Chapter10

【恒星系フレア 第五惑星パーサヴィアランス ラグランジュポイント付近 強襲揚陸艦アサヒ ブリッジ】



「艦長!マーズアイから入電!!“味方難民船団視認、数は数百隻、ダストと交戦中至急救援を求む”との事です!戦況データを中央スクリーンに出します!」


 血相を変えた通信手が叫び、中央のホログラムスクリーンが切り替わる。


 ブラッティは「やはりこうなったか」と呟き、隣にいた先任曹長も厳しい目つきでスクリーンを睨んだ。


「戦況報告!イエロー小隊が挟撃を仕掛け、味方護衛艦隊と合流!護衛艦隊は陣形を立て直しました!」


「イーサン達がやってくれたか、これで向こうも一息つけますな。」


 マジメンが戦況を分析しながらそう言うと、先任曹長は文字通り一息吐きながら、張り詰めていた緊張をほぐし呟いた


 ブラッティも電子タバコを取り出してひと吸いしながら、現状を打開する為に自分達がどう動くべきかを思案する。


「マジメン、ここから交戦宙域までどれ程かかる?」


「はい、アサヒの残燃料を気にしないのであれば通常航行で30分で着きますが、その場合戦闘艦であるアサヒと政府専用機とはいえクルーザークラスであるスターフォースワンでは船速が違いすぎる為、スターフォースワンをこの宙域に取り残すことになるかと。」


「ふむ……。ムラサメ少佐を呼び出してくれ。」


 ブラッティがそう言うとマジメンは敬礼しタブレットを操作してムラサメを呼び出すと中央スクリーンの端にムラサメの顔が映し出され、互いに敬礼して話題は早速本題へと移った。



「ムラサメ少佐、この状況で君ならどうするかね?」


 ブラッティは鋭い視線をムラサメに向けながら質問を投げかけ、ムラサメはその視線に動じることなく目を瞑り、少しの間、思考すると目を開け真っ直ぐブラッティを見据えながら答えを出す。


「……アサヒ単艦であったとしても難民船団の救援に向かうべきと考えます。」


「その場合、スターフォースワンが危険に晒される可能性があるが?」


「はい、それを鑑みてアサヒに待機している戦闘機部隊とBT部隊1個小隊をスターフォースワンの直掩に付け、私が指揮します。」


 その言葉を聞きブラッティは更に眼光を鋭くし、ムラサメを見定めるようにして言葉を続けた。


「……君に私の大切な部下を貸せと?」


「……はい。現状を打開する為には、アサヒがいち早く戦闘宙域に着く必要があります。」


「今アサヒに待機している戦闘機部隊とBT部隊は練度が足りていない。もしダストがスターフォースワンを狙った場合、凌ぎ切る自信があるのか?」


 ムラサメは一度瞑目し再度ブラッティを見据えると首を横に振る。


「……私はまだアサヒに任官して間もない為、艦載機部隊の練度に関して詳しくありませんが、練度がどうであれダストが攻めてきた場合スターフォースワンが惑星の影に逃げる際の足止め程度にはなるかと。」


「……君は私の部隊を借り受けた上に、自身が逃げ遂せる為の捨て駒として使うと言うのか?」


「……お言葉ですが、先程も申し上げた通り今するべきは難民船団の救援です。現状の打開策を考える上で最良な手段を取るべきだと私に教えてくれたのはブラッティ艦長であったと記憶しております。……そして練度云々と言う前に彼等は銀河連邦軍の兵士であり、スターフォースワンに乗っている大統領を含め民間人を守る為に任務を遂行するのは当然の義務であると愚考します。」


 ムラサメはその言葉を言い終え敬礼し、直立不動でブラッティの言葉を待つが、その沈黙に耐えきれなかった先任曹長が笑い声をあげた。


「い、いや失礼……艦長ムラサメ少佐を揶揄うからかうのはそれまでにしましょう。相変わらず少し物足りませんが及第点です。」


 先任曹長がそう言うと、ブラッティは微笑みつつ頷き、電子タバコのスイッチを入れてひと吸いする。


「ムラサメ少佐、君の作戦で行く。先任、CDCに行き艦載機を出撃させろ。……ムラサメ少佐“覚悟は”しておけよ。」


 ブラッティの言葉に先任とムラサメは敬礼をして通信を終えると、先任はブラッティに向けて不敵に笑い、その顔を見たブラッティは艦長帽を被り直しながら「なんだ?先任言いたいことでもあるのか?」と口から紫煙を吐き出しながら言う。


 先任曹長は首を振りながらその問いに答えた。


「いや、あなたは相変わらず言葉が足りないなと思いまして。」


「……何がだ。」


「まったく、何が覚悟しておけですか……艦長的にはムラサメ少佐に対してのアドバイスだったのでしょうが、単に“覚悟しておけ”だけじゃ怒られていると思ってしまうでしょう。」


「……。」


「素直に自分の命令で部下が死んだ時の喪失感や罪悪感に対して“覚悟しておけ”と言ってやればいいでしょうに。」


 ブラッティは無言のまま、先任曹長から目を背けると電子タバコをひと吸いし「やはり本物のタバコを吸いたい」とボヤく。


 先任曹長はその姿を横目にやれやれと言いながらその場を後にした。



 ブラッティは中央スクリーンをボーッと見据えながら先任曹長から言われたことを考える。


 ブラッティが軍人になり数十年と経ち、自身が上の立場になって、自分は人の上に立つ人間では無いなとつくづく思った。


「時とは残酷なものだな……。」


 今となっては過去の事であるが、紛い也にもビルド家の血筋を引くブラッティの人生を狂わせた元凶ダストが百年の時を超え目の前に現れたというのに、自身にできる事といえば椅子に座り、部下たちを見守ることくらいだ。


 自分があと10年若ければBTを駆り、戦場に単機で乗り込んで大立ち回りを決めてやりたいものだが、残念なことに今の体力ではBTを動かすのもやっとであろう。


 ブラッティは今更諦めていた過去の出来事を思い出し“センチメンタル”になっている事に驚くが、これは自身にそれだけ長年残っていたシコリだったのだと再認識する。


 先ほどムラサメに対して説教臭く突っ掛かったのもこの非常時に見守ることしかできない八つ当たりと、不可抗力とはいえ最悪の現状に巻き込んでしまったムラサメに対して少し負い目を感じていたからかもしれない。


 彼女とは短い付き合いであるが、先任曹長が言う様に諜報部の事務仕事をさせるにはもったいない才能があるとブラッティは感じており、だからこそアステロイドベルトでの一件が起こるまでは艦の指揮を一任して、調査任務が終わったらカーネルの奴に彼女を“追加報酬”として諜報部から引き抜き、数年間指導して自分が引退したらアサヒを任せようと思っていた。


 自身にはこの現状に巻き込まれても覚悟するだけの時間があったが、彼女にはその時間が無い。


 見方を変えれば、経験でしか得られない“覚悟”というものを今の段階で経験させてやれるとも考えられるが、まだサナギである彼女には経験よりも時間が必要だとブラッティは考えていた。


「これも鮮血の女神のお導きというやつか……ふざけた女神様だ。」


 中央スクリーンを睨みつけ呟くブラッティの耳に緊急事態を知らせるアラートが鳴り響く。


「マジメン!何があった!?」


「戦場に高密度粒子を確認!別働隊からの狙撃の模様です!!砲撃により、機関部を修理していたオリンピックが被弾!損傷確認中!」


 ブラッティは報告を聞き、また後手に回ってしまったことに歯噛みをする。


「艦長!マーズアイを介して護衛艦隊と通信が繋がりました!中央スクリーンに出します!」


 中央スクリーンにノイズが走り、少しするとダマスカス人特有の褐色肌に理知的な鋭い眼をした男が映し出され、スクリーン越しに目が合うと互いに敬礼を返す。


「ダマスカス方面軍所属第8艦隊巡洋艦“スターレット”艦長、ドミニク・ボーン中佐であります。……お目にかかれて光栄です大佐。」


「強襲揚陸艦アサヒ艦長ブラッティ・フォン・ビルド大佐だ。無駄話は後にしましょう、状況は?」


「はい、対艦型の奇襲に遭いました、迎撃には私が命令する前に、そちらのイーサン隊が飛び出して行きましたよ。流石は大佐の部隊、非常に優秀な部下をお持ちのようだ。」


「そうか、イーサンが対処しているのであればそちらは何とかなるでしょう、被弾した民間船舶の状況は?」


「被弾したオリンピックの損傷は軽微でありますが、ドライブで逃げようにもBS機関の修理と損傷部分の修復で時間が掛かる為、BS機関の修理を最優先とし、通常航行である程度まで逃げつつ、損傷部分の修繕が完了次第、直ちにドライブで逃げる方向で考えております。それまでは我々第8艦隊が殿しんがりを務めるつもりです。」


「ふむ、致し方ないと言ったところか。中佐、我々も後数十分でそちらの宙域に到着予定だ、それまで持ち堪えられそうか?」


祖国ダマスカスの英雄“不死鳥ブラッティ”が来ていただけるのであれば心強い、と言いたい所ですがアサヒには難民船団の護衛をお任せしたいと考えております。」


 意外な提案にブラッティは眉を顰めるがドミニクはその表情を察し、かけているメガネを直しながら話を続ける。


「我々の艦隊は旧式艦の寄せ集めであり、損傷も大きい為この先難民船団を護衛出来るだけの戦力は無い、せいぜい出来て殿しんがり程度です。それに先ほどの対艦型の待ち伏せがまたないとも限らない。アサヒには道先案内人になっていただきたいのです……。」


 その言葉を聞き、ブラッティは艦長帽を深くかぶり直し「わかった」と静かに返すが、内心“また見守ることしかできないのか”とため息を吐く。


「では、大佐よろしくお願いします……––––なんだ!!!」


「艦長!!マーズアイから緊急入電!!時空変動確認!ダストがドライブアウトしてきます!!」


「なに?!!」


 この場にいる者全員が驚愕の表情を浮かべ、スクリーンに映る時空変動を食い入る様に見ていると、今までのダストとは異なる形状をした大型の艦影が禍々しい紫電を撒き散らしながら顕現した。


「くそっ!!このタイミングで巡洋艦級が出てきたか!!ダストはどこまで狡賢くなってる!」


 ドミニクは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるが、すぐに平成を取り戻すと強い決意を秘めた目でブラッティを見定めて話を続ける。


「……大佐…先ほど伝えた通り、殿しんがりは我々が努めます。アサヒは難民船団の護衛をよろしくお願いします……。道半ばで護衛任務を放棄せざるおえないことは軍人として痛恨の極みでありますが、祖国ダマスカスの英雄に我々の任務を引き継げるとは……。これは鮮血の女神に感謝しなければならないな。」


 ドミニクはメガネの奥で微笑むと敬礼し、ブラッティは鋭い視線でその姿を見据え、通信が切れると電子タバコを取り出し紫煙を吐き出した。


 煙の行先を見ながら次の命令を出そうかと思っていると、不意に腕の端末がバイブレーションする。

 腕を捻り確認するとムラサメの名前が表示されており、ブラッティはいぶかしみながら端末を操作するとホロスクリーンにムラサメが映し出される。


「艦長、意見具申してもよろしいでしょうか?」


「……聞こう。」


「ドミニク中佐の作戦を聞いておりました。」


「君はスターフォースワンにいるのであろう?こちらの通信は聞こえないはずだが?」


「?……大佐が、私のフライベート端末に通信内容をお送り頂いてたのではないのですか?」


「……先任め、余計な事を。」


 戦友のわざとらしい笑顔を思い浮かべてブラッティは苦笑するが、まずはムラサメの話を聞こうと改めて通信画面を見る。


「まあいい、それで意見具申とは?」


「はい、今の作戦では難民船団は助かる可能性がありますが、ドミニク中佐の護衛艦隊は壊滅します。」


「……続けろ。」


 先ほどの八つ当たりの事もあり、口を挟む事なく先を促すとムラサメは頷き「これを見てください」と言うとムラサメが考えたのであろう作戦が書かれたファイルが送られてくる。


 ブラッティはそのファイルに書いてある作戦を読み進め、堪えきれなくなり肩を震えさせ、その姿をホロスクリーン越しに見ていたムラサメは「やり過ぎたか」と肝を冷やした。


ブラッティが再度視線をムラサメに送ると実態のないホログラムスクリーン越しに殴られるとでも思っているのか、目を瞑り歯を食いしばっているが、飛んできたのはゲンコツではなく今までに聞いたことがないブラッティの笑い声であった。


「くくくっ!アハハハ!!ムラサメ少佐!君は実に面白い!このアサヒを囮に使い、更にスターフォースワンまで戦力として駆り出そうと言うのか!これは傑作だ!!」


「……はっ?怒ってない??のですか?」


「君はこの最悪の事態を最高の祭りに変えようと言うのだ、どこに怒られる要素がある?こんな作戦があろうとは、私もヤキが回って来たな!そうだろ?先任?」


ブラッティがそう言うとスクリーンの端に先任曹長の顔が映し出され、笑いながら頷く。


「流石はブラッティ・フォン・ビルドの1番弟子、妙案を思いつきますな、ですがこの作戦を行うのであれば、大統領の許可が必要になります。」


先任曹長の質問に対してムラサメの横に控えていたのであろうグレースが割って入り「承認します。」と速攻で返す。


「どの道このままではジリ貧です。であれば、ここで勝負に出るのも悪くないでしょう?それにもう逃げるのは飽きました。ブラッティ艦長命令オーダーです……難民船団及び護衛艦隊を助け出し、そしてあの外敵を退けなさい!」


グレースは真剣な表情で言い終わるとニヤリと笑い、ブラッティは立ち上がると敬礼をしながら獰猛な笑みで言い放つ。


イェスターニエ。仰せのままに


ブラッティはその後、細々とした打ち合わせをムラサメとして通信を終え、マジメンを呼び出す。


「マジメン、このファイルにある二つの座標に超近距離ドライブをする。5分で出来るか?」


「舐めないでください、3分で終わらせて見せますよ!」


ファイルを受け取ったマジメンはニヤリと笑い、ブラッティは生意気な息子に向けるかのような目線を送る。


そそくさとその場を去るマジメンを見送ると先任曹長を通信で呼び出した。


「先任、新型あれを試すぞ。」


「アイアイ艦長、砲術長が最近出番がなかったから、今張り切って準備してます、時間には間に合わせますよ。」


先任曹長の言葉にブラッティは頷き通信を切ると艦長席から立ち上がり艦内通信用のマイクを手に取るとスイッチを押し、クルーに向けて話し始めた。



「ブラッティ艦長だ。長く説明する時間がないので手短に伝える。」


ブラッティの言葉が艦内に響き、クルー達は一時的に手を止め耳を傾ける。


「今からムシケラ共をぶっ殺しにいく!!」


艦内に木霊するブラッティの声を聴き、歴の浅いクルー達は突然の咆哮に唖然と言った感じだが、数少ない古参のクルー達は「艦長の悪い癖が出始めたな。」と笑う。


「奴らには今までのツケを払ってもらう!文句は言わせん!!総員戦闘準備!!!」


最後の一言で唖然としていたクルー達も状況を飲み込み、雄叫びをあげたり拍手をしたりと艦内は異様な熱気に包まれた。


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