Chapter6
【恒星系フレア 第五惑星パーサヴィアランス ラグランジュポイント付近 】
カイルガーランドは遠ざかっていく親友と、なんの因果か同じ隊に入ってきた“ブリザードクィーン”ことアイリスの機体を見送る。
カイルは「らしくないな。」とコックピット内で首を振り操縦桿を握り直した。
カイルの眼下に広がるのは、黒と赤をないまぜにして、有機物なのか無機物なのかわからない物体が入り混じり、辛うじて形を保っている化け物が数百隻は在ろう船舶に見境なく突撃を繰り返している光景。
反撃を受けた“ダスト”と呼ばれる化け物は弾け飛ぶが圧倒的な物量で反撃を物ともせず船団の最後尾を守っていた護衛艦に取り付きシールドを削る。
最初は取り付いたダストに対応していたが、先ほどまで数匹であったはずのダストが気がつけば数十匹、数百匹と増えていき、強靭な爪とダストの構造上口にあたる部分に生えている牙を使い、最後尾で船団を守っていた護衛艦のシールドを破り装甲板を食い破ると一匹また一匹と艦内に入っていく。
数分経った時には護衛艦の装甲という装甲が食い破られ機関部が暴走したのかBS反応炉が誘爆する際に放つ赤い粒子を撒き散らし、船体の中央部分がひしゃげ爆散した。
「護衛艦が食われたぞ!」
「まずいな、このままだと民間船がやられるのも時間の問題だぞ!」
焦った声で言うのはイエロー小隊の面々、ブリーフィングの時や休憩室で顔を合わせたり挨拶程度はする為カイルと面識はあるが基本的に他の隊連中と合流を持つ機会も少ないのであくまでも顔見知りであるのだが、今はイエロー小隊に組み込まれる形になっているカイルはなんとなく居心地の悪さを感じ、いつものノリで軽口を叩く訳でもなく黙っていた。
「イエローリーダーよりイエロー小隊各機、アロー陣形でダスト共の後背を突く、俺が先頭、パープル2はイエロー3の後ろに着け!いいか、あくまでも一撃離脱戦法でいく、駆逐艦の装甲を食い破る連中だ、足を止めたら食われるぞ。尚、ダストのジャミングにより味方船団とのコンタクトが取れていない、よって味方護衛艦は俺らに構わず撃ってくる。フレンドリーファイアには注意しろ!いいか!これ以上俺の管轄内で死者を出すのは許さん!死ぬなよ!!」
「「「了解!」」」
イーサンからの通信に各機返信を返し指示通りアロー陣形を作る。
パープル2であるカイルを含めた臨時編成のイエロー小隊の5機は人型兵器であるBTの特性を生かし脚部のスラスターを吹かすとダスト集団の最後尾に向かって急降下させた。
流石イーサンの率いる隊なだけあり、一瞬の乱れもなくダストの最後尾に着けるとイーサンの号令でガンポットの引き金を引く。
後方から強襲を受けたダストはなす術もなく銃弾を受け、四肢や胴体を四散させていった。
数分の内にイエロー小隊とカイルは数十体のダストを文字通り
一撃離脱と言っていたイーサンは「これならいける」と踏んだのか作戦を変えてダスト集団のど真ん中を爆進して行く。
「クソッ!数が多過ぎる!!」
「イーサン大尉!一撃離脱戦法はどこにいったんです!?」
そんな風にボヤく隊員に対してイーサンは一言「戦場ってのは状況がレイコンマ何秒で変わるもんなんだよ!臨機応変に対応しろ!それに離脱してないんだからこれも一撃のうちだろ!!」と自分の作戦を擁護する。
イエロー小隊の面々は「またはじまったよ」と渇いた笑いを浮かべつつダスト共のマヌケなケツに鉛玉を打ち込む作業を続けることにしたようであった。
「マグチェンジ!!パープル2!援護してくれ!!」
カイルはイエロー3の通信を聞きとっさに「了解!」と返事をするとガンポットのマガジンを替えるイエロー3のカバーに入る。
数秒の後イエロー3からマガジンチェンジを終えた事を伝える通信が入りカイルは額の汗を拭うがそのあとすぐにイーサンから通信が入った。
「パープル2!数十体のダストが方向を変えて俺たちに向かってきている!お前らが使った例の“閃光弾作戦”この状況でも通じると思うか?!」
「こちらパープル2、アルと戦った時も同じような状況で、ビートル型ダストでした!通じると思います!!」
「よし!各機聞いてたな!生意気に上から俺たちを食おうとしてる連中がいる!閃光弾を俺の合図で上空に撃て!行くぞ、3.2.1……今!!」
5機から一斉に放たれた閃光弾は漆黒の宇宙を昼間の様に照らす。
すると上空からイエロー小隊を押しつぶそうとしていたダストは動きを止めて混乱しているようであった。
「よし!上手くいった!あと少しで味方船団の最後尾に合流する!気張れよ!!」
イーサンは隊員を鼓舞するとさらに速度を上げて行き、カイルは必死にその機動をトレースしながら後に続く。
あたり一面のダストを蹴散らしイーサンの駆るYZF R-1は背面スラスターのハードポイントから粒子ブレードを引き抜くと目にも留まらぬ早技で近づいて来たダスト共を血祭りに上げていき、程なくするとダスト集団からの攻撃が弱くなり前方の味方艦からの砲撃が強くなっていく。
イーサンは頃合いを見て機体を翻しダスト集団を抜けた。
無線通信からはイエロー小隊から「こんな長い一撃離脱始めて聞いたわ」とか「話に聞いてたほど手強くないな」などの軽口がきこえてくる。
カイルは残り半分を切ったガンポットの弾倉を変えて一息つき機体の計器を確認しているときだった。
「…………こちら………銀河……巡洋艦………」
通信機からノイズ混じりであるがこの船団の指揮をしているので在ろう艦船から通信が入り全員耳を傾ける。
イーサンはすかさず通信機をオープン回線にするとその艦船に向けて語りかけた。
「こちらLBTD-51強襲揚陸艦アサヒ第7機兵隊所属イエロー小隊、イーサンヒート大尉だ、応答願いたい。」
「アサヒ?!あの、“ファーストトリガー”のいる部隊か!!あの無線通信は本当だったんだ!!」
通信相手の若い通信手は歓喜の声を上げるがそんな悠長な事を言っていられない状況である事は火を見るより明らかであり、通信手はあたふたとしながらイーサンに返答を返す。
「こ、こちらダマスカス方面軍所属第8艦隊巡洋艦“スターレット”、ここにいる民間船を含め多くの人たちはあなた方の無線通信を見たり聴いたりした連中なんだ!そ、それで!何度も何度もドライブを繰り返したんだけど!ダストがついてきちまう!それで……!」
通信手は捲し立てる様にこれまでこの船団が辿ってきた道のりを話そうとするが、途中で通信にノイズが走るとそれまで明らかに若い声色だった声が壮年の貫禄のある声に変わった。
「こちらスターレット艦長、ドミニク・ボーン中佐だ。すまない、ヤツらの侵略を受けてからというもの人手不足でどの艦も新兵か退役間近の
その声と共に目の前に現れるのは後方で戦っていた駆逐艦クラスを一回り大きくした巡洋艦クラスの艦影がモニターに映し出され、艦橋の側面にはダマスカス民族旗が描かれており、船体に一本の赤い線が輝いていた。
不鮮明な音声のみの通信が回復してホロモニターにドミニク中佐の顔が映し出される。
短く刈り上げられた髪の毛、ダマスカス人の特徴である褐色肌に青色の瞳を輝かせ銀色のメガネを直す仕草をした。
ダマスカスとは惑星ダマスカスを首都星とした民族国家であり位置的に言えばフレア星系の隣にある星系である。
銀河連邦に所属しているが一部の地域で反連邦勢力が未だに幅をきかせており、武力衝突が頻発している事で有名な星系であった。
「中佐、アサヒ所属イエロー小隊イーサンヒート大尉です。ギリギリでしたが間に合った様でよかった、我々の早期警戒機がいまアサヒに通信を試みている所です。」
「そうか、だがダストの数に対して軍艦一隻増えた所で対して状況は好転しそうにないがな。まあいい、この時間を有効に使うとしよう。すまないが君たちは私の指揮下に入ってもらう、あそこで立ち往生している大型貨客船“オリンピック”が度重なるドライブの影響で推力機関がイカれてしまった、現在急ピッチで修理中であるが、まだかかりそうだイエロー小隊はオリンピックの直掩に当たってもらえると助かる。」
イーサンはイエロー小隊を代表して返答すると機体をオリンピックの方向に向け進む。
ホロモニターに映るドミニクは帽子を被り直すと表情を変えず鋭い目つきで艦内を見渡し、船団に向けて素早く指示を出し始めた。
オリンピックの近くに着くとあたりは指示を受けた民間船、軍艦が魚群の様に動き始め、その中には数は少ないが艦載機やBTが現存しており、それぞれの母艦に帰投し補給を受けては再出撃、別の機体が来たら甲板員が誘導して補給を開始すると言った形で賑わっているのが見て取れる。
「おい、あのBT見ろよ!基礎教練で使うスーフォアだ!」
「あっちはホーネットか?旧型の見本市みたいだ!これじゃあ反連邦勢力なのか正規軍なのか見分けがつかないぜ。」
イエロー小隊の通信を聴き、カイルは補給を受けているBT隊を再度見渡した。
そこには銀河連邦が今主力としているはずのYZF R-25の姿はなく、今は第一線を退いたBTの姿が多くあり、ほぼ全てのBTや艦載機は傷つき戦っているのが不思議なくらいの機体が多くを締めている。
中には脚部が取れたBTが船舶の甲板に貼りつき固定砲台として近接防御を担っているものもあった。
そんな事を言っているとドミニクが通信に割って入る。
「ダマスカスはすでに崩壊している状況だ。我々は他の恒星系からの移民船とダマスカスの移民船を急遽編成した移民船団なのだ。ダマスカス方面軍の意向で最新鋭の軍艦や武装は全て防衛軍に優先的に回されて、民間人の乗っている移民船団の護衛には旧式の軍艦とモスボールされていた兵器を再編成して渡してきやがった。しかも兵士の練度はないと言っていい程の補充兵や、退役間近のロートルで構成されている。しかもダマスカスからここまでロクな補給もなく、なんとかここまでたどり着いたのは奇跡だよ。」
最初に受けた印象とは違いこれまでの鬱憤を晴らすかの様にため息混じりで話すドミニクは目頭を押さえ疲れを露わにしていた。
ドミニクが言うには頭の硬い方面軍司令部はこの期に及んで徹底抗戦を主張しており、ダマスカス方面軍の戦略参謀であったドミニク中佐はその主張と真っ向から反発、頭に血が上っていた方面軍指揮官はドミニクを移民船団護衛艦隊司令へと任命、巡洋艦スターレットを充てがった、ようは程の良い左遷をしたのだ。
ドミニクは事態を重く見て司令部に別の管轄であったダマスカスの移民船団も自分が指揮する旨直談判をして、軍令部も移民船団をまとめて見てくれるので有れば浮いた戦力を本隊に当てられると考えた様であっさりと許可が下り、現在の移民船団を指揮しているのだと言う。
「私の考えに賛同した者も多くいたが、ダマスカスからここまでの道中で奴らにやられてしまった……。先ほど食われた駆逐艦は私が初めて艦長として着任した艦だった……。私は指揮官として失格だな。」
その言葉を聞きカイルは「それは違います中佐」と口走る。
カイルの言葉を聞きドミニクはカイルをモニター越しにその鋭い視線を向けた。
「私は奴らと初めて遭遇した時自分が次何をしたら良いのか分からなくなってしまいました。」
カイルが語るのはあの忌まわしきファーストコンタクトの事である。
小隊長であるワスナーが目の前でダストに貫かれ頭の中が真っ白になってしまった。
“逃げ出したい、どうやったら死なないで済むのだろう”頭の中はそんなことばかりだった。
今思えばただの思考停止であったとカイルは思う。
それでも隣にいた“アイツ”は違った。
今回柄にもなくイエロー小隊についてきてしまったのもきっと“アイツ”のせいだ。
いつも隣にいた親友を思い出しカイルは少し微笑んだ。
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