第一章-6
「それって、ネグレクトちゃうんか?」
翌日、僕と梧桐座はいつものベンチに座っていた。相変わらずの寒空で、人の姿はマバラだ。色々な意味で有名になってしまった僕にはありがたい。もっとも、暖房が効いた食堂なんかには、すっかりと行けなくなってしまったのだけれど。
「ネグレクト?」
「いわゆる育児放棄や」
育児放棄……つまり、虐待か。
「確かに。通常の生活をしてたら、あの髪の毛はおかしい。普通は親が気にかけるものだよな。服も、何となく古かったし」
汚れている訳ではないが、なんだろう、長い間ずっと着続けている様な、そんな印象だった。
「せやろな~。で、そんな状態になっても、保護されてへんって事は、ストックホルム症候群も混ざっとるんちゃうか?」
ストックホルム? 地名だっけ?
「それは?」
「いわゆる人質が犯人を庇う精神状態になるって事や。この場合、そのメイムちゃんが親を庇ってるんとちゃうか?」
そうなんだろうか? 自分を放っておく両親なんて庇う価値なんて何もない。むしろ、早く保護されてしまった方が幸せになれるんじゃないだろうか。
「本当にそんな精神状態になるのか?」
「そんなん言われても知らんわ。なんせ誘拐された事もないしな。犯罪に関わった事なんか一切として無いで」
お前は?、と梧桐座が聞いてくるので、ある訳がない、と応えた。
この平和な日本において、犯罪に巻き込まれる人間は少数派だろう。いくらキレる若者とマスコミに揶揄されても、僕達は僕達で平和に生きている。人口減少に悩んでいるというが、それでも僕達に手厚い加護があるかと言われると、そうでもない。結局は、今まで通りに育てられている訳だ。
「なんとか助けられないかな~」
「その前に確かめなアカンで」
何を?
「メイムちゃんの状況や。本当に育児放棄なんかどうか。あと、ストックホルム症候群なんかそういうのや。すでにそういう事は通報なり相談なりされてると思う。それでも尚、茨扇が動ける事があるかどうか、や」
「……大変だな」
「まぁ、そらな~。漫画とかアニメとかじゃぁ、簡単に人は助かるけど。現実はややこしいやろ。正義の味方はおっても、正義のヒーローはおらへんで」
そうか。
そうだよな。
ボランティア団体が、まぁ言うならば正義の味方というところだろう。だけど、彼等は味方してくれるだけだ。完全無欠に、損得勘定を抜きにして、絶対正義を貫く、そんなヒーローなんて、この世には居ない。
まさに次元が違う、という事か。三次元から二次元の壁を突破できない様に、二次元から三次元の壁も突破できない。この世に自己犠牲をしてまでの正義のヒーローは存在しない。
「はぁ~……」
「なんや、えらい関わるんやなぁ。いつもみたいにゼロかイチかで考えて、白と黒をはっきり付けたらええんとちゃうん?」
関わるか、関わらないか。
助けられるのか、助けられないのか。
「この難しい問題を、スッパリ決められるかよ」
「はっはっは。つまり、それが答えやろ」
「え?」
「簡単に答えが出せない。つまり、助けたいと。出来るだけメイムちゃんを助けたいと思っとるんやろ。そこに答えが出とるやん。お前は正義のヒーローになりたいんやな」
ケラケラと梧桐座が笑う。
「笑うとこか、ここ?」
「気にするな。関西人は笑いのツボがちょっと違うんや。まぁ、頑張れよ」
と、梧桐座は笑いながら言う。
まったく。
果たして、どうしたものかなぁ~。
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