Chapter5


【強襲揚陸艦アサヒ ハンガー】


「ドライブ終了15分前!BTライダーと艦載機パイロットはコックピット内で待機、ドライブアウト後BT部隊のパープル小隊とイエロー小隊は早期警戒機と共に哨戒任務の為出撃お願いします。」


 アルベルトはコックピットに入り機体のチェックを済ますと愛機であるYZF-R-25を立ち上がらせる。

 BSLINKにより体の感覚は拡張され、自分の身長を遥かに超える巨人となった。


「こちらパープル1、システムオールグリーン、誘導指示を請う。」


「こちらアサヒCDC、ルート65を通り4番カタパルトへどうぞ」


「了解、4番カタパルトへ移動する」

 アサヒの格納庫からカタパルトデッキへ移動するが、いつもより機体が重く感じる。

 スターフォースワン襲撃時に感じた感覚とは大違いだ。


 歴史の授業で習った中世の騎士が全身にフルプレートアーマーを着込んで移動している絵を見たことがあるが彼等もそんな気分だったのだろうか。


 とにかく感じるのは関節の動きが装甲で制限されていて四十肩のように腕が上がらなかったり足が思うように動かせない。


「クソ!またBS LINKの調整がズレてやがる!整備士連中ちゃんと仕事しろ!」


 文句を口にしつつルートを通りカタパルトに脚を固定する。

 脚部のロックを示す青色のランプが灯り後部に宇宙戦用のブースターパックとミサイルランチャー、左手にはシールド右手にはガンポットを手にすると、誘導員が発射準備完了を知らせるジェスチャーをしてカタパルトから離れた。


「パープル1より各機、ドライブアウトと同時に発進、早期警戒機と合流コールサインは“マーズアイ”イエロー小隊と共にポイント125セクター72までエスコートする、ダストとの交戦を想定してフルパッケージでの出撃が許可されている。」


「こちらパープル3ミッションコピー」


「カイル、返事は?」


「聞こえてるよアル、ったく!いっつも俺たちが最前線の貧乏くじだ!!」


 カイルはいつもの飄々とした雰囲気ではなく通信機越しに声を荒げた。


「どうした?いつものお前らしくない、もしかしてまた通信班の子となんかあったのか?」


「逆だ逆!!ドライブアウトのタイミングが有能なマジメンロボのせいで早まってなんも出来なかったんだよ!せっかく非番のタイミングがあって部屋に呼んでたのに!」


 危険な任務ばかりやらされてうんざりしているならまだわかるが、こんな側からすればどうでもいい事で文句を垂れているカイルの話にアルベルトは頭を抱えアイリスはゴキブリを見るかのような目線をカイルに送る。


「しょうがないだろ?!文句はイーサン大尉に言ってくれよ!」


「聞こえてるぞー、俺の文句なら部隊間通信にしてからにしろ!」


 その言葉に割って入ってくるのはイーサンだった。

 ホロモニターの端っこに映るイーサンはため息を吐きながら頭を掻く。


「今回の任務は時空変動の調査だったから通常編成での出撃じゃなかった上に、お前らを含めた新入りライダーの育成も任務に入っていたんだ。部隊編成が固まってない為、練度が低い連中の出撃はなるべく避けたい、となると現状でちゃんと練度が整っている部隊は全滅した後にライダー歴の長い連中を集めた俺のいるイエロー小隊かお前らのパープル小隊だ。しかも今となってはお前ら以上にダストとヤリあってる部隊はない、お前らの言い分もわかるが諦めろとしか言えんな。」


 アルベルトとカイルはバカでかいため息と共に肩を落とす。


 本来、この“強襲揚陸艦アサヒ”は単艦で惑星やコロニーを強襲して鎮圧する事を目的とした艦艇であり、戦時下ではBT部隊を主軸に艦載機部隊、空宙両用戦闘機、攻撃機、偵察機、陸戦隊(戦車、装甲車を含む)の独立大隊の運用を目的とする艦である。


 イーサン大尉が言っていたように、この騒動に巻き込まれる前は時空変動の調査、しかも極秘任務だった為、アサヒ単艦にBT中隊と艦載機数十機という編成で出撃した。


 この任務の中にはアルベルトたちを含めた部隊の練度向上という部分も含まれており細かい部隊編成がまだ出来ていなかった。


 だからこそアルベルトが小隊長になることも出来たわけだが、ダストからの侵略を受けた現在となっては最低限の編成だったことが仇となっている。


「こちらアサヒCDC、まもなくドライブアウトする、総員第二種戦闘配置、繰り返す総員第二種戦闘配置。」


 アサヒからの通信を受けてアルベルトは先程吐いたため息を吸い戻し、機体の最終チェックを行いモニターに映るカイルとアイリスを見る。


 カイルは先程の文句を言っていた人物とは似ても似つかない引き締まった表情で機体の最終チェックをしており、アイリスは最終チェックをすでに終えているのか目を瞑り瞑想しているようだった。


「3.2.1…ドライブアウト終了、艦内及び艦外に異常なし、イエロー、パープル両隊発艦願います。」


「アサヒCDC了解、パープルリーダー発艦する。」


 スキージャンプの要領で機体を前屈みにさせ、発艦要員がコックピットに向けてサムズアップをしてアルベルトはそれに返礼で返す。


 甲板員は手をピストルの形にして発射のポーズを取ってみせ引き金を引く動作をするとアルベルトは甲板員の放った弾丸のようにしてアサヒを飛び出した。


 発艦したGに耐えて、アサヒからテイクオフすると辺りには馴染みのない恒星系フレアの星空が広がっている。


 しばらくするとカイルとアイリスがアルベルトの後ろに着きデルタ陣形をとる。


「こちらアサヒCDC、パープル小隊はイエロー小隊とマーズアイの合流まで上空にて待機せよ。」


「こちらパープルリーダー、了解した合流を待つ。」


 機体を操り旋回するとアサヒの後ろに続けてスターフォースワンがドライブアウトしてきたようだ。

 ドライブアウトの衝撃で出来た時空の歪みが治るとスターフォースワンはアサヒの後方に着く。


「こちらマーズアイ、パープル小隊の後方に着くエスコート頼むぜ英雄トリガーさん達。」


 後方から接近する偵察機“マーズアイ”は、アルベルト達が乗っているBTブラッドトルーパーとは違い、旅客シャトルの上に円盤型のレドームを取り付けたような見た目をしていた。


「こちらパープル2、むさ苦しいおっさんをエスコートするのは趣味じゃない、撃ち落としていいか?」


「ガッハッハ!!つれない事言うなよカイルお前にはこの前の貸しがあるはずだぜ?それを返してもらうまではお前のケツから離れないからな?」


 アルベルトとアイリスは知らないマーズアイであったがカイルとは面識があったようでその後もカイルが作った借りに対してマーズアイが煽りカイルが頭を抱え、してやったりのマーズアイが愉快そうに笑った。


 ヘルメットの中にマーズアイの酒焼けの声が響くたびにアルベルトたち三人は顔を顰めているとアルベルトたちの編隊の上に黒い影が通り過ぎる。


「こちらイエローリーダー、少し遅れたか?」


 上空の影に目をやるとイーサンが指揮するイエロー小隊がアルベルトたちの上空からバレルロールで合流し、イエロー小隊の四機が前でエレメントを組むと、アルベルトたち三人の後ろにマーズアイが着く。

 8機の機体は綺麗なデルタ陣形を形成した。


「こちらマーズアイ、準備万端だ、エスコート開始してくれ」


 イーサンが「了解」と短く返事をして編隊はスラスターを噴かすと機体を加速させてアサヒとスターフォースワンの横を通り過ぎて行く。


「アサヒCDC、こちらイエローリーダー。チェックポイント1通過、アサヒレーダー圏外に進出する。」


「こちらアサヒCDC、イエローリーダー了解。ダストのジャミングによりBTの通信出力では通信が繋がらない可能性がある、緊急事態の場合はマーズアイの広範囲通信経由での通信を試みてくれ。」


「イエローリーダー了解、作戦行動中の各機に伝達これ以降の通信は部隊間通信で行う。チェックポイント2通過後第二加速。」



 背部ブースターを一気に吹かすと機体の速度計がみるみる上がって行き、あっという間にアサヒがそこら辺の星と同様になり見分けが付かなくなる。


 アサヒとの交信が途切れて数十分、第二加速を終えた機体は速度計を見るに音速を超えており、指定されているポイントへ向かう道中は滞りなくあたりの星は静かなものであったが一つだけ問題があるとすればマーズアイの酒焼けの声で歌う一世代前のロックンロールだった。


 イーサンを含めこの場にいる者全員がマーズアイに黙って欲しいと思っているのだが注意した所で当人であるマーズアイは「がはは!!」と笑い、何処吹く風といった感じである為、皆早々に諦めて通信の音量を下げたりして対応しているようだった。


「おっと……これはちょっとまずいかもしれん。イエローリーダー広範囲レーダーに反応があった12時方向真っ正面だ。」


「こちらイエローリーダー、ダストか?」


「ダスト共のジャミングの影響でノイズが酷いが、大型の艦影が数隻あるようだ。」


「イエローリーダーより各機嫌な予感がする、オールウェポンズフリー最大加速で近づくぞ。」


 イーサンからの通信を受けそれぞれが短く返事をすると、嫌な緊迫感を感じつつ機体をさらに加速させる。


 マーズアイは先程とは打って変わり、真剣な声で刻々と変化するレーダーの進捗をアルベルトたちに伝えており、流石にこの状況で歌うほど空気が読めない奴じゃなかったかと安堵した。


 アルベルトが実戦を経験したのはつい最近だったはずなのだが、過去二回の経験で嫌と言うほど感じた脳内物質が活性化してアドレナリンやら何やらが分泌され、ソワソワとした何とも言えない高揚感に満ちていく自分がいる。


 コックピットに映るカイルとアイリスも同様であるようで真剣な顔を浮かべその時を今か今かと待っていた。


「反応が近くなった、イーサン大尉あんたの悪い予感があたったようだぞ。」


「あまり当たって欲しくなかったが、状況を知らせてくれ。」


「大型艦船と思われる反応からは動きがない、その代わりと言ってはなんだが微弱な救難信号を探知した。」


「マーズアイ最短距離で案内しろ!!」


「このままの航路で行くと恒星系フレア第五惑星が見えてくるはずだ、惑星の影を抜けたら見えるぞ!」


 各機の機体はさらに速度を増して宇宙空間を進む。

 右側に恒星系フレアの第五惑星が見えてきたところでマーズアイが声を上げた。


「反応が近いもうすぐだぞ!」


 マーズアイが示した方向に加速した機体のスピードを落とし、頭部カメラを望遠レンズにする。


「おいおいこりゃいったい……。」


 思わずカイルが発した言葉が目の前の惨状を物語る。

 惑星の影を抜けた瞬間に目の前に現れたのは数100隻にも及ぶ民間船の船団と数隻の軍艦がダストに襲われている光景だった。


「やっぱりこの星系までダストが!!マーズアイ、あの船団完全に停止しているようだけど何が起きているかわかる?」


 アイリスは血相を変えてマーズアイに問うがマーズアイは「そんなことまでレーダーでわかるわけないだろ!」と吐き捨てて忙しなくレーダーの操作をする。


「イーサン大尉!!あの大型貨客船、推進機関が止まってます!」


「クソったれ!!この船団の中で1番大きな船の行動を止めれば船団ごと身動き出来なくなるって寸法か!」


「見るからに1番大きな船だ、民間人が1番多く乗ってることを考えると見捨てる事は出来ない。この船団の提督を責めることはできないさ、マーズアイ今わかる範囲でいい!周囲のデータをくれ!」


 アルベルトの言葉にカイルが怒りを露わにするがイーサンは冷静かつ的確に指示を出す。

 イーサンの指示にマーズアイが広範囲レーダーに映る情報をデータリンクで各機に送ってきた。


 レーダーには民間船と味方の軍艦が青い点で記されており、赤い点をダストとして記している。

 刻々と進む時間の中で船団は完全に停止しており、ダストは船団の後方から包み込むように包囲しようとしていることがわかった。


「マズいな、マーズアイはアサヒに緊急通信を送れ!内容は“味方難民船団視認、数は数百隻、ダストと交戦中至急救援を求む”だ!イエロー小隊は船団の救援に向かうぞ!アルベルト!パープル小隊はマーズアイの直掩に付け!」


「ですがこの状況で戦力を分断するのは危険ではありませんか?!」


「ダストのジャミングのせいで今アサヒに救援を呼べるのはマーズアイの通信機だけだ!この状況だとマーズアイを落とされるわけにはいかない!」


「なら直掩はアイリスとアルが!俺はそちらの指揮下に入ります!」


「おい!カイル勝手な事を!」


「アル、おまえに“勝手な事”を言われる筋合いはないぜ、イーサン大尉!少しでも人数は多い方がいいでしょ?」


 カイルが言い放った言葉を聞きイーサンは短く思考して「よしパープル2はイエロー4の後ろに着け!遅れるなよ!」と言うと機体を加速させていく。


 モニターに映るカイルの顔を見ると「今回は俺が行くぜ、この前のお返しだ」と言って部隊通信のアクセスをイエロー小隊の方に変更したのか、カイルの顔を映していた画面が切れる。


「あいつ勝手な事しやがって!スターフォースワン襲撃時のやつを根に持ってやがるな!」


 そう言うとアイリスはその綺麗に整った顔で呆れ返り「似た物同士って事ですかね」と首を振る。


「まぁそういうこった、パープル1.3、引き続きエスコート頼むぜ。」


 マーズアイがそう言って「がははっ!」と笑うとアルベルトは隊長になってから何度目なのかわからない深いため息を吐き出し戦場を見渡す。


「自分が何もできないというのはこんなにも歯痒いものなんだな。」


 ポロリと溢れた本音はアイリスに届いたのか届いていないのかわからないがアイリスは静かに目を瞑り、機体の操縦桿を強く握りなおす。


 アルベルトは深淵の宇宙に浮かぶ恒星系フレア第五惑星を尻目に機体を翻した。

 瞬く星々の煌めきとは別の輝き。


 側から見たら花火大会を連想する幻想的な空間で、今も煌めく光。


 命の輝きは愛する人を守る為に命を燃やした輝きなのか、それとも何事も成し遂げる事なく無念に散った輝きなのか。


 明滅する紅蓮の輝きはその場にいる人々の鮮血を撒き散らし粒子となって凶々しく輝いている。


 この場にいては知る術はないが、アルベルトはこの無常感とも言える感情を噛み殺して、愛機をマーズアイの左舷に寄せると、三機編隊を組み緊急通信をアサヒに送る為、通信安定領域まで離脱するのであった。

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