第3話 高校入学③:神楽坂いちは
やってしまった……。
よりによって大切にしていたハンカチをなくしてしまった。
無くした場所に心当たりはないし、もし学校で落としてしまっていても今はもう家に帰ってきてしまったから、明日学校に行って探すしかないかな。
でももし、またあいつらのいたずらだったらどうしよう……。
――ハンカチだけは無事でありますように。
不安で居ても立っても居られなくなりそうだ。
心臓の動機が激しくなるのを感じて余計に不安に駆られる。
「おばあちゃん……ごめんね……大切なハンカチなのに」
だけどまだ無くなったと決まったわけではない。
間に合うかもしれないし、やっぱり今日中に学校に探しに行こう。
いつもは学校の送り迎えはお母さんに車で乗せてもらうけど、帰ってきてから少し時間が経ってる今、もうお母さんは家にいないし、この時間帯は他に誰もいないだろうから歩いて学校に行くしかない。
歩いたら三十分ぐらいかかるだろうけど、大丈夫かな私……。
――覚悟を決めて私は玄関を踏み出した。
思ったよりも遠いのだと後悔した。
校門を通ると、ちらほらと部活終わりであろう生徒達が和やかな雰囲気で通りすぎていく。
やっとの思いで学校に到着したけど、足が痛いし帰りはどうしよう……。
けど、今はそんなこと考えている場合じゃない。早くハンカチを探さないと。
神楽坂の刺繍が入っているし、もし拾った人が居たら職員室に誰か届けてるかな?
あいつらの手には届いていませんように……。
とりあえず私は、職員室に向かうことにした。
「――……失礼します」
職員室に入ってみると、近くの職員用の机に佐伯先生が座っていた。
佐伯先生は一年生の時の現文の先生だったし、二年生になってまだ日も浅いからきっと顔を覚えていてくれてるかな……。
「すみません。お聞きしたいことがあるのですが……」
恐る恐る佐伯先生に声を掛けるとすぐにこちらに反応し、身体を向けた。
「おや? 神楽坂さん。ちょうどいいところにきたねぇ。もしかして落とし物かい?」
佐伯先生のテンションがやけに高いなぁなんて思っていたら、早速落とし物という単語が出てきたから私もテンションが上がってしまった。
「そうです! ハンカチを落としてしまったんです! 一応神楽坂って苗字の刺繍が入ってると思うのですが、届いているんですか!?」
「そうかいそうかい。まぁ一回落ち着いて。 しっかり届いているからね」
佐伯先生の口癖がこんなに温かく感じるなんてことは今まであっただろうか……。
優しい口調も相まって私は涙ぐんでしまう。
「それで……ハンカチはどこにあるんですか?」
佐伯先生は机の引き出しを開け、折りたたまれているハンカチを丁寧に取り出した。
「これであってるかい?」
白い生地のハンカチにしっかりと神楽坂と書いてある刺繍が入っている。
間違いなく私のものだ。
ホッとため息をつく。
よかった……今回はあいつらのいたずらではなかったみたいで……。
「……はい。 ありがとうございます」
「そうかいそうかい……それと、一応このリストに本人が受け取った証跡として名前を書いてもらわないといけないんだ」
そういって佐伯先生は名簿のような紙を取り出した。
名前を書くように促されたので、渡されたボールペンで名前を書いていると届け人の名前も記載されていた。
――『浅影透夜』。
予想だにしていなかった名前に思わず声が出た。
「え……」
どうして浅影の人間がこっちにいるの? しかもよりによって人殺しの噂の……。
どうして私のハンカチを拾って届けてくれたのだろうか。
「どうしたんだい?」
そう言いながら佐伯先生が私の顔を覗いてくる。
「いや、なんでもないです」
「そうかいそうかい。ちなみにこれを届けてくれた生徒達は部活動見学に行くと言っていたからね……もう帰ってしまったかもしれないけど、ミステリー研究部を見に行ってるかもしれないよ?」
「そんなんですか……」
浅影家の人間にお礼を言うべきだろうか……。
親たちはあそこまで悪態をついていたから関わりたくないのが本音だけど……しかもよりによって殺人鬼だよ?
そもそもあれだけの事件を起こしといてなぜ学校に来れているのだろうか。
絶対まともな人間じゃない。
だけど、大切な物を届けてくれたことには感謝しなくちゃいけないかな。
まぁ届け人にもう一人の名前が書いてあるしお礼に行くならその子のところに行こう。
「それじゃあミステリー研究部に行ってみます。預かっていただきありがとうございました。とても大切なハンカチなので本当に助かりました」
そういうと佐伯先生はニコニコと頷いた。
「そうかいそうかい。見つかってよかったねぇ」
本当に嬉しそうな顔をする佐伯先生にみてるこっちも和む。
「はい。失礼します」
届けてくれた佐上君はまだ部室にいるかな?
学年は一年生みたいだし多少は気が楽だ。
だけど、浅影も居たらどうしよう……。
多少の不安が残る中、私は職員室を後にした。
正直、学校まで歩いてきたからミステリー研究
部の部室がある四階まで上がるのは辛いなぁ。
足の疲労感が溜まって若干痛い。
これで入違いになっていたら相当ショックだなぁ……。
四階まで上がりきると、廊下の突き当りにあるミステリー研究部の部室の扉が開いていたので、まだ見学している可能性はある。
それにしても、ミステリー研究部かぁ。
ただでさえなんの活動をしているか分からない部活なのに、集まっている部員も癖が強いような噂は聞いている。
あんまり関わりたくないなというのが本音だけど、もうここまで来たら行くしかない。
教室に近づくと、何やら話し声が聞こえてくる。
話しの区切りがつくまで入らない方がいいかな?
けど、ここで待っていたら盗み聞きしてるみたいで罪悪感を感じるしなぁ。
どうしようか悩んでいるうちに会話の内容が若干、聞こえてきた。
「――・・・―浅影……は……こ――」
誰か男の人の声がするけど、はっきりとは聞き取れない。
だけど、浅影の名前だけは聞き取れた。
まだ、この教室にいるみたいだ。
どうせ、感謝を伝えたら多分もう関わることはないし今回だけは覚悟を決めよう。
教室の扉は開いているし、思い切って行くしかない。
心臓の鼓動が聞こえる。
どうしてこんなに緊張しているのだろうか。自分でもよく分からない感覚に冷や汗がでる。
――よし。
教室に近づいたその時だった。
「――……ころ……い――――お……た。心の…から死……、死んだ今でも殺して良かったと思ってる」
――え?
一瞬、思考が止まってしまった。
途中、声が小さくなったせいで聞き取れなかったけれど、今なんて言ったの……?
気づけば私は拳を握っていた。
私の聞き間違いじゃなければ、こんなこと言う人間はあの人殺ししかいない。
やっぱり、人殺しの噂は本当だったんだ。
自分の中でふつふつと何かが湧いてきている。
さっきまでの心臓の鼓動が自分を掻き立てるように、気づけば私は足を踏み出していた。
「――失礼します。ここに浅影透夜さんはいますか?」
足が震えている。
自分でもなんでこんな行動に出てしまったのかは分からない。
ただ、私がまっすぐ見据えている先にいる少年の眼鏡の奥の瞳を見て確信した。
浅影透夜で間違いない。
教室の中にいる残りの二人が目を見開いてこちらを見ているけど、関係ない。
三人の視線が私に向いている中できるだけ力強く言葉を吐き出した。
「――すみません。話があります」
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