーじゃね」


「なー、ほんまに。それでさぁ、台風が落ち着いたらHちゃんの家に遊びに行ってもええ?」


「ウチはええけど、家に来るには学校の前を通らんといけんじゃろ? 先生が来とるかもしれんけぇ、見つからんように気をつけてなぁ」


「うん、分かったわ、気をつける。じゃあまたあとでな」


 そう言って電話を切ろうとしたのですが、Hちゃんに呼び止められました。


「ん? どうしたん?」


「……大したことじゃないんじゃけどなぁ……」


 いつもより歯切はぎれの悪いHちゃんに、私は首をかしげながら、話の続きをうながしました。


「……ウチんとこに来る時にさ、白い軽トラの横を通ることになると思うんよ」


「軽トラの横?」


「うん。学校を通り過ぎて少し行ったところに、空き地があるじゃろ?」


「右手にあるやつじゃろ? それがどうしたん?」


 少し間があいたあと、Hちゃんは声をひそめて言いました。


「……その空き地にな、ボロボロの軽トラが放棄ほうきされとってな。その軽トラのところにな……おるんよ」


「えっ」


「じゃけぇ、おるんよ。赤ちゃん抱いた女の人が」


 その言葉を聞いた途端とたん、私は物凄いプレッシャーを両肩に感じ、ぞわりとした感覚とともに、どっと冷や汗が吹き出すのを感じました。


 ――これはよくない幽霊モノだ。


 そう直感しました。


「……で、でも、空き地の横を通らんと、Hちゃんの家に行けんじゃん。私、どうしたらええん?」


 震える声で聞くと、Hちゃんは言いました。


「知らんふりして」


「え?」


「ええから、ウチの言うとおりに、知らんふりするんよ」


「わ、わかった、けど……。でも、私は幽霊は視えんよ?」


「アナマチアさんは影響受けやすいじゃろ? それをあっちに感づかれたら、ついてくるで」


「――っ、わっ、分かった! 絶対見んようにする!」


 そう約束して、電話を切ろうとしたときでした。


 受話器越しに、ブラウン管テレビの砂嵐の音に似たものが聞こえ出したのです。


「えっ、なにこれ……。もっ、もしもし? もしもし、Hちゃん! ねぇ、聞こえる!?」


 しかし、Hちゃんからの返答はありませんでした。そして――


『キュルキュルキュル――』


 と、テープを逆再生するような音がして……、


『わた……の、あ……ちゃん……かえ……て』


 ブツン。


 途切れ途切れの不明瞭な声を最後に、通話が切れたのです。しかし通話が切れたあと、受話器からは何も聞こえず、無音が続くばかりでした。


 普通だと、『ツーツー』という音が聞こえてくるはずです。


「――ヒッ、〜〜っ!!」


 背中にぞわぞわっと悪寒が走り、恐怖にられた私は乱暴に受話器を戻しました。その直後、


 バンバンバンバン!!


 と、二階の窓を激しくたたく音が部屋に響き渡りました。


 その音は、どう考えても台風が原因ではありません。しかも、叩かれた窓の外には平らな壁しかなく、二階にある窓を人間が叩くのは無理です。


 それに私は、その窓のカーテンを開けており、叩く音がしてすぐにそちらを見たのですが、窓の外には誰の姿もありませんでした。


 あまりの恐怖で恐慌きょうこう状態におちいった私は、叫びながら、両親がいる隣室に駆け込みました。しかし、両親には窓を叩く音は聞こえておらず、電話の件も「台風のせい」と一笑いっしょうされてしまったのです。


 ……薄い壁で、テレビの音もつつ抜けのボロアパートで、部屋に響き渡るほどの打音だおんが聞こえないはずがありません。


 私は思いました。


 例の、赤ちゃんを抱いた女の人がやったのだ、と。



※※※



 その後、私はHちゃんとの約束通り、空き地の横を猛ダッシュで通りすぎ、Hちゃんの家に行きました。


 空き地の横を走り去る際、視界のはしにボロボロの白い軽トラと、そのそばに立つ、赤ちゃんを抱いた女の人の姿が視えたような気がしたのは――きっと……きっと気のせいだと、私は思っています。


 だって私は、幽霊を視ることは、出来ないはずなのですから……。



 おわり。



 余談ですがその後、Hちゃんに事のあらましを話すと、「え? アナマチアさんの方が先に電話切ったよね?」という言葉が返ってきました。


 ちなみに、Hちゃんの受話器からは、「ガチャン、ツーツー」という音が、ちゃんと聞こえたそうです……。



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