Chapter14

【恒星系フレア 第五惑星パーサヴィアランス アナグラ】


 セナがアナグラに来て数週間。


 復元治療の後、地獄の様なリハビリの甲斐あって左腕は日常生活を送るのに支障がない程度に回復して来ていた。


 アナグラに常駐する医師も驚く程の回復力を見せたセナは現在ブラッドウォーターの戦力として使えるかどうかを決めるVR演習を受けている最中である。


 セナが演習で乗っているBTブラッドトルーパーはヤマト社製YSER-OW25。


 ライダーからは“セロー”と呼ばれ長年親しまれている中型機で、外見はモノアイの頭部とフレームの上に軽量合金製の装甲板が申し訳程度に施されているが防御面はあまり考慮されていない。


 その代わりと言ってはなんだが、宇宙での活動は想定されていない為、本来BTの設計段階で胴体部分の大半を占める気密機構や生命維持装置がオミットされており、軽量で機動性を重視された機体は操作性が良く、銀河連邦軍で長年、山岳地帯の偵察や斥候で使用している名機である。


「おらおら!嬢ちゃん!!何ぼさっとしてんだい!」


「くうぅっ!!!」


 対する相手はレベッカであり、乗っているのはYXG−T25、ライダーから“トリッカー”の愛称で呼ばれる中型機だ。


 ロングセラーであるセローの部品を流用して作られた兄弟機であり、知名度は低いが、セローより軽量な機体は熟練のライダーが乗ると異常なまでの機動性を誇る。


 セナが対峙するレベッカのトリッカーも類に漏れず、バトルナイフを両手に持ち体勢を低くすると突進し、機体のウィークポイントである関節部分へ、変幻自在の攻撃を仕掛けた。


 セナは堪らず、手に持っていたガンポットを投げ捨て、バトルナイフを取り出すと渾身の突きを繰り出すが、レベッカはバク転で避け、体勢を低くするとセナの懐に飛び込み逆手で持ったバトルナイフを左肩の接続部分に突き立てる。


「ほらほら!しっかりしないとせっかく治ったのにまた左腕が使い物にならなくなるよ!」


「くっ!!……まだまだぁぁぁ!!!」


 煽られたセナは懐のレベッカを突き飛ばすと右手に持ったバトルナイフを振り回すが、レベッカは攻撃を素早い身のこなしで避ける。


 掠りもしない攻撃を繰り返すセナは次第に焦燥感にかられ、なりふり構わず突き出した右腕をレベッカのトリッカーが掴むと蛇のように絡み付き主導権を奪い、機体の重量をうまく使い巴投げを繰り出した。


「うわわわぁ!?」


 いくら軽い機体だからといって空を飛ぶ事を想定されているわけもなく、VR空間のプログラムはシッカリと物理演算を行いセナの乗るセローは地面に叩きつけられる。


 BS LINKの原理を用いているシステムは機体に伝わる衝撃をコックピットにいるセナにフィードバックする。


 脳みそがシェイクされたかの様な錯覚を与え、セナは意識が遠退き、気絶しそうになるのを堪え、重い瞼を必死に開き当たりを見渡すと先程投げ捨てたガンポットが真横にある事を確認し、藁にもすがる思いで右腕を伸ばした。


「嬢ちゃん、戦場の教訓その1を教えてやる。“一度手放したエモノを拾うのは二流”だよ……覚えときな。」


 その通信を聞き視線を前方に移すと目の前にあったのはトリッカーの単眼であり、抵抗する暇もなく、レベッカは手に持ったバトルナイフでコックピットを狙った致命の一撃を繰り出すとセナの機体はブラックアウトし、モニターには“演習終了”の文字が浮かび上がる。


「くっ!!……くそっ!!」


 セナは振り上げた拳を自分の太腿に思いっきり振り下ろすと鈍い痛みを感じ、現実に戻ってきたと再認識しつつ、立ち上がって演習用のコックピットから出るとそこに待っていたのはブレイズとベニザクラだった。


 ブレイズは狐の様に目を細め、拍手をしており、隣にいるクマ男のベニザクラはそれを真似しているのかゆっくりと手を叩いている。


「いやぁ、ドロシーくん!見事な負けっぷりですねぇ、最後なんてまさに“蛇に睨まれた蛙”でしたよ!」


 セナはブレイズの物言いにイラッとして睨みつけると、ブレイズはわざとらしく両手を上げて降参のポーズをした。


「ブレイズ……ドロシーはまだ新兵ルーキーだ。多くを求めても仕方ない……。」


「その通りだよ、第一これで負けてたら先輩であるアタイの立場がないじゃないか。」


 ベニザクラといつの間にか合流していたレベッカも加わり自身の醜態に対してフォローされ、セナは少し惨めになりつつ茶化されていることに腹を立てても事実は変わらないとため息を吐きながらヘルメットを脱ぎ歩き出した。


「ドロシーくん、正直腕はまだまだだが、及第点だ。今日から君をブラッドウォーター特務作戦部の伍長として歓迎するよ!」


「嬉しいだろ?」と言いたげなブレイズに雑な敬礼をし、「ありがとうございます。」とだけ伝えると更衣室へと歩き出すセナ。


 それに続いてレベッカもブレイズを無視して通り過ぎるとベニザクラは「先に連絡通路で待ってる」と伝えてその場に残ったブレイズはやれやれと腕を上げた。





 セナとレベッカの着替えが終わると無機質な連絡通路を四人で歩きつつ、セナは疑問に思っていた事をブレイズに問いかける。


「ブレイズ特務少尉、現在のブラッドウォーター部隊にBTは配備されていないはずですよね?なぜ最終試験がBTのVR演習だったのですか?」


「あぁ、もちろん俺たちが派遣される戦闘で1番多いのは陸戦なんだけど、うちの部署は特殊でね、任務に合わせてBTも操縦することもあるんだよ。もちろんBTの特性上、マッチング率が規定にのっていないやつは戦車やら装甲車やらで代用するんだが、君はもともとライダー志望だったと聞いたから物は試しで乗せてみたら案外上手に操縦するもんだからビックリしましたよ。」


 ブレイズ達と数週間共に過ごしたセナは、ある程度彼らがどう言う人物か理解し始めているが、ブレイズに対してのイメージはあまりいいものではない。


 強いてこの狐男にキャッチフレーズをつけるとするのであれば“一言多い男”である。


 褒めるなら素直に褒めればいいものを“案外”と一言付け加えてしまう事で素直に喜べないセナは「ありがとうございます」と短く返事をしつつ、これから文字通り人生を共にする隊長がこんなデリカシーのない男である事を心の中で嘆いていると、そんな事気にするタマじゃないブレイズは言葉を続けた。


「まぁ、今語った事は建前で、真相は直近の任務にBTを使うことになるからなんだけどね」


「直近の任務?本日付けで私を入隊させるといっておりましたが、まさか……!」


「そのまさかだよ、ドロシーくん。君は実に運がいい、入隊初日から実戦配備だ!光栄だろ??」


 呆然として足を止めたセナの右肩をレベッカは「やったじゃないか、私の打ち立てた実戦配備初日のキルレを越えられる様に頑張れよ」とニヤけながら叩き、左肩を叩きながらベニザクラが「ご愁傷様」と短く言葉を吐く。


 セナは両肩に乗った手を見てやはりロクでもない人間たちに捕まったのだと大きなため息を吐きつつ通路を進み、大きく開かれた場所に出るとそこに広がっているのは巨大な空間に所狭しと銀河連邦軍で使われてきた歴代のBTたちが並べられている空間であり、セナもここ数週間で見慣れた空間になりつつあるが、全長7〜8メートルの巨人たちが当時の姿そのままで綺麗に整列している光景は見る人が見れば垂涎の光景であろう。


「この展示されてるBTが一機でも使えればアタイらもこんな苦労しなかったんだがねぇ。」


 そもそもこのアナグラは表向き、大手軍産複合体であるヤマト社、ホンド技術研究所、カワギシ重工、スズナ・アーマメントの4社が合同惑星開拓事業の一環として惑星パーサヴィアランスで一番大きな山“オリンポス”の内部を掘り作り上げた銀河最大級の戦争博物館であった。


 施設が出来上がった当時、各社の名機が当時のまま展示されていることもあり、銀河中にいるミリオタたちがこぞって押し寄せたが、この博物館は完全予約制であり、そもそも一般人の立ち入りが難しいことで有名で、入場できる人間は特権階級か大手軍産複合体4社の関係者しか入れないと噂になり、非難が殺到したが民間人の声が届くことはなく、今に至っている。


 そもそもこの戦争博物館というのは表向きの施設であり、今セナが見ている“アナグラ”は戦争博物館という施設の裏側である。


 広大なオリンポス山の麓に作られた戦争博物館の奥にはヤマト社、ホンド技術研究所、カワギシ重工、スズナ・アーマメントの合同研究所が蟻の巣状に張り巡らされている為、易々と一般人に解放するわけにもいかず、関係者はこの場所を“アナグラ”と呼び、存在をひた隠しにしているとセナは意識を取り戻した初日に施設を案内されながら受けた事を思い出す。


「残念ながらここにあるBTはモスボールされたハリボテに過ぎないが、今日の作戦で使うBTを起動させるために使えそうな部品をこの展示品から拝借したらしい、現役を退いた鉄屑の部品がどれほど信用できるもんかはわからないがね。」


 レベッカの問いに対してブレイズはやれやれといった感じで返しつつ、セナが意識を取り戻してから一度も踏み入れることを許されなかったアナグラの深層部分は続く扉の前に立つ。


「セナ・ワトソンくん、ようこそ“アナグラ”へ。これから歴史の裏側へ招待しよう。」


 ブレイズはセナに対して大袈裟な身振り手振りでお辞儀をしつつ、アナグラ深層部へと続く自動ドアを開き、セナはこの先に起こる出来事へ一抹の不安を抱えながら自動ドアの向こう側へと足を踏み入れたのだった。

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