第17話 過去編⑩:浅影透夜
お昼ご飯を片付け終えたし、詩央里に声をかけるか。
だけどご飯中はあまり会話できなかったし、朝のこともあって詩央里は不機嫌そうだったな……。
「詩央里。ちょっといい?」
ご飯の片づけが終わったタイミングで声を掛ける。
「……なに?」
やっぱり少し機嫌が悪そうだ。だけど、機嫌なんてうかがっていられない。
「午前中、断ってしまったのは謝るし申し訳ないよ」
「別にいいんじゃない?それで?」
あからさまにツンツンし始めた。
「もう一人にしないって約束する」
これは絶対に詩央里を守るという俺に対しての決め事でもあるかもしれない。
「……本当?」
俺より身長が少し低い詩央里は下から伺うように俺の目を覗いてくる。
「うん。約束するよ。絶対に」
「約束……だからね」
やっと笑ってくれた。
出会ったときからこの笑顔だけは変わらない。詩央里には一番笑顔が似合うな。
「それでさ、詩央里は明後日の夏祭り来れそうか?」
さっきまでの笑顔がサァーっと引いて顔が引きつっている。
「な、夏祭りのことなんだけどまだ待っててくれないかな?」
「やっぱり行けなそうか?」
「もう少し待ってくれる、かな?」
この様子から何か隠しているのは事実だろう。けど、まだ虐待だと決まった訳ではない。
「……親が厳しいのか? いつも時間を気にして帰るしさ」
今までなんとなく触れてこなかったことだし、反応が気になるところだ。
「そ、そんなことないよ! けど……わかんない。なんにもさ……」
あれ? そこまで否定するってことは虐待の線は薄いのか? けど、詩央里は明日の夜に暴行を受けるんだ。それは、普通じゃない。
「じゃあなんか他に理由あるのか?」
「ただ門限が厳しいだけだよ! それに――」
「それに?」
「透夜くんには関係ないじゃん」
――関係ない。
確かに詩央里はそう呟いた。
「……そっか。関係ないか」
「あ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
詩央里にここまで言われたら俺にできることなんてないのかな……。本人から聞き出す作戦は無理だし、他に方法考えないとかな。とりあえずもう一つの幸太の案を実行しないと。
「いや、確かにそうだよな。 分かったよ」
「え?」
「詩央里が夏祭り行けないなら、夏祭りはなしにしようと思うんだ。幸太とも話し合ったし」
「それはダメだよ! 私が行けなくても二人は行きなよ?」
「それこそダメだろ。 さっき言ったじゃないか。一人にしないって」
「そうだけど……そうなんだけど」
「なら行けない理由話してくれるのか?」
詩央里は気まずそうにしているし、絶対になにかあるのは確定しているのだけどな。
「だからなんもないって。 普通だよ、普通」
そういって愛想笑いを浮かべた。
やっぱり似合わない。詩央里は笑顔じゃないとダメなんだ。
だけど、このままだと何も変わらない。
何もかもダメなんだ。
「分かったよ。そこまで言うならさ、行けない理由話せないなら夏祭りはなしにする」
無理やりききだすことになってしまうけれど、しょうがない。むしろ、そこまでして言えない理由なんて、それこそ虐待を受けているんじゃないのか。
「だから、関係ないって言ってるじゃん……。明日までには行けるか確認してくるからさ、それでいいでしょ」
投げ捨てるようにそう言って、詩央里は部屋から出て行ってしまった。
助けを求める以前に、虐待のことすら話してくれなかった。
結局、夏祭りに行くこと自体を無くすこともできなさそうだ。
このままだと未来を変えることなんて出来ないんじゃないのか?
むしろ、そうなるように向かってるとしか考えられない。
俺は何があったのか大体の流れを幸太に電話で伝えた。
結局、今すぐに思いつく案は浮かばなかったしまだ明日の夜まで時間がある。
部屋に引きこもって考えるとするか。
「透夜君? さっき詩央里ちゃん帰っちゃったけどなんかあったの?」
真衣さんが俺の部屋の襖を強引に開けて入ってきた。
「いや、ただ少し言い合いになっただけだよ」
「大丈夫なの? ちゃんと仲直りできる?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
なんとなく目を逸らしてしまったけど、別に悪いことはしていないんだ。
「……大丈夫だよ。なんとかなる。っていうかなんとかする」
真衣さんなら予知夢の話を信んじてくれるんじゃないか?
唯一に近いくらい頼れる人間だ。
明日までになにも思いつかなかったらすべて打ち明けよう。
今日はもう頭を冷やしたい。
「仲直りはなるべく早くしなね?」
「分かったよ……」
真衣さんが部屋から出ていったのを確認してから俺は布団にダイブした。
今日はなんだか色々あって疲れたし、眠い。
明日までに案を考えないといけないけど、今は昼寝でもしよう。
また明日詩央里に会って仲直りすればいっか。
そうすることにしよう。
――あれ? ここはどこだ?
薄暗くてあまりよく見えない。
だけど、どこからか話声がする。
ここは誰かの家?
そして玄関に立っているのか俺は。
声の出どころは扉から光が漏れているあの部屋か。
分かったことは二つある。
まずはこれが予知夢であるということ。明晰夢でもあるし、この感覚は予知夢であることは確定だろう。
そしてもう一つ。 なによりここは――詩央里の家だ。
つまりは、明日の夜に起こることに関係があるかもしれない。
息が苦しい。
また詩央里が暴力を受けるかもしれない。たとえ夢の中だとしても俺は干渉することはできないし、見ていることしかできない。
夢の中では俺は、無力なんだ。
「――だからお願いだよ! 夏祭りに行かせてほしいの」
詩央里の声だ。
やっぱり幸太が言ってた通り、夏祭りに行くことを説得しようとしてたのか。
「あ? じゃあ家事は誰がやるんだよ」
扉は空いている。
ここはリビングだろう。父親が座っている前のテーブルには酒の缶や瓶が置いてある。
母親はいないのか?
「帰ってきてからやるから……」
バンッとテーブルを殴る音が響いた。置いてあった瓶や缶がガチャガチャと音を立てて倒れる。
「何時になるんだろなぁー!? その間俺の飯は誰が作るんだ? あ?」
「それは――」
「てめぇ調子のんじゃねーぞ! 誰がてめぇなんか育ててやってると思ってんだ!」
今にも消えそうなほど小さい詩央里の声をこれでもかというくらい大きな怒声でかき消した。
こいつはきっと怒る理由なんてどうでもいいのだろう。
自分の不満や怒りを勝手にぶつけて、発散しているだけだ。
「なるべく早く帰るからね? だからお願い……」
その瞬間、持っていた缶を詩央里に投げつけた。
「や、やめ――」
そのまま父親は立ち上がると、詩央里の前まで行き、腕を振り上げた。
「おい! やめろ!」
俺の声は届かない。
前回の夢の中と同じだ。振り下ろされる腕を止めることはできずにみていることしかできない。
殴られ続ける詩央里を。
「やめろぉぉ! おい! なんで聞こえないんだよ!!」
夢のはずなのに叫びすぎて喉が痛い。
詩央里のうめき声をかき消すように俺は叫び続けた。
前回、夢を見たときは殴られている最中に目が覚めたけれど、今回は違った。
詩央里は一通り殴られた後、ぐったりと横になっている。
どうやらまだ息はしているようだ。
「詩央里! 詩央里! 大丈夫か!?」
父親は倒れている詩央里にお構いなしに、そのままテーブルに座って酒を飲み始めた。
「ごめんね……お父さん……」
なんでこんなやつに謝るんだよ……。
詩央里は何も悪くないのに。なんで、なんで――
「明後日の夏祭りは行かないことにするから、ね? 怒らないで……」
え? 今、詩央里はなんて言ったんだ?
明後日?
う、嘘だろ……? 前回の予知夢では明日って言ってたじゃないか。夏祭りの前日だったのに。
明後日ってことは、――この予知夢は今日のことじゃないか。
なぜだ!? どうして今日なんだ?
俺が今日、詩央里と言い合いしたからか?
どうして、どうして、どうして……――
「うわぁああ!!!」
目が覚めた。
喉が渇いているし、ジワリと汗が浮き出している。
未来はそう簡単には変わらないと思ったのに、日時が変わってしまった。
今は、午後4時過ぎ。
日が落ちるまではまだ時間があるけれど、こうなったらできることは詩央里の家に行くことだ。だけど、詩央里の家も分からないし行ったところで俺に何かできるのか?
あの暴力を受ける光景を目の前にして、俺は動けるのだろうか……。
正直怖い。
だけど、考えてもしょうがない。そうやって今までも動いてきたんだ。
「透夜くーん! 大丈夫? すごい声が聞こえたけどー」
真衣さんがまたもや、襖を強引に開けて入ってきた。
タイミングとしては完璧だ。
「大丈夫。 そんなことよりも真衣さん!」
真衣さんなら知っている。
詩央里が倒れていた時に、家まで送っていたのだから。
「どうしたの?」
「詩央里の家、教えてくれ」
戸惑う真衣さんの目を見据えて俺はそう言った。
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