第18話 過去編⑪:浅影透夜

「詩央里ちゃんの家の場所? どうして?」

 確かに真衣さんからしたら、急に家を教えろと言われても困惑するだろうけど、きっと優しいから教えてくれるはずだ。

 だけど、どうしてと聞かれても未来予知のことはなるべく話したくないしなぁ。

「あー。えーっと……仲直り! そう、仲直りをしたいんだ」

「明日じゃダメなの?」

 思ったより乗り気じゃなさそうな反応だな……。

「今日早く帰っちゃったしさ。 明日来ないかもしれないだろ? なるべく早い方がいいかなって……」


 真衣さんの笑顔がいつもより曇っているような気がするけど、気のせいだろうか?

「透夜くんは詩央里ちゃんとなんで言い合いになってしまったの?」

 素直に夏祭りのことで揉めたことを話せばいいのだろうか。

 だけど、もしここで虐待のことを話したら?

 真衣さんは信じてくれるだろうか。


 俺はつばを飲み込んでから口を開いた。

「言い合い自体は俺のわがままなのもあるんだけど……」

「だけど?」

「真衣さんは、詩央里が危険な目に遭うって言ったら信じてくれる?」

「え……?」

 そりゃあこんな反応になるか。

「話の展開が急すぎるよ透夜くん。それにどうしてそんなことが分かるの?」


「詩央里は虐待を受けているんだ」

 本当は本人から聞きたかったし、助けを求めてほしかった。

 俺から真衣さんに言ってしまうのは余計なお世話かもしれない。

 だけど、傷つく詩央里を黙って見過ごせるわけないだろ……。

「……それは詩央里ちゃんが自分から言ったの?」

 こう返ってくるとは思っていたけど、痛いところを突かれてしまった。

「いや、言ってないよ」

「ならそれは透夜君の思い込みじゃない? それに、どうして言い合いになったのかもまだ詳しく聞いてないよ?」

 どうしようか。

 真衣さんなら家の場所くらい教えてくれると思ったのだけれど、意外と固いな。

 まぁ俺の説明も話しの順序もよくなかったのだけれど。


 けど、割り切るしかない。

 詩央里を救うためならもう嘘でもなんでもいい。早く行かないと。

「真衣さん、俺見てしまったんだよ。 詩央里の体に傷がついているのを」

「そんな……」

 もちろん嘘だ。

 真衣さんには申し訳ないけれど、今はしょうがない。

「それで普段から時間までに帰りたがるのも、夏祭りに行けないのも虐待が理由なんじゃないかと思って問い詰めたんだ」

 これは完全な嘘ではない。

「そしたら俺には関係のないことだって言われてさ、ムキになってしまったんだよ」

「そうだったんだね……」

「それともし夏祭り行ってもいつも通りの時間に帰れなかったら暴力を受けるんじゃないかなって」

「暴力を受けることが確定してるみたいな言い方だったけど……」

 最初に、危険な目に遭うって言い方してしまったしな。少しミスったかな。

「真衣さん。俺を信じてほしい。もし家の場所を教えてくれないならなんとしてでも行くつもりだよ」

 こんな田舎の町だ。知っている人はいるだろうし、辿りつく可能性は高いはずだ。

「まだ色々と聞きたいこともあるし、あんまり納得もいかないんだけどなぁ~……けど、透夜くんはなにを言っても行くんでしょ?」

 真衣さんはため息をつきながら、そう言った。

「もちろんだよ」

 先に折れてくれたのはありがたい。


「ただし!」

「ん?」

「全部終わったら、ちゃんと話聞くからね?」

「分かった」

 俺は力強く返事をすると、真衣さんはニコリと笑ってくれた。

 きっとめちゃくちゃなことを言ったはずなのに、受け入れてくれたのだ。

 詩央里についての真相を話してないとはいえ、ここまで協力してくれた真衣さんのためにも、詩央里を絶対に助けてやる。


「それで私は詩央里ちゃんの家まで送っていけばいい?」

 詩央里の家まで連れて行ってくれるのはありがたいし、もしものことがあったときに駆けつけてくれるだろう。

「うん。 お願いします」

「早いうちに行っちゃう?」

「ちょっとまってもらってもいい?」

「いいけど……私、車で待ってるね?」

「うん」

 真衣さんがポケットから車の鍵を取り出して、玄関のに向かったのを確認してから俺は、電話機を手に取った。

 電話をかける相手はもちろん幸太だ。

 

 しばらくコール音が鳴り響いてからガチャリと繋がった。

 いつもなら早めに出るんだけどな。

「もしもし~」

『ハイ。佐上です』

 都合よく幸太が電話に出てくれた。

「幸太! よく聞け! さっき予知夢を見たんだ」

 とにかく、事態が変わったことを伝えようと思ったら自分でも思ったより大きな声が出てしまった。

『う、うるさ! 落ち着いて透夜』

 落ち着いていられるはずがないと内心思いつつも、幸太にさっき見た予知夢のことを一通り説明した。

「――それで、今から詩央里のところに行く」

『なるほどね。けど本当にごめん透夜……僕は行けなさそうだ……』

 もしかして、また俺が行くべきではないとか思っているのか?

『今回に関しては本当に申し訳ないと思ってるよ。俺の母親が職場で倒れたんだ……。 だから今から病院に向かうつもりだよ』

 電話越しでも申し訳なさそうにしているのが伝わってくる。

 それに、片親の幸太にとって母親は大切な存在だ。来てほしいけど、こればっかりは母親を優先しないとな。

「そうか……そんな時に電話してごめんな」

『謝ることはないって。 一応、命に別条はないみたいだしさ。 それに俺も病院に行ったらなるべく早く駆けつけるよ。全力で』

「ありがとう助かる。真衣さんの携帯番号教えるから住所とか聞いといてくれ」

『分かったよ』

 その後、真衣さんの電話番号を教えてから一通り説明した。

『最後にさ透夜』

「どした?」

『なんか嫌な予感がするんだ……。 本来明日起こるはずの未来が今日に変わったり、急遽俺が行けなくなったりしているだろ? それって運命は変わらないと言わんばかりにことが進んでいる気がするよ……』

 確かにそれは俺も何となく感じていたことだ。

 未来は変わるとも思っていたし、簡単には未来は変わらるわけがないとも思っていた。

 それに、幸太のこういう勘は当たるんだよなぁ。

 だけどもう覚悟はできている。

「俺は俺のできることをするよ。 そして詩央里を救う」

『透夜ならできるさ。 とにかく透夜が傷ついてもいいから、詩央里さんだけは傷つかないようにね』

 ふざけんなとツッコミみたいところだけれど、これも幸太なりの励ましなんだろうな。

「任せろ。 それじゃまたな」

『うん。 行ってこい』

 ガチャン、と電話機をいつも以上に強く置いてしまった。

 もう俺だけでやるしかないのか。


 玄関の前にはすでに真衣さんが車を止めて待ってくれていた。

 助手席に乗り込み、扉を閉めるとエンジンをかけた。

「よし。それじゃあ行こっか」

「うん。お願いします」

「はーい」


 辺りはすでに暗くなり始めている。

 日が暮れ始めているし、あと三十分もしないくらいで完全に暗くなるだろう。

 夢の中だと家の中は相当暗かったし、夜であることは確実だろう。

 夢では時計の時間とか見たはずなのに、鮮明に覚えられないのが予知夢の欠点だな。欠点というか普通の夢を見たときのように記憶の光景にモヤがかかるようで、時間がたつほど記憶も曖昧になっていく。


 でこぼこした田舎道を進んでいると、運転中の真衣さんがいつもより低めのトーンで話を切り出した。

「透夜くん、一つだけ言っておくね」

「はい」

「詩央里ちゃんをよろしくね」

 俺が危険な目に遭うといってからだろうか。

 言葉に力がこもっているのが伝わってくる。

「あと、透夜君も気を付けてね? あ、一つだけって言ったのにふたつになっちゃったね」

「うん……」

 俺のことまで心配してくれるってことは、これから詩央里が危険な目に遭うと言ったことをそれなりに信じてくれていたのか?

 あまり信じてなさそうだったけれど……。

 けど、真衣さんも詩央里が家に来たときはほぼ毎日勉強を教えていたしな。

 身体に傷があったと言ってしまったし、心配になるのも当たり前か……。

 



「着いたよ」

 真衣さんはそう言うと道路の路肩に車を止めた。

 体感で十分くらいで着いただろうか。

「詩央里ちゃんのおうちはあそこね」

 そう言って指さした先にはごく普通の一軒家が建っていた。

 強いて言うなら田舎にしてはわりと現代っぽい家立ちだ。この辺りもこの田舎町では栄えてる方だしな。


「了解。ありがとう真衣さん」

「私は待ってればいい? それとも時間かかりそうなら迎えに来るけど……」

 待ってもらうのが何かあったときに安心ではあるけど、どのくらい時間がかかるか分からないしなぁ。

 幸太も急いでくるみたいだし、なによりずっと待っているのも周囲から怪しまれるだろう。

「また迎え来てもらってもいい?」

 それに家から十分くらいだし、割と早く来れるだろう。

「うん。……それじゃあ頑張ってね」

「行ってきます」

 真衣さんはそのまま俺が車から降りると行ってしまった。

 このあと、どうしようか……。

 このまま家の前に張り付いくわけにもいかないし、散歩を装って周辺を歩くとするか。


 しばらく歩いていると日は完全に落ちてしまった。

 適度に詩央里の家の前を通るように歩いていたけれど、今のところこれといった変化はない。

 というか、早速問題点が浮上してしまった。

 外を歩いているだけでは、家の中の会話が聞こえないのだ。

 考えたら当たり前のことなのだけれど、このままだと詩央里の父親が声を荒げてから俺が動き出すことになってしまう。それだと間に合わないかもしれないし、タイミングをうかがうこともできない。

 それに実際に立ち合ったら大の大人を止めることなんて出来るのだろうか。

 さすがに気持ちだけでは体格差は埋まらない。


 心臓がの鼓動がバクバクとうるさいぐらい聞こえる。

 時間が近づいていると思うと焦りが生まれてくる。

 なにも策が浮かばないまま家の前にいるけど、こうなったらもうやるしかない。やるしかないんだ。

 俺は震える脚で詩央里の家の敷地に踏み込んだ。そっと足音がならないように気を付けながら移動する。

 家の壁と塀の間は周りから死角になってるからここで待機するしかない。

 

 家の中から微かに話し声のような音が聞こえる気がする。

 なんて言っているのかは分からないけど。

 そろそろなのか……? 

 なんとなくだけど、そんな予感がする。

 声が段々と大きくなっている。怒鳴り声に近い男の声だ。


 ――夢で見たその時がもう来るのか? 

 急すぎるけど、もう行くしかない!

 俺は急いで玄関の前まで行き、インターホンを力強く押した。

 

 ピンポーン……、と二回コールが鳴ったけれど反応はない。

 ここからどうすればいいんだ……。きっと幸太が言っていた通り、居留守を使うはずだしこれは一時的なものだ。

 念のためもう一度インターホンを押したけれど、やはり変わりはない。

 クソ、このままだとどうしようもないぞ……。


 いや、まだ粘れるはずだ!

「すみませーん。 詩央里さんいらっしゃいますかー?」

 ――反応はない。

 ここまできたらもうしつこく攻めるしかない。

「あれ?」

 ――開いている!

 玄関のドアをノックしようとよく見てみたら、閉じ切っていないじゃないか。

 これはもう駆け引きをするしかない。

 もう一度、詩央里に手を上げる瞬間のギリギリまで待って一気に乗り込めば――


「また今度きます。すみませんでした」

 なるべく通るような声をだしたけれど、震えを隠せなかった。

 よし。これで一度帰ったふりをして、暴力を受けた瞬間に止めれば――ってそこから俺はどうすればいいんだ……?

 止めた後、何ができるんだ?

 逆に不法侵入で捕まってしまうかもしれない。

 カメラがあればその瞬間を捉えることができるけど、俺にできることは精々止めることぐらいじゃないか……。


 マズイ。マズイ。……マズイぞ。

 ここまで来たらもう行くしかないだろ俺。

 それは分かっているけれど、膝が震えている。

 朝影家にも迷惑かけるかもしれないし……。


「てめぇ調子のんじゃねーぞ!」

 玄関の奥から父親の怒声が聞こえてくる。

 夢で言ってたことと一緒だ!

 

 クソッ!! もうどうにでもなれ! 

 俺にできること。それは詩央里を救うことだ!


 俺は玄関を思いっきり開け、声がする方向へ一気に土足で入り込んだ。

 

 


 


 







  

 



 


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