Chapter7

【恒星系フレア 第五惑星パーサヴィアランス アナグラ】


 チカチカとボヤける視界。

 少しずつ戻ってきた体の感覚。

 ジンジンとした血流を感じ体は覚醒する。


「やっと起きたかラッキーガール。」


 酒焼けたハスキーな女性の声が脳内に響き、目を細めて辺りを確認すると、ホットパンツにタンクトップと露出度が高い格好をした女性がパイプ椅子に座りながらリンゴを丸ごと齧っていた。


 リンゴを食べ終えた女は一度ノビをすると立ち上がりこちらに向かって腰をくねらせながら歩き始める。


 清楚な顔立ちをした見た目とは裏腹、首から右腕にかけて民族的なトライバルタトゥーを施しており、“毒蛇のような女性”だとセナは思った。


「ここ……は……??」


「あんたは運が良かったんだよ、生死の境を行ったり来たりしながら三日三晩寝続けたんだ。身体中が怠いだろう?」



 三日も寝ていたと言うワードを皮切りに、自分の身に起こったことを思い出そうとするが頭の中がまだゴチャゴチャとしており、うまく思考できず、目を瞑り自分の中に残っている最後の記憶を呼び起こそうとする。


 瞼の裏側で脳内に浮かんでいるいくつものモヤをかき分けて、何とか思い出したのは平原で起こったあの事だった。


「!!……ダストが…!平原に押し寄せてきて!仲間を!……私の腕が!!」


「落ち着きな、急いでも最悪な現状から変わりはしないさ、ゆっくり深呼吸をしな。」


 急に戻ってきたあの夜の記憶は、治りかけていた傘蓋を剥がしてしまった時の痛みと衝撃に似た感覚で飛び起きようとするが、体が思う様に動かず上半身を起こして胸を抑えた。


 その姿を見ていた毒蛇の様な女性はやれやれとため息を吐き、過呼吸気味になったセナの背中をさする。


「私は……生きているの?……。」


「あぁ、辛うじてね、あの平原から生き残った人間はアタイらを除けばあんただけだよ。」


 その言葉お聞き、ふとダストに喰われたはずの左腕を見るとそこにはしっかりと腕がついており、セナは目を丸くしながら本物か確かめる為に、左腕を持ち上げようとするが、思うように動かず、自分の腕なのに他人の腕を持ち上げようとしているかの様な感覚に違和感を覚える。


「左腕を使うのはまだ無理だよ、復元治療で腕を“生やした”だけだからこれからリハビリしてやっと日常生活に戻れる様になる、それ以上を望むなら地獄の様なリハビリが必要だろうね。」


 セナの枕元にあるナースコールを押しながら鼻で笑う毒蛇が“それ以上”と言うのは兵士として使い物になるにはと言う意味だと思うが、確かにこの有様では仕方ないだろうと思った。


「ここはどこですか?」


「ここは通称“アナグラ”さ詳しくは後でブレイズから聞きな。」


 ナースコールを押して数分後。


 白衣を着た医者が現れ、身体検査を終えると「しばらくは安静にしてください」と言って病室を後にし、その後に入ってきたのは、あの平原で話しかけてきた狐のような男だった。


「やぁ、無事起きたようだねセナ・ワトソンくん」


 セナは敬礼をしながらブレイズが着ている軍服に縫い付けてある階級章を確認するが、少尉である階級章の上に普段見ることのない三角形の記号が着いており、それが“特務少尉”という階級章であることをつい最近軍学校で習った知識で思い出す。


「……はっ。この度は助けて頂きありがとうございました……えっと、ブレイズ特務少尉。」


 挨拶をするとブレイズは「良いところのお嬢様は硬っ苦しいねぇ」と言いながら隅に置かれたパイプ椅子を引っ張り出すと座り話を続ける。


「セナ・ワトソン伍長、父親はパーサヴィアランス開拓の立役者である銀河連邦軍准将“サイガ・ワトソン”。現在の年齢16歳、今年から銀河連邦幼年学校二年生。全ての成績で優秀、今回の惑星総動員令を受けて繰り上がりで伍長に任官学徒兵部隊の小隊長か、君も数奇な人生を送っているようだね。」


 ブレイズはセナの軍歴を手元の端末で確認しながら答え合わせを始め、セナは「間違いありません」と答えた。


「初任務は二週間前、フラスコビーチ防衛戦か。あれは酷い有様だったと聞いたけど、君は生き残ったようだね。」


「はい……学徒兵の8割があのビーチで死にました。」


 フラスコビーチはこの惑星の観光スポットとして賑わうビーチだったが、ダストの襲来で最終防衛ラインに設定されて、地形が変わってしまう程の攻撃を受け、ダストと人類の死体が入り混じり、文字通り血の海になった激戦区の一つだ。


「あの老害共のせいで割を食ったのが将来ある若者たちであったとは、実に嘆かわしい事だよ。」


「あのクソジジイ共は碌でもないねぇ。戦う気がない癖に口ばっかり出しやがって。司令部でふんぞりかえるくらいなら、前線で肉壁になった方が数億倍役に立つっていうのに。」


 毒蛇が舌を出しながらそういうと狐が「違いない」と笑う。


「おっと、自己紹介がまだだった、我々は民間軍事会社“ブラッドウォーター”特務作戦部のブレイズとレベッカです。普段は戦場を自由気ままに渡り歩いて、殺ったり殺られたりしてるんだが。今は訳あってこの“アナグラ”暮らしを強いられています。」


 民間軍事会社とは俗に言う“傭兵派遣会社”であり、その中でもブレイズたちの所属する“ブラッドウォーター”という会社は銀河連邦中の紛争に兵士を派遣している最大手の民間軍事会社である。


 ついこの前まで学生であったセナもブラッドウォーター社の名前は聞き覚えがあり、どこで聞いたかと思考してみると、幼年学校の警備を受け持っていた会社がそんな名前だったなと思い出す。


「……。」


「おや?何か言いたげだね?ワトソンくん、その疑問を当ててあげようか?」


 なんとなく沈黙を守っていたセナに対して大袈裟な身振り手振りを挟みながらそう言われ、セナは疑問符を浮かべるが、狐男は気に留める事なく話を続けた。


「“なぜ生きているのだろう”……そう思っているね?」


「……。」


「“なぜあの時死ねなかったのだろう”そんな事を考えている顔だ。」


 そう言われセナはハッとしてしまう。


 四方八方はダストに囲まれて虎の子のBT部隊は全滅、周辺基地の兵力は“防壁都市ソルツー”の防衛の為、全て出払っており増援は見込めない。


 挙句、司令部の連中が最後に送って来た命令は“兵士たるもの最後の一兵になるまで奮戦し、前線を死守せよ”の一文だけ。


 次々に死んでいく仲間たちを目の当たりにして、セナは確かにあの平原で、死んだと思った。


「君の疑問の答えは一つだセナ・ワトソンくん。君はあの時“生きたい”と心の底から望んだんだ。」


「心の底から……生きたいと……私が望んだ?」


「考えても見たまえ、周りには化け物共と食い荒らされた仲間たち、誰もが死んだ方がマシだと考える状況だ。君も手榴弾を抱きかかえてダストに喰われれば奴らに一矢報いて死んだ名無しの英雄ジョン・ドゥーになれたはずなのに、君は命ではなく、左手を犠牲にして生き残る道を選んだ。」


「あれは……咄嗟に出てしまった行動でした。生き残りたいと思った訳では……。」


 セナがそう言うとブレイズ毒蛇レベッカは腹を抱えて笑い出す。

 その姿を見たセナは内心、馬鹿にされたのだと思い腹を立てるが、ブレイズは笑い涙を拭きながら手をヒラヒラとさせた。


「いや、笑ってしまい申し訳ない。君があまりにも軍人として正しい事を馬鹿正直に受け答えするもんだからさ。僕たちがあんな負け戦で犬死するような奴を助けると思うかい?」


「……お言葉ですが特務少尉、あの場に居た兵士全員死ぬ気で戦っておりましたが、決して犬死などと思って戦っていたわけではありませんでした……。あの場に居た将兵全員がこの星のことを思い死んでいったことになんら疑いもありません。ましてや、犬死などと思ってあの場に立っていた者など一兵としてい居なかったと断言できます……。」


 セナは怒気を孕んだ声で睨みつけるとブレイズはその眼を見据えたあとため息混じりで首を振る。


「訂正しよう彼等は“犬死を強いられた者達”だ。だが君は違うだろ?強いられる事を良しとせず、もがき苦しみ醜く生き残った。君は本能的に気が付いたのだ“生物の本質”に。」


「生物の本質?……。」


「そうだ、生ある者のみが許される“生きたい”と言う渇望だよ。」


「生きたいと言う渇望……。」


「だから僕は君の生きたいと言う“渇望”を買ったんだ。」


「……私はあなたに買われたと言うことですか?」


「そうさ!あの平原で契約は交わされた。喜べ!ワトソンくん!君はこれから僕の手駒としてビシバシ働いてもらう!!」


「ですが……現在私の身は銀河連邦軍にあるはずです、そう易々と除隊出来る状況ではないと考えますが?」


「なーに、そう言ったアングラな小細工はお手のもんさ、しかもあの状況だ、司令部でもMIA戦闘中行方不明として処理されているだろう。第一治療費分は働いてもらわないとこちらは赤字だ、なんとしても君には働いてもらうぞ。」


 不敵な笑みでそう語るブレイズはポケットからタバコを取り出すと火をつけて「まぁ、君の命は君が思っているほど安くないけどね。」と付け足し、セナは命と引き換えに一体どれほどの負債を背負わされたのかと絶望するが、ブレイズは気に止めることなく指を鳴らすと病室のドアが開く。


 高さ3メートルはある出入り口に頭をぶつけないようにして屈めながら入って来たのは熊のような巨漢の男だった。


「コイツはベニザクラ、こんな見た目をしているのにも関わらす手元が器用でね、うちの部隊で工兵をしている。」


 ベニザクラと呼ばれた男は頭をペコリと下げると病室にあった車椅子を取り出しセナの元へと近づく。


 セナは困惑しながら、車椅子に乗れと言う事だろうと察し、ベッドから降りようとするが体が思うように動かずベッドから転げ落ちそうになり、それを目の前にいた熊男は柔らかい手つきで支えてくれる。


「……まだ動ける状況じゃない……。」


 低い声で熊男がそう言うとセナをお姫様抱っこの要領で抱きかかえ、セナは小さな悲鳴を上げるが、ガタイに似合わぬ柔らかな手つきでセナを車椅子に移動させてニコリと笑って見せる。


 その笑顔は凶悪な熊が牙を見せつけて威嚇しているように見え、セナは再び声にならない悲鳴を上げた。


「ベニ、お嬢さんがビビってるじゃないか、お前の笑顔はどんな殺人鬼より恐ろしいんだから。」


「そうだぞ、お前の笑顔は強面ってレベルじゃないんだから少しは自重しろ。」


 そんな風に狐と毒蛇におちょくられた熊はしょんぼりと肩を落とし、その光景を見たセナは少し反省して「すみません、ベニザクラさん、その……手伝ってくださりありがとうございます。」とフォローする。


「……別にいい……いつものことだから……。」


 目も合わさずそう言って車椅子を押し始める熊男に少しの哀愁を感じセナは今度からベニザクラの笑顔には気を付けようと心に留めた。


「さあ、セナ・ワトソンくんこれからしばらくお世話になる“アナグラマイホーム”を紹介しよう!」


 無機質な廊下を先導するテンションの高い狐とそれを引いた目線で見つめる熊と毒蛇。

 今まで出会った事のない人種に囲まれ、困惑を隠せないまま車椅子に座るしかない少女。


「そうだ、君の名前コードネームを決めないといけませんね……“ドロシー”と言うのはどうですか?」


ドロシー迷い子……いいんじゃないかい?お嬢さんにはちょうどいい名前だ。」


 毒蛇がそう言うと熊も頷き、狐は「じゃあ君はこれからドロシーだ!」と言って満足そうに笑うとセナは勝手に決まってしまったコードネームを聞き首を傾げつつ、「これから私の人生はどうなるのだろう。」と言う漠然とした不安に襲われる。


 先程とは違いはっきりとした頭で自身の過去を振り返って見るが、偉大な父の元に生まれ、しっかりとした教育を受け、両親の期待に応えられるように必死に努力して、今思えば、決められたレールに乗っかって生きてきた16年間であった。


 だが、ダストが現れてからというもの、今までの常識が根底から覆され、崩壊していった。


 自分の生きてきた道がこんなにも脆いものだと嫌と言うほど感じさせられたのはフラスコビーチ防衛戦だったが、あの平原で起きた出来事がくれた教訓は“これから先どう生き残るか”ということだ。


 セナ自身まだ何も知らない、まさに“迷い子ドロシー”状態なのであるが、目的はハッキリとしている。


 なんとも言えない清々しさを胸に秘めながら今はこの人達について行くしかないと思い直し車椅子の行先を見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る