第二章 ~正義の味方に憧れて~

第二章-1

 柚妃名無。

 ゆきさきめいむ。

 僕が出会ってしまった死神は、結局のところ何者なのか。もちろん、ただの少女には違いない。だけど、この世は十人十色だ。一言で少女といっても、色んな女の子がいる。子供らしい少女から大人びた少女。彼女がどんな少女なのかは、まだ分からない。


「まぁ、もう二度と出会えないかもしれないけど」


 僕は公園でひとり呟く。

 昨日と同じ、夕方の公園で僕はメイムを待っていた。別に待ち合わせをした訳じゃない。僕が勝手に待っているだけだ。彼女の家がどこなのか知らないから、他に待ち様がないというのも、理由になる。

 とは言っても、どこに住んでいるかはある程度の予想は出来るけどね。

 まず、彼女はスーパーの袋を持っていた。そして、この公園を通り道にしている。という事は、単純に考えて近所にあるスーパーと公園の延長線上辺りに彼女の家があるのだろう。もっとも、メイムが公園に寄り道をしているというのならば、その限りじゃないけど。本当に極単純に考えれば、この近所だという事は確かだ。わざわざ遠くのスーパーに通う必要は無いしね。


「いや……あの容姿じゃぁワザと遠くに行ってる可能性もあるか……」


 どうだろう? あの子は、容姿を気にしているだろうか? 気にしているのなら、髪を結ったりするはず。

 ん~……やはり、色々と疑問がある。いくらも想像は出来るが、明確な答えは一個として出す事が出来ない。


「やっぱり直接聞くしか……んおっ!」


 妙な声が出てしまった。まぁ、公園の外からこちらを伺う髪の毛の塊を発見してしまったら、誰もが同じ様な声をあげてしまうはずだ。というか、僕じゃなかったら悲鳴を上げて逃げ出しててもおかしくはない。それぐらいにインパクトある衝撃映像。重複表現か? いやいや、そんなの気にしている場合じゃない。

 いつの間にか公園入り口に居たメイムだった。あれがメイム以外の何者でもないっていうのは、付き合いの短い僕でも簡単に分かる。今度こそ本物の死神だっていうのなら別だけど。

 しかし、遠目に見るとやっぱり不気味だなぁ。なにより髪質が傷みまくっているせいか。ベタベタ、とまではいかないが、サラサラには程遠い。一本の髪の毛が他の髪に絡まりあったりして、隙間なく彼女を覆い隠していた。髪の長さと量よりも、そちらの方が問題かもしれない。

 ……で、何をやっているんだろう。僕を見ているのかどうかも分からないな。何せ顔が見えないし。

 仕方ないので、僕はちょいちょいと手招きしてみた。メイムはそれに応える様に、こちらへと近づいてきた。


「こんにちは……いや、こんばんは、か」


 もう日が沈みかけているし、お昼の挨拶より晩の挨拶が合っているか。


「こんばんは」


 僕の挨拶にメイムは応えてくれた。まぁ、当たり前か。


「なんで、こっちを見てたんだ?」

「ん~……話しても大丈夫かどうか、迷ってたから」

「大丈夫に決まってるじゃないか」

「でも、みんな最後には私を避けちゃうから」


 ……まったく。

 なんなんだろうな。

 どうして、自分から地雷を設置して踏み抜いてくるんだろうな。しかもメイム自身は無傷っぽい。被弾したのは僕だけか。いやいや、僕がその程度のダメージで逃げると思ったら大間違いだ。まだまだHPに余裕があるんだぜ。


「そりゃ人選を間違ったからだろう。裏切り者を相手にする必要はないね」

「裏切り者?」

「そうそう。味方のフリして近づいてくるのに、最後にはどっかに行っちゃうなんてのは、裏切り者だろう。追いかけてもロクな事が無い」

「へ~、空夜さんも裏切られた事があるの?」

「いや……知らない間に敵がいっぱいになってた事だったらあるよ」


 サークルの先輩の内、九割が敵にまわってしまった。この場合、人選を誤った事になるのかなぁ。むしろ、事故に近い形か。僕は一切として悪くない。


「おぉ。空夜さんって不良? 男子、出家すれば七輪の敵ありってやつですよね」


 おいおい、善良な市民に向かってそれは無いなぁ。というか、出家ってなんだ? 僕はお坊さんになるつもりはこれっぽっちもないぞ。あと七輪の敵って秋刀魚か? それとも練炭だろうか?


「それを言うなら、男子家を出ずれば七人の敵あり、だ」

「あれ、そうでしたっけ。間違えました、あはは」

「それから、僕が不良に見える?」


 僕は自分の顔を指差して、メイムに聞いてみる。


「ううん、見えない」

「だろ?」


 あはは、と僕とメイムは笑う。

 よし、挨拶程度の会話としてはこれくらいで十分だろう。


「それで、見てたのは分かったけど、ここに来たのは?」


 予想は出来るけど、確信は無い。だからこそ、はっきりと聞いておきたい。


「え~っと……空夜さんとまた話したかったから」


 やっぱり。

 昨日メイムが言っていた。先生以外の人と話すのは久しぶりだ、と。そうだとすれば、またこの公園に来る可能性が高い。何せ、人と話をするのは楽しい事だ。僕も少しばかり経験がある。地元を離れ、大学に来た当初は誰も友人がいなかった。だからこそ、あのサークルに入ったのだけれど。お陰で会話する相手がみつかったのは、感謝するポイントだろうか。プラスマイナス合わせてゼロな気がするけど、仕方がないか。

 それはさておき、ネグレクト……いわゆる放置されている子供というのは他人に依存する事が多いそうだ。自分を構ってくれる存在が凄く嬉しいんだろうな、と思う。まぁ、ネットで調べただけのニワカ知識なんだけどね。


「そう。ちょうど良かった」

「え?」

「僕も話がしたかったんだ」


 そうなんだ、とメイムは苦笑した。

 少しばかり警戒されてしまったか……まぁ、当たり前か。下手をすれば現状だけで僕は捕まってもおかしくない。夕暮れの公園にいる怪しい大学生と怪しい小学生。通報されない事を祈るばかりだ。もっとも、遠目でメイムを少女と認識できればの話だけど。


「友達はいないのかい?」

「いないよ。小さい頃はいたんだけど、みんな離れていっちゃった。これも裏切り?」

「裏切りだな。さよならも絶交宣言もなしにフェードアウトするのはルール違反だろう」

「ルール?」

「厳密にいえば、モラルか。道徳とも言えるかもしれない。なんにしても、酷い話だろ。メイムは何にもしてないんだから。あ、名前で呼んでいいか?」


 漢字が漢字なだけに、名前にコンプレックスがあるのかもしれない。苗字で呼んだ方が良かったかな?


「いいですよ。私もさっき空夜さんって呼んだし」


 えへへ~、とメイムは笑う。残念ながら、その笑顔は良く見えないけど。


「その髪……」

「うん?」

「どうして切らないんだ? 伸ばしてるの?」

「えっと、ウチは貧乏だから、切るお金が無いの」


 嘘か。

 いや、嘘じゃない。

 どうだ、分からない。判断ができない。くそ。


「自分で切ればいいじゃないか」

「え!?」


 僕の言葉に、メイムは心底驚いた声をあげた。

 どういう事だ?


「髪って自分で切っていいの?」

「いいに決まってるじゃないか。駄目な理由が見当たらないけど?」

「だって、クラスの子はみんなお店で切ってるよ。女子は美容院って所で綺麗にしてもらってるって。だから、そこでしか髪を切ったら駄目なんだって……」


 常識が、足りないのか……それとも、嘘をついているのか。または、騙されているのか。ひとつ確実に言える事は、ここでの話に親の存在が全く出てこない事。

 育児放棄は、確実なのか……?


「空夜さん?」

「あぁ、ごめん。子供らしい勘違いだなぁって思って。そういや何歳?」

「十一歳ですよ。今度、六年生」

「おぉ。六年生か~。懐かしいな~」

「空夜さんは?」

「僕は十九歳。今度、大学二年生」

「大学生ですか。頭いいんですね!」

「いやいや、大学生って大抵は頭が悪いよ。受験勉強で頑張った反動で、大学に入ると遊んでしまう人間が多いし。それを言うなら小学五年生の算数なんて熾烈を極めていると思うよ」


 未だに算数の、水に溶けている食塩は何%でしょう、って問題は解ける気がしない。


「そうですか? 算数なんて簡単ですよ」

「そう言い切れるメイムの方が頭がいいよ。算数は得意なのかい?」

「ん~、国語の方が好きです。色々な物語が読めるし」


 長文問題か。いわゆる、この時の作者の心情を答えなさい、だな。大抵は選択肢から遊ぶ様になっているが、大抵は〆切に追われていて心情も何もあったもんじゃないと思う。あとは世の中の不平不満とか? まぁ、小学生と議論すべき内容ではない。


「僕は理科が好きだったな。実験が面白いし」

「あ、男子って好きですよね。将来は発明家になるって言ってる男子とかいますよ」


 メイムはケラケラと笑う。馬鹿にしているのではなくて、幼い子を温かく見てるという具合か。精神年齢は高いんだろうと思う。いや、高くならざるを得なかったのだろうか。


「あぁ、僕も同じ夢を見た事があるよ。発明家なんて職業はないのにね」


 現実は残酷だ。もし発明家を名乗る人物がいたのなら、余りお近づきに成りたがらないのが今の日本国民だ。まぁ、特許を取れば見方は変わってくるんだろうね。文字通り、味方が変わってくる、という事か。


「あはは。空夜さんも子供だったんですね」

「当たり前だろ。少なくともメイムよりは馬鹿だったさ。よく女子とケンカしたなぁ」

「え、そうなんですか?」

「というか、男子対女子みたいになってたよ。僕が子供の時代は、まだまだ幼い感じだったからなぁ。基本的に男女仲が良いってのはかっこうのからかわれる対象だったさ」


 女子と話す事はもちろん、ちょっと仲良くしてたらヒューヒューという言葉が飛んできたなぁ。アレは一体なんだったんだろう。今考えると、訳が分からない。それこそ、幼かったとしか言い様が無い。今や血眼になって女の子を求めているくせに。


「へ~、そうなんだぁ。今は彼女はいるんですか?」


 ……さすが子供。遠慮もなくプライベートに突っ込んでくるなぁ。いや、僕もさっきからズケズケとメイムのプライベートに土足で入っているんだけど。まぁ、会話が出来るだけマシか。話が出来ない程度に狂っていたら、僕にはお手上げだしな。


「残念ながら、男女関係の問題でとんでもない事になってるよ」

「え、え、なんですか、それ」


 あ、食いついてきた。もしかして、このぐらいの少女と仲良くなるのって、酷く簡単なのかもしれない。

 いやいや、この考え方は危ない。まるで僕がロリコンみたいじゃないか。


「あぁ~……長い話になるぞ。覚悟はいいか?」

「うんうん!」


 是非もないらしい。

 僕はため息をひとつ。それからメイムに、去年のはじめから巻き起こった、僕の物語を聞かせてやった。固有名詞もそのままに。どうせメイムと彼等に接点は無い。メイムがペラペラと喋ったところで、繋がりがある訳がない。

 そんなこんなで面白おかしく話をしていると、すっかりと日は落ちてしまった。それでも僕は話し続け、星が見え始めた頃に終わった。さすがに喋りすぎたけど、大丈夫なんだろうか。その……通報とか。


「ほへ~……破談万象の人生ですね」

「はだんばんしょう? それを言うなら、波乱万丈じゃないのか」


 あらゆる物事が破談するって、どんな四文字熟語だ。この世の終わりを示す言葉だろうか。恐ろしい。


「あれ、そうだっけ。あはは」


 メイムは笑って誤魔化す。ん~、馬鹿ではないのだが……常識と知識が足りないという感じだろうか。


「さて、もう真っ暗だし帰るか。メイムの家まで送っていくよ」

「え~、もっと話してたいです」


 家に帰りたくない……のかな? それとも、ただ単純に会話が楽しいのだろうか。何にしても、ここでいつまでも話を続ける訳にはいかない。


「駄目だ。子供は帰る時間だよ」

「むぅ。やっぱり子供って不便。はやく大人になりたいです」


 ロリコンには聞かせられない台詞だなぁ。


「ほら、送っていくよ」


 僕は手を差し出す。すると、メイムは遠慮なく僕の手を握った。それを待ってた訳ではないのだろうけど、顔を覗き見ると嬉しそうに笑っている。僕は空いた方の手で、メイムの頭を撫でておいた。相変わらず、傷みまくっている髪だ。ゴワゴワとしている。まぁ、この髪質については明日にでも聞いてみよう。会えるかどうかは分からないけど。


「どっち?」

「こっち」


 横に並びつつも、メイムの案内で彼女の家路につく。もう暗くなってしまっているので、通行人はいない。幸いなのか、どうかは分からないけど。

 程なくしてメイムの住んでいるマンションに辿り着いた。


「…………」


 正直に言おう。僕は偏見を持っていた。

 メイムは、貧乏だと言っていたし、もっとこう、オンボロな所に住んでいると思い込んでいた。だが、辿り着いたその場所に建っているマンションはかなり新しい。恐らく、オートロック的な物が付いているに違いない。ほら、なにせ見上げる程に高い建物だし。


「ここに住んでるから、いつでも遊びに来てね」

「いやぁ、さすがに女性の部屋に遊びに行くのは勇気がいるよ」

「あはは、私まだ子供だから大丈夫ですよ~」


 いやいや、こんな立派なマンションに遊びに行く勇気がないのです、ごめんなさい。


「ばいばい、空夜さん」

「あぁ」


 豪奢な入り口に向かっていくメイムに手を振る。何やら端末を操作して自動ドアが開いた。本当、これだけ見ればお金持ちのお嬢様だ。なのに、どうして、メイムはあぁなんだろう。何が狂っているのだろうか。


「……分からない」


 呟き、明るいマンションに背を向ける。メイムはすでに中に入ってしまった。最後にこちらを向いただろうが、残念ながら彼女の顔は見えない。

 さて、どうすればメイムと仲良くなれるだろうか?


「女性の心を掴むには、まずプレゼント……」


 いつだったかそんな話を聞いた事がある。高校の友人だったか? それともテレビだっただろうか? とりあえず、今はその朧な記憶を頼る事にしよう。

 財布を取り出し、中身を確認する。バイトしてない僕には、それほど余裕がある訳ではない。だが、これといって浪費癖がある訳でもないし、服なんかにもこだわりが無い。という訳で、どうとでもなるだろう。

 とりあえずは明日だな、と思いながら僕は家路を急ぐのだった。

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